オッサンとオッサンの再会
本当に、偶然だった。
嫌な上司に仕事上の無実の罪をなすり付けられ、共に戦ってきた同僚や部下まで窮地に追い込まれ、とりあえずささくれ立った気分を紛らわせたいと、飲み屋に入ってずっと飲んで。
昼だったのが夜になってたけれど、自分のちっぽけな人生の中で結構なドン底って暗がりに落ちてしまった俺には関係無かった。
閉店だよと、追い出された後どう歩いたのか気付けば電気の切れた街灯にもたれ掛かっていた。
辺りの街灯には、虫が群れを作っているて、まるで明かりの切れた街灯が今の自分みたいで可笑しくなる。
虫すら寄って来ない。
不意に、切れていた頭上の電灯が光を取り戻した。
眩しさに目を閉じれば、再び頭上から、
「おーい、大丈夫っすか?」
声が降ってきた。
「大丈夫だから放っておいてくれ」
酔っ払いの決まり文句だ。
「あれ?エイジ…先輩…か?」
瞼を上げると、視界には学生時代の記憶よりも少し短くなった色素の薄い髪型とそれ以外は何も変わらない風貌。
「お…前、ハルカか?」
「覚えててくれたんだ。アンタ、こんな所でどうしたんだよ」
「…相変わらず、敬語使えないのなお前」
まあ、初っ端は敬語だったから臨機応変にはやってんのか。
「会社出て酒飲んでフテ寝してたんだよ。今何時だ?」
「時間を確認出来る物なんざ、持ってねぇけど終電なんてとっくに終わった頃合いかな」
ああ、だったら帰れねぇなと呟けば、
「だったらウチに来いよ。部屋余ってるしエイジには世話になったからな、今日くらいは面倒みてやるよ。ほれ、腕貸せ」
そう言って、いや、も、ああ、も無く強引に立たされ、肩を借りさせられて昔の後輩に引き連れられる。
まるで、アンタはこんな所に居たらダメだと叱咤するような力強さで。
そうだな。その日家に連れて来たのは確かにオレだ。
だから再会初日は行き倒れに布団を貸して、毛布に包まってオレが寝るのも仕方ねぇと思った。
だがしかし、拾った当初に、今日くらいは面倒みてやるってしっかり言ったはずだから家主兼拾い主であるオレの反対を聞き入れず連泊するエイジにオレがわざわざ布団を貸す必要性は無い。
「と、ここまでの説明はわかったな」
「ああ」
「そして、ここでエイジくんに質問です」
「ナンデスカ?」
「オレは奥さん一筋ですが、あなたは女と男どちらが好きですか?」
「断然、女だな。野郎なんて、女とヤッタら死ぬとしても御免だ。むしろ腹上死なんて願ったり叶ったりだぜ」
「そうだ。では、どうしてオレはお前にひとつっきりの布団の上で絡み付かれてるんだ?」
むしろ絡み憑かれてる気分だ。不快だ。不快過ぎて、ちょっと目上だからってほんのり気遣い言葉をやめてやった。もう二度とこいつに先輩はつけないし、お前呼ばわりで良いことにした。
「まだ寒いからな。俺は昔から風邪ひいたこと無いけど、お前風邪ひくタイプだろ。布団も夏掛けだしな」
オレからすればオッサンがオッサンに抱き締められて寝具を共にしてる今現在の状況が物凄く寒い。
風邪ひくよりもオレはお前にドン引いてるぜ。
「大丈夫だ。ハルカは奥さん一筋、俺は女大好き。な?同じ布団で寝ても浮気の心配が無くて良いだろ」
オレが異性ならば、きっと恋のフラグが立つであろう自信に満ちた色男ツラで言い切られれば、まあ、良いかという気分になってきた。
どうせ…その内、飽れば家から出て行くだろう。
妻の夢を見て、起きて戻った妻が居ない現実に打ちのめされるから暫く、まともに眠れないでいたのに、とても眠たくなってきた。
なんだか今夜は夢も見なさそうだ。
纏う熱に髪を撫でる何か。
「おやすみ。ハルカ…」
悪いが俺は、お前に縋りついてでも奥さんの元へ行かせたく無いんだ。
という告解は最早聞こえず。
野郎の腕の中で眠りに落ちたオッサンと野郎の家から出て行く気の無いオッサンの再会。
エイジが無実を証明し嫌な上司の罪を暴き、会社での地位が昇格するのは翌日以降の話である。