5
甲子園の外周を歩く。
ふと、足を止める。
「神代……!」
「ん?」
今まで思い浮かべていた男と鉢合わせになった。
神楽はとっさに身を翻し、逃げるように立ち去ろうとした。
「ああ、待ってよ。君は、紫光院の神楽裕也君だろ?」
足が止まる。
「俺は……」
「知ってるよ。天玄堂の神代将一」
「いやいや、知っていてもらえるとは、光栄だよ」
神代は愛想よく笑う。
一方、神楽は自分の表情が不機嫌なものになっていくのを感じる。そして、今すぐにこの場を離れようとしている自分がいる。
「君のところも自由時間?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ、ちょっと話でもしないか?」
はぁ?
思わず声が出てしまった。
呆れたような声が神代には聞こえただろう。かなり大きな声だった。だが、奴はまったく意に介さず、自販機に金を投入している。
「スポーツドリンクでいい?」
「いや、コーヒーで」
「甘いのは大丈夫?」
「いや、微糖で」
「ほら」
手元に缶コーヒーが投げられた。自分が頼んだはずの微糖コーヒー。神代も缶コーヒーを買って、神楽の近くにたたずむ。
「他のがよかった?」
「いや、これで。あ、金は」
「別にいいよ」
二人揃って缶を開け、飲む。
ところで、と口を開いたのは神代のほうだった。
「紫光院は、今回はどうなの?」
「スパイかよ」
「いやいや、春のセンバツでは負けそうだったからね。今回も強そうだし」
「俺たち、負けたよ。天玄堂に」
「結果ではそうかもしれない。でも、今度やったら、負けるかもしれない。本当に強かったよ、紫光院」
「そりゃ、どうも」
そっけなく返したつもりだった。が、神楽の内心は、結構嬉しかったりする。
自分が天玄堂……とくに神代将一を意識していたように、奴等も自分たちを意識していたのかと思うと。
神楽は、どうしても天玄堂とトーナメントで当たり、どうしても天玄堂に勝ちたくなった。
春の悔しさは、勝つことでしか忘れられないだろう。
でも、なぜ今、神代と楽しげに話しているんだ?
まあ、奴とはグラウンドの外であったのは初めてだ。
プライベートでしか見られない神代の本質なのだろう。特にいやみもなく、涼やかで気さくなトークに付き合っている自分がいる。
それからしばらく、世間話が続いた。
神楽が時計を見て
「あ、もう戻らないと」
「そうか」
「それじゃ」
足を進め、神代の横に立つ。
神代の横を早足で通り過ぎ、去ろうとした。
「待ってよ」
足が止まる。
「今回も、紫光院と試合したいと思っているけど、どう?」
「俺たちも同じだ」
息を吸い、一呼吸置く。
「今回は、天玄堂に勝つ」
「楽しみにしているよ」
口元を緩め、歩く。
天玄堂は、前回と同じく恐ろしいまでの強さなのだろう。だが、今度ばかりはどうしても勝ちたくなった。