遠い時間
八月、その日の役目を終えた陽は、そろそろ山の向こうに消えようとしている。
「みんなー、ご飯よー」
家族を呼ぶ母の声が聞こえる。
母はお皿に家族分のカレーをよそうと食卓に並べ、父はブラウン管テレビに映る野球を観戦しながらビールを飲んでいる。そこへ、お腹を空かせた子供達がやってきた。
家族は揃い、一家団欒、夕飯の時間が始まった。
「あなた、もうご飯なんですから、ビールはそれで最後ですよ」
「ああ、わかったよ」
「ねえ、今日花火しよう、花火」
「わあー賛成。線香花火しよう、ねずみ花火も」
「はいはい、ご飯食べ終わったらね」
「は~い」
廃村となり、人々に忘れ去られた一軒の廃屋での光景。彼らがあの世の者か、幻か、それは誰にもわからない…。ただ、遠い昔にいってしまった温かく優しい時間は、確かにそこに実在した。
一ヶ月後にはダムの底へと沈む村。
夕刻に吹く風が、「チリン」と風鈴の音を静かに鳴らした。