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S105 ヨイチはアカン子

ヨシツネは目の前に浮かぶ小舟で舞う女を見てあいつらは何をやっているのかと目を疑う。今は戦争の最中で、海に逃れた敵方を追い詰め、ここで決着をつけるという大事な時だ。確かにこちらが優勢で、相手からすればどうにか話し合いに持ち込みたいのだろう。それで寄越したのがあの小舟の様で、小舟には細い棒を立てた上に大きな開いた扇が乗せられており、その横で綺麗な敵方の女が舞いを舞っている。

ヨシツネは思う。


だからどうしたと言うのだ。


話し合いをする必要などこちらにはなく、こちらが圧倒的に優勢で相手には交渉に使える材料がない。そもそもがやつらの傲慢な政治が反感を招き、かつての負け戦でまだ子供だからと命だけは助けられ寺に軟禁されていたヨシツネを再興の旗頭に据えて反乱を起こす事になったのだ。

同じ様に子供だからと情けをかけられた兄のヨリトモと協力してここまでやってきたのだ。ここで手を緩めてはいつか必ずやつらは復興し、今度はこちらが討たれる事になりかねない。

だからヨシツネはこう言った。


「誰かあの的の扇を射抜ける武士は居らぬか。見事射抜けば褒美を授けよう。」


その言葉に応じて1人の男が前に進み出た。男はヨイチと名乗り、ヨシツネの許しを得て扇を狙い見事に射抜いた。扇を射抜かれた事で驚いた女と船頭は慌てて自陣へと戻って行った。


そして戦になり、ヨシツネは勝ち相手方を女子供諸共完膚なきまでに討ち滅ぼした。




「というような事は起きるのじゃろうか?」


「なるほど。目で確認できる合図でコンタクトを取ろうとしたがそれを拒否し、その行動が何を意味するか分からない者に行動させるという事ですね。」


「概ねそう。」


「そのヨシツネという者が実際にそれを知らずに行ったのか知っていて行ったのかは分かりませんが、結果として相手の和睦を拒絶し戦争を継続したという事になります。どの様な様式の社会でもその社会が成熟するまでに起きた出来事で表される物事が習慣になり、イディオムや言業(ことわざ)などと称して存在します。その一派生に言質を取られない為の工夫が含まれている時があります。権力者というのは間違ってしまった結果が社会に与える影響が大きく、良くない行動をしてそれを是正する事もなければ真似る者が増えて秩序が保たれません。ですので言葉のあやや相手の引っ掛けにかからない様に言葉に出さずに意図だけ示す行動を取る事があります。勿論誉められたものではありません。正しいなら正しい、間違っているなら間違っていると言えるのが基本です。しかし常に正しい行動を取る事は非常に難しく、間違いを犯して社会に悪影響を与えない為にどうしても必要悪として言葉ではなく身振りや日常の動作の中に別の意味を混ぜて話す事になります。

その一つとしてここでは扇というものが存在しています。『扇』は『応議』であり、『扇を開く』とは『応議を開く』、つまりは和睦交渉をしたいという意思表示として扱われています。

扇の場合は実際にはこう言った場面だけではなく、交渉の場で上位の者に交渉を持ち掛けた際に、相手側は実際の内容を聞いてみないと交渉に応じるか判断出来ないが利益になりそうだから聞いてみたい、という場合に常備した扇を開いて口元を隠すなどしてから発言して相手側から『確かにその口で発言した』という言質を取られない様にしながら意思を伝える場合に用いられます。シチュエーションとしてはその話に興味があるが罰せられる場合や敵対関係を作るなど特別な条件が付随する場合が多く、だからこそこういった方法が取られ、また、そういった方法の悪用も目立つ様になります。

この話では遠くから目で確認できる距離で和睦交渉を持ち掛けていますが、あえて交渉に応じるつもりがないからか、それとも単に相手側が的当てゲームで腕比べを挑んできたと錯覚したかのどちらかでしょうが、それに気づいていないにしてもあまり良い結果とは言えません。女性は恐らく相手の注意を惹き付ける為だと思いますがそれだけの為に危ない場所に居させるのも良い話ではないでしょう。なぜ女性を乗せたのかはもう少し話を掘り下げないと情報が足らず分からない状況だと言えます。」


「ああ、じゃあ、もう少し話を遡って・・・」


ローレンシアはそう言ってエールトヘンに知っている限りを話した。

するとエールトヘンは納得出来た様でまた話し出した。


「なるほど。そのヨシツネという人物が助けられた経緯というものが関係するのですか。ヨシツネの父が戦に負けてヨシツネやその他の子供も殺される運命にあったのを母が相手側の妾になって命乞いしてようやく助けられた。そして助けられたヨシツネが再起して今度は助けた側を追い詰めた。だから今度はヨシツネ達に女子供だけでも助けろという意味で、かつてあなたがたにした情けを今度はあなたがたが私達に返してくれ、という意味で女性が小舟に乗っているのですね。打算としては和睦交渉で男達も助かる望みに繋げる事も出来るという事ですか。『今の状況は私達があなたを助けたから起きている状況ですよ』と暗に示しているとも言えます。

そのヨシツネという人物が当時何歳だったかで多少の違いは出るでしょうが物心尽く前の出来事であれば、事情を知らない可能性はあります。単に寺で軟禁されていただけと思っている場合は相手側の意図を知る事が出来ない可能性はあります。また、扇を使った社会での慣習を知らない場合も相手の意図を知る事なく行動するでしょう。その慣習を知らないだけで状況を的当てゲームでの腕比べと錯覚したのなら悲しい出来事と言えるでしょう。もし知らないで行ったとするならやはり知性が必要だという事になります。

しかし知っていた場合、次に問題になるのが周囲であり、周囲にもそれに気づいていない者が居ると1人の間違いが全体の間違いに発展する可能性があります。皆が自由に意見出来る状況であれば、1人が間違っているなら意見して問題を指摘し間違った結果に至る選択をしない様に出来ます。しかしこういった特別な権限を持っていない者が発言すると混乱を招く状況というのは皆が意見する事は出来ません。するとその問題を指摘出来ても意見する事が出来ず傍観する事になります。そうなると今度は周囲で意見する事が出来る者が知らない場合、間違いを止める事が出来ないままに全体が間違った方向へと進む事になります。

そしてこの話の様に、知らない者が見た状況から言葉を言葉通りに受け取ってしまうと、その発言者に悪意があるかどうかにかかわらず間違いは止まらずに、発言者に悪意があれば意図通りに、そうでなければ不慮の出来事として結果が生じます。

この場合、周囲に居る全員が発言者の間違いに気づいてそれに賛同しなければ間違いは起こらず、そして誰も賛同しないという状況になると発言者は『なぜ賛同しないのか』という問いを投げかけ、そこでようやく特別に発言権を持たなかった者でも間違いを指摘出来る状況になります。しかしこの話の様に間違いに気づかない者がいる事でその機会が失われ間違いが起こってしまいます。


私達が指示する者と従う者とに分かれた時にはその両者が間違う事で間違った結果に陥ります。指示する者と従う者に分かれるという事は二回分思考を働かせる機会があるという事です。折角の利点を使わなければ損だと言え、強引に進めようとする指示者や盲目的に従う配下といった状況は間違いを生み出しやすい状況と言えます。」


エールトヘンは締めくくる。


「私達は生きている者がいずれ死ぬように、高い所から低い所へと物が落ちる様に、次第に忘れ、知性を失っていきます。雪山で遭難して体温が低下して寝てしまうのを互いに励ましながら起きていようとする状況と同じで、欲望に流されるか忘れて分からなくなるかした際に皆で注意し合う状況が間違った道を進まない為に必要な状況と言えます。

お嬢様は貴族です。その為にも配下には知性を伸ばさせる教育をし、指示者として公正に行動する事で配下が指示者を恐れて間違いを指摘しないという状況をなくす必要があります。また、同時に知性をつけさせる事で不必要な発言で時間を浪費させる様な事もない分別を付けさせてより円滑に日常を機能させる必要があります。その為にも、さあ、頑張りましょう。」


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