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プロローグ

 半月が天を登り、下り始めた深夜。 未だに人波の息遣いが残る街の片隅、薄汚い鼠やゴキブリが巣くう路地裏をひとりの少女が走る。 真新しいセーラー服に汗の染みを作り、朝にセットした髪型は崩れ、整ったその可愛らしい顔は酷く怯えていた。


 早く、早く逃げないと。 すぐ背後には自身を狙う存在が徐々に距離を詰め、より一層恐怖を増す。 早く人通りに出て助けを求めなければ私は喰われてしまうのだ。


 ネオンライトの光が見えた。 あと少しで出られる、安堵した瞬間何かに足を掴まれその場に転倒痛みに呻くがすぐに自分が奥へと引き摺られていることに気づく。


 「いやあああ! 助け─────むぐっ!?」


 大声で此方の危機を伝える前に木の蔦のような物が口を塞いだ。 恐らく今の声を聞いた者が居たとしても空耳で済まされる。 抵抗しようと必死にもがいたがそれは虚しく、結果彼女は人目のつかない奥地へと連れ去られた。

 其所で目にしたのは異形の生物。 ニメートルは有ろうかという大男の体格で皮膚は木皮のように乾燥しひび割れ、丸太のごとく筋肉で膨張している腕からは無数の蔦が生えている。 顔に目と鼻はなく、ズラリと並んだ牙がそこに顔があるのだと認識させた。


 彼女は見てしまったのである、自分の友達が肉にあの牙を突き立てられ絶叫の悲鳴をあげながら食されていくその姿を。 そして次は自分の番だった。


 鋭利な牙が彼女の柔肌を突き破る、次の瞬間。


 「ギャアアア!」


 化け物が苦痛の声をあげる。 相手の腹から何かが突き出ており、異色の血が吹き出た。 そのまま何者かに引かれるよう投げ飛ばされコンクリートの壁に叩き付けられる。


 『今のうちに逃げろ』


 それは、真の通った寡黙ながら力強さを感じさせる男性の声質、月明かりに照らされる声の主。 彼は、西洋風甲冑を思わせる白銀の鎧を纏っていた。 縦筋が入った騎士の兜、全体的にシンプルで丸みを帯びた造形だが唯一特徴的だったのはその首に鉄製の首輪を嵌めていたことだ。


 「だ、誰…」


 彼が答えることはなかった。 起き上がった化け物をすぐに視界へ捉えると、緑色の血に塗れる両手を構えファイティングポーズを取る。

 化け物が声を荒げ蔦の触手を槍のように放つ。 鎧の手甲を一閃させ触手を凪ぎ払い、次々と第二、第三の触手が襲い来るが彼は全て武器を使わずに破壊、それは人間としての筋力を遥かに超えた力だった。 壁を走り、化け物の攻撃を避けながらコンクリートを踏み砕く。

 高速の斜め落下飛び、右足から繰り出される蹴りは化け物の攻撃を真っ正面から破壊し相手の頭ごと蹴り飛ばした。 黒い煙となって化け物の身体が霧散する。

 その場に静寂が訪れた。


 「よ、よかった。 よかった…わ、私…生きてるよぉ…!」


 自分の命が助かったことに堪えず口から溢れる嗚咽と安堵の言葉、鎧の男は小さくコクンと頷くと礼を言う暇もなく跳躍しビルの屋上へ消えていった。 そして彼女は思い出す、アレを。

 近頃噂されていた何処からともなく現れ、困っている人を助ける正体不明、正義の味方、名前は確か…そう────【シキ】と呼ばれていた。




ーーーーーーーーーー




 「なぁ、としあき聞いたか。 A組の桜上(おうがみ)さん、少し前にシキを見たってよ……聞いてる?」


 「おおぅ、聞いてるぜ。 田中よ」


 昼休み教室の片隅、右手だけ手袋で隠しながらFPSゲームをしていた学ラン姿の友に話しかける。 そんな俺の言葉にどう見ても耳を貸さずひたすらゲームに熱中している人物、苗字は山田、名前は珍しく平仮名で“としあき”という。

 その顔立ちは東洋人特有の野性的で切れ長な目付き、無駄な脂肪を持たない小さな鼻を持ち女性のようなぷっくりとした色気を放つ唇をした、力強さと美しさがある美男子。 しかも180を越える高伸長で制服の上からでも引き締まった肉体を持っていると一目瞭然であり、さぞかしおモテになるだろうと思うがこの男、今まで彼女がひとりも出来たことがない。

 理由として色々あるのだが、その中でも特に代表なのが────。


 「やはりオ〇ホでTE〇GAはないよな」


 「知らねぇよ! ていうか絶体聞いてなかったろ、TE〇GAを見るA組女子とか卑猥しかねぇよ!」


 この発言にあった。 眼鏡っ娘委員長萌えーとか、相手のスリーサイズを正確に当てたり、酷い時は絶頂の叫び声をあげたり。


 「田中、お前御坊っちゃまのくせにTE〇GA知ってるのか!」


 「…去年の誕生日プレゼントにそれを送ったのは何処のアホだ」


 自分はとある中小企業を営む社長のひとり息子だ。 そもそも俺らが通う私立の学園は古くからエリートや金持ちが集う超名門校であり、周りにはリアルでドリルな女子が存在する。 無論、庶民的な生徒達も僅かにはいるが全て学園から奨学金を得ている勉強一筋の堅物ばかりで、悠々自適に学生生活を送っている御嬢様御坊っちゃまに対して目の敵にしている節があり、また相手側も地位の低い貧困者と見下していたせいで、両者の溝はかなり深い。


 そしてこの美男子山田としあきも貧困者、というより普通の家庭で産まれた息子であるため金持ちからあまり良い目で見られず、お気楽な性格からか同じ貧困立場で堅物の生徒達からも避けられている。 唯一彼と仲良く接するのは俺か、男子友達である佐藤ぐらいだ。 これらもとしあきがモテない理由に拍車をかけているのだろう。

 俺とコイツが出逢ったのは初等部の最終学年頃だったか、としあきが転入してきた時からの付き合いである。 初等部は私服が許されており、コイツの容姿があまりにも美人だったため、悲しいことに俺は相手が男と気づかないまま一目惚れしてしまい、色々とちょっかいをかけていた。 まさかの男で股にゾウサンがぶら下がっていたのには絶望。 今では腐れ縁でこうして友達関係だが、きっと俺にとってあの出逢いは初恋だっただろう。 我に合掌。


 「そういえばA組の人達何処へ行ったんだ。 午後から教室に誰もいなかったけど」


 「お前知らないのか? A組は葬式に行ったんだぜ」


 としあきはあまり情報を共有していないせいか学園内の事情にトコトン詳しくない。 自身、興味を持たないこともあり偶々今日の違和感に気づいたが、俺の葬式という単語は彼のゲームを操作している手を止めるのに充分な効力があった。


 「さっきのシキの話しだけどよ、ひとりは助けられたみたいだけどもうひとりは噂の化け物に襲われて亡くなったらしい」


 「……」


 「酷かったって。全身の血が抜かれたように干からびていたとか」


 「うわぁ、怖いな」


 「警察も本格的に捜査を始めたみたいだ。 お前の親父さん警察官だよな? 右腕の義手のこともあるし、気を付けろよ」


 「うん…」


 先程までの楽しげな雰囲気が一気に冷める。 としあきは敵に撃たれ続け死に絶えるゲーム画面に暗い影を落とした。

 コイツの手袋で隠された右手、それはとしあきの本当の手ではない。 春休み、噂の化け物に右肩から先を食い千切られ代用として造られた義手だった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「ただいまー」


 一軒のボロアパート一室に響く、自身の力無い挨拶。 キッチン、トイレお風呂付き学園から歩いて十分の距離にある六畳一間には、山田としあきの私物しか置かれていない。 家庭の事情で警察官である父とは別居しており、母親は既に他界している。


 「帰ったか、としあき」


 兄弟や姉妹もいないが部屋からは、彼の帰りを待っていた人物がパンツ一丁で横になっていた。

 伸長は凡そ百十センチ、褐色の肌に足まで届く絹のような銀髪を床に広げ、深紅の瞳が此方にに向けられる。 年齢が二桁届くかわからない程幼い容姿は人形のように整いすぎてる美しい造形で、物語に登場するお姫様のようだ。


 「ベルさんや、いい加減裸で過ごすのは止めてくれんかね?」


 「私の勝手だ。 それともなんだ私が裸だと困るのか、ん?」


 凄く困る、近所の人が見かけたら通報されるレベルで。 この人おまわりさんの息子です、なんて笑えない冗談が生まれる。


 ベルが上半身を挑発的に見せびらかすが、としあきはこれを無視。 別に無我の境地に到達して我慢しているわけではない、単純にツルペタボディに興味がないのだ。 彼の好物は勿論。


 「今日もNice OPPAI」


 「母親の遺影に向かってそんなことを言う阿呆はお前くらいだよ…」


 仏壇に供えられた若くて美しい女性の写真に笑顔を向ける。 花や線香をあげるのは当然忘れない。

 自身でいうのもあれだが、彼は亡くなった母親が大好きだった生粋のマザコンであり、またその影響からか年増熟女好きのババコンであった。 故にOPPAIラブ、でんとしたお尻こそが至高と崇めるため、ベルの裸を見ても欲情することは全くない。 脂を乗せろ、脂は良いぞ、エネルギーだからな。


 「なぁ、今夜ちょっと寄りたいとこがあるけどいいか?」


 「またか。 この前もそう言って“寄り道”した結果本体を逃がしただろう」


 「いやまぁ、そうなんだけど…」


 しかしその結果で助けられた命もある。 流石に今回のは我が儘だが、やはりこのベルという幼女は厳しい性格だ。


 「因みに何処へ行くつもりだ」


 「亡くなった被害者の自宅───「却下!」───早いな!?」


 「馬鹿者が、あれ程入れ込むと言ったはずだ! 貴様はさっさと倒せば良いんだよ!」


 シキとしての正体を隠している以上、としあきの被害者に対するケアなど出来ない、もっとも、この彼にそれだけの器量はないが。 口を開いたところで相手が困惑する話ししかしないのが見える。 この口が悪いの、私は悪くないの、セクハラしても仕方ないの。


 「だいたい貴様はいつもそうだ! 私と初めに出逢った時も…!」


 「あーあー、聞こえな~い」


 両耳を塞ぎ、聞かざる構えをとる。 二人の痴話喧嘩は薄い壁で仕切られている隣部屋から怒鳴られるまで続く。


 そもそも彼がベルと出逢ったのは中等部から高等部へ進級する春休み期間中、偶然化け物に追いかけられている彼女を此方が偶然見つけたのが始まりだった。 ただの人間であったとしあきは食されそうになったベルを庇い、右肩から先を失って義手生活を余儀なくされている。

 化け物はベルから託された“力”により難なく撃破することに成功し、以後互いの利害一致により共同生活を始めていたが、独り暮らしにも飽きてきたし、これがなかなか楽しい。 学園でも仲良くしてくれる奴はそんなにいないからだろう。


 「腹が減った、飯にするぞ。 今日はなんだ」


 「お前の好物、カレーだよ」


 「そ、そうかカレーか」


 本当は嬉しいくせにぶっきらぼうに素っ気なく返す。 素直じゃない魔王だと苦笑いが思わず出てきた。


 そう、ベルは人間ではない。 お伽噺や創作作品に登場する正真正銘、本物の魔王…らしい。 クソ弱いから事実かどうかは知らないが。


 この世には異世界があるようだ。 としあきがベルと共同生活を送るようになってから真っ先に聞いたこと。 魔術や魔物が飛び交い、卑劣な悪魔や美しい天使まで当たり前のように存在する超ファンタジーな世界。

 近頃人を襲う化け物の正体こそ、その異世界からやってきた悪魔と魔物でありソイツらを取りまとめていた王様がベルだという。


 「滅茶苦茶弱いくせに王様とは、少し…無理が…」


 「喧しい! 今の私は力を封じられて人間の幼子と同じ力しか残っていないんだよ!」


 なんでも向こうの世界で七十体以上の悪魔に裏切られ、力の大半を封じられたとのこと。 そんなに裏切られるとか人望、もとい魔王望無さすぎと可哀想になる。


 しかしながら何故ベルがこの世界に来たのか、その根本的原因はよくわかっていないらしい。 向こうの世界で部下に裏切られ殺されそうになった瞬間、異界へ通じる穴が突然現れ悪魔七十体共々ベルをそのまま飲み込み、気が付いたらこの世界にいたようだ。


 ベルは力を取り戻す、もとい裏切った悪魔達に制裁するため、としあきは街を脅かす悪魔を倒すため彼女から唯一の対抗手段を託された。鋼鉄の戦士へと変化する力を。





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