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あの時負けた  作者: 迫田啓伸
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 甲子園の外周を歩く。

 ふと、足を止める。

「神代……!」

「ん?」

 今まで思い浮かべていた男と鉢合わせになった。

 神楽はとっさに身を翻し、逃げるように立ち去ろうとした。

「ああ、待ってよ。君は、紫光院の神楽裕也君だろ?」

 足が止まる。

「俺は……」

「知ってるよ。天玄堂の神代将一」

「いやいや、知っていてもらえるとは、光栄だよ」

 神代は愛想よく笑う。

 一方、神楽は自分の表情が不機嫌なものになっていくのを感じる。そして、今すぐにこの場を離れようとしている自分がいる。

「君のところも自由時間?」

「ああ、そうだよ」

「じゃあ、ちょっと話でもしないか?」

 はぁ?

 思わず声が出てしまった。

 呆れたような声が神代には聞こえただろう。かなり大きな声だった。だが、奴はまったく意に介さず、自販機に金を投入している。

「スポーツドリンクでいい?」

「いや、コーヒーで」

「甘いのは大丈夫?」

「いや、微糖で」

「ほら」

 手元に缶コーヒーが投げられた。自分が頼んだはずの微糖コーヒー。神代も缶コーヒーを買って、神楽の近くにたたずむ。

「他のがよかった?」

「いや、これで。あ、金は」

「別にいいよ」

 二人揃って缶を開け、飲む。

 ところで、と口を開いたのは神代のほうだった。

「紫光院は、今回はどうなの?」

「スパイかよ」

「いやいや、春のセンバツでは負けそうだったからね。今回も強そうだし」

「俺たち、負けたよ。天玄堂に」

「結果ではそうかもしれない。でも、今度やったら、負けるかもしれない。本当に強かったよ、紫光院」

「そりゃ、どうも」

 そっけなく返したつもりだった。が、神楽の内心は、結構嬉しかったりする。

 自分が天玄堂……とくに神代将一を意識していたように、奴等も自分たちを意識していたのかと思うと。

 神楽は、どうしても天玄堂とトーナメントで当たり、どうしても天玄堂に勝ちたくなった。

 春の悔しさは、勝つことでしか忘れられないだろう。

 でも、なぜ今、神代と楽しげに話しているんだ?

 まあ、奴とはグラウンドの外であったのは初めてだ。

 プライベートでしか見られない神代の本質なのだろう。特にいやみもなく、涼やかで気さくなトークに付き合っている自分がいる。

 

 それからしばらく、世間話が続いた。

 神楽が時計を見て

「あ、もう戻らないと」

「そうか」

「それじゃ」

 足を進め、神代の横に立つ。

 神代の横を早足で通り過ぎ、去ろうとした。

「待ってよ」

 足が止まる。

「今回も、紫光院と試合したいと思っているけど、どう?」

「俺たちも同じだ」

 息を吸い、一呼吸置く。

「今回は、天玄堂に勝つ」

「楽しみにしているよ」

 口元を緩め、歩く。

 天玄堂は、前回と同じく恐ろしいまでの強さなのだろう。だが、今度ばかりはどうしても勝ちたくなった。


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