アルカミレス屋は正義なのか
この作品は薬物乱用を推奨するものではありません。
絶対ダメですよ。
女性は、ゴーグルの中の景色を見つめる。
ピンク、水色、オレンジ、黄色、水玉、波、しましま。
それは、「みんな」が見ている光景だ。
「みんな」普通に、当たり前に思っている幸せな世界なのだ。
しかし、その「現実」は偽物――催眠薬「データディメトロン」による幻覚である。
だから彼女――明月変遼子は、
「アルカミレス」という「覚醒剤」を散布する。
そうすると、世界の輝きは消えて荒れたコンクリートジャングルになる。
「荒れ果てた町が、『本物』だと信じる」それが彼女の思いだ。
だから、彼女は戦っている。
「ミッションが終了しました。
関係者各位、ゴーグルを外し現実に帰りなさい」
電子音が響く。
彼女はゴーグルを外して周りを見る。
蛍光灯に照らされた、リノリウムの床に二つの影。
そのうちの一人、司令官「スターゴールド」は言う。
「お疲れ様、『ダークムーン・アスカ』現実へお帰り。
あの薬『データディメトロン』は厄介だからな。
まだ目がおかしいとか、そういうことは無いか?」
「ダークムーン・アスカ」とは、遼子のコードネームである。
司令官の声音は優しいが、目は厳しい。
彼は、「データディメトロン」による幻覚を心配しているのだ。
もう一人、「静冷院 修造」
―コードネーム、「アグレッシブ」―は、
淡々と結果を報告する。
「酸素ボンベに混入した『アルカミレス』が、半分減少しています。
しかし、アスカは大した影響を受けていないでしょう、お疲れ様でした」
司令官はため息をつき、その勢いで言う。
「わかった。とりあえずは「アスカ」と「アグレッシブ」は休んでいい」
遼子は、修造と廊下を歩く。
「ダークムーン・アスカ。否、今は遼子と呼んだ方が良いか。
いや、明月変さんがいいか? 」と、修造は軽口をたたく。
「そんなこと悩まないで、アスカで良いでしょ。アグレッシブ。
ほら部屋に着いたわ、休ませて」
遼子は距離を縮めようとする彼をあしらう。
「否、プライベートなのだからお前は俺を名前で呼ぶ必要がある。
静冷院、それか修造とな」
遼子は、彼をしぶしぶ部屋に入れた。
「今日は、何人救ったのか」
修造が聞く。
「わからない、『アルカミレス』五万人分を散布はしたけれども」
遼子は混乱していた。
「あのきらびやかな世界では、どこに何があるのかさえも分からないわ。
それなのに、やみくもに薬剤をまいて本当に効果があるの?
そもそもあれは本当に『アルカミレス』だったの? 」
遼子は、修造にいくつも質問する。
修造は彼女に呆れ、そして言う。
「そんなことは気にしても仕方がない、命令通りにやっていくだけさ。
俺達はここにいるしかないんだ。正気をたもっているからね。
それが本当に幸せなことかはわからないが……」
遼子は修造が言う言葉を制す。
「やめて! いわないで! もっとわからなくなる。
貴方は慣れているんでしょうけど、私はまだ慣れていないの。
そういう考え方、口に出さないで! 少しずつ体に叩き込むから」
修造はくっと声を漏らした。
「そうか、じゃあまた次で」
言い残して彼は部屋を去った。