ゴーグルの景色は誰の理想か
遼子は、ゴーグルの中の景色を見つめる。
ピンク、水色、オレンジ、黄色、水玉、波、しましま。
少し明るい、ポップできらびやかな光景。
しかし――遼子は、思う。
「それは誰が想定した『ディメトロン中毒者』の視界なのか」と。
そう考えつつも、「ディメトロン中毒者」の捜索を続ける。
ビルの一階が屋台風に改装され、食べ物を売っているような幻想。
本来は人もいず、電気もついていないビル街のはず。
なぜか、遼子はざわめき――人の体温も感じる。
遼子は人間を探し出そうとする。
「本当に生きて彷徨う人間は、私達以外にもいるのか」と。
その日、遼子は誰も見つけることができなかった。
簡単なボディ・チェックを済ませた遼子は、修造を呼ぶ。
「ねえ、ちょっと私の部屋に来て欲しいのだけど」
修造は、疑いの目で遼子を見る。
「なんだ? 少しは友好を深める気になったのか? 逸志や千代子に影響されて? 」
そう言いながら、遼子の目を見つめニヤリと笑う。
「まあ、そういうところね。」
遼子は視線をそらしつつ言う。
「私達がミッションの時に身に着ける『ゴーグル』について聞きたいの。
誰が、どうして作ったのか。あなたは私がここに来る前に、もういたのでしょう? 」
遼子の言葉を聞くと、修造は遼子の腕をつかむ。
「そうか、その話は長くなる。行こう。」
遼子の部屋、傘のついたランプに、ベッドと椅子。
遼子はベッドに、修造は椅子に座る。
修造は話す。
「あのゴーグルを作ったのは――明月変 調。お前の兄だ。
何故作ったのか、と言えば。それは『ディメトロン中毒者』へ共感をしめすため、行動を予測するため、だ。俺は調さんから、そう聞いた」
そして、修造は目を伏せる。
遼子はベッドに後ろから飛び込みながら、言う。
「そう、なの。私のお兄ちゃんが、共感ねぇ」
皮肉そうに、寂しそうに、笑う。
修造は彼女に近づき、髪をすく。
「信じられないのは、分かる。お前がここに保護される少し前に、お前の兄は失踪したのだったな。『おぞましい』という一言を残して。しかしだ、お前を保護したのは。」
そこで、修造は言葉を止める。
遼子はため息をつくように、言う。
「お兄ちゃんから、『私を保護するように』と頼まれたから、でしょう。そんな慰めはいらない。私は捨てられたのだから」
そして、目をつぶる。
「分かったなら、俺は行く」
修造はそっと、立ち去ろうとした。
「まって、おいていかないで」
小さな声が、響く。
修造は振り向き、立ち止まる。
「ベッドに来ても良いわ、背中合わせで近くにいて」
遼子が呟く。
修造はそっと、毛布をめくりベッドに横たわる。
出来るだけくっつかないように、それでも少しは触れるように。
「ゴーグルの景色が、綺麗すぎるの。カラフルで、人の気配がして、あたたかくて。だから、寂しくなるわ」
遼子が言う。
「それが、調さんの理想の『ディメトロン中毒』だったのだろう。
現実には、色々なパターンがあるからね」
修造は出来るだけ優しく聞こえるように、言う。
「その言い方、お兄ちゃんにそっくり」
遼子は困るような、悶えるような声で言う。
「……そうなのか。おやすみ」
そして、柔らかな明かりをともしたまま二人は眠りについたのだった。