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その1


後半ファンタジーです。

全部で五話程度なので暇潰しにでもなれば幸いです。








 素敵な月夜だった。


 その月の光を二人の男女が互いの顔を見詰めあいながら浴びている。

 月光がまるで、その下にいる二人を祝福する為だけに存在しているように、さらさらと降り注いでいた。

 この世のどんな照明よりも、それは絶妙な加減で周囲の闇に光を照らしている。

 他に、人口の光が一切存在しないから、余計に月明かりが映えて見えるのだろう。

 空には月だけではなく、本当に落ちてきそうなほどの大量の星々の輝きが満ちている、思わず手を伸ばせばその一つに触れてしまいそうな錯覚を覚えるほどだ。

 ”そこ”は、周囲を見渡しても、人工物が視界に一切入らない不思議な空間だった。

 人工物だけでなく、他の誰もそこにはいない。

 その二人だけの場所だった。

 周囲一面には、人が手を加えて”花壇”として花を育てているのではなく、視界の全てが花壇のような、そんな場所である。

 名の有る花だけではなく、雑草も何も区別無く生命として輝き披露し、それぞれの植物が自由に生えており、だが、それでいて荒れ野原には見えない微妙な均衡を保っていた。

 春夏秋冬様々な様相をこの場所では見れる事だろう、秋や冬の華が枯れゆく季節でも、決して物悲しいだけではなく人の心の琴線に触れる情景が広がるように思える。

 四方が自然に樹木を利用して壁のように辺りと遮られているが、不自然さはまるで感じられない、そういう壁が有る事により、逆にこの場所が他の場所とは違うと認識出来るようにも思える。

 ここがとても都会の空間の一部だと思えなくなる、それが素晴らしかった。

 ここでは流れていく風も、届いてくる音も、時計の針の進みすらも違うようにすら思える。

 静寂がその空間を占めているが、決して不快な物ではなく、穏やかな微風がその二人を撫でている。

 二人は座っている。

 座っているのは木で作られた長椅子である。

 ちゃんと座れば4〜5人が座れるであろう長さのそれに、女が普通に座り、男はその女の太股の上に頭を預け横たわっていた。

 二人の表情には至福と呼べる表情が浮かんでいる。

 言葉は交わさなくても、満ち足りた物が有る――そう感じさせる二人であった。

 時折流れてくる華の香が、一体何という名なのかは分からない、しかし鼻腔をくすぐるその香りは、今の穏やかな二人にはとても心地良い物に思える。

 男は幸福だった。

 最愛の人と二人。

 二人だけで、この空間にいられる、それだけの他の全てを得る事と同等以上の幸福を感じている。

 世の中にこれ以上の幸福が有るのだろうかと思える。

 有るとしても、それは自分以外の人にとっての幸福だろうと思った、自分にとっての至上の幸福は今のこの瞬間、それが一秒でも長く、一分でも長く続く事だった。


「ねえ」

 男が、女に声を掛けた。

「なぁに」

 女は男の声に嬉しそうに答える。

「良いのかな?」

 男は漠然とした質問をした。

 それは、この場所にいつまでいても良いのかなという質問にも取れるし、また女の足を膝枕にしたままでも良いのかな、とも取れる。

 だが、女はきっぱりと。

「良いのよ」

 と、それだけ言った。

 声に刺々しさはまるで無く、子供をあやす母親の声にも聞こえた。

「……父さん達はどうして、ああやって憎しみ合うのかな」

 男がまた言った。

「どうしてかしらね」

「こんなに穏やかな時間を、あの人達は知らないんだろうな……、せいぜい何かに金をかける事でしか幸せを感じられない、悲しい人達なんだよ」 男はため息を吐くように言った。

 それでも女は笑みを浮かべながら。

「あなたは違うわ」

「君も違うよ」

 互いに見詰め合いながら、その視線を絡ませて楽しんでいるように見えた。

 その視線の距離が徐々に狭まって行き。

 二人のシルエットは重なりあった。


                                  ・


 テスト・シュタインというのがこの男の名前だった。

 テストは今年で21歳になる、街の中でも有数の大企業の一人息子で、頭も悪くない。

 若い頃から経営についてだとか、法律についてだとかの勉強を叩き込まれ、かなり真面目な学生生活を送っていた。

 親が金持ちだと、大別すると二種類の子供に分かれる。

 一つ、努力を一切放棄し、ただ親の財産を食いつぶすだけのタイプ。

 もう一つは、親の財産を増やそうとして、それに見合うだけの努力を怠らないタイプ。

 テストは後者であった。

 少なくとも彼女と出会うまではである。

 何しろ勉強に打ち込みすぎて、テスト少年は初恋という物を知らずに成人式を迎えていた。

 様々な経験を積んで、数多くの人と接する機会はあったのに、異性関係に関してはまったくの無関心だったのだ。

 だが、その成人を祝うパーティーでテストは一人の女性と出会う。

 出会うと言っても、会話はしていない、ただ遠くから見ただけだった。

 だが、その瞬間、今まで感じた事の無い動悸を覚えた。

 一瞬、何かの病気かと思ったほど、それは激しく、そして治まる気配を知らなかった。

 雷に打たれるという表現がこれほどまで合う状況も無い、そう思った。

 それが初恋だと気が付くまでにテストは一週間ほどの時間を有した。

 次に出会ったのは、父親と同伴して出席したパーティーだった。

 そういう雰囲気が苦手だったテストは、やや離れた場所で一人で休憩していた、ふと気が付いたら、あの彼女が立っていたのだ。

 確かな運命を感じた。

 あの時、どうやっても彼女と再会する事は出来なかったが、神様はきちんとこういう機会を作ってくれるのだ、テストは神に感謝していた。

 その彼女は、艶やかでそして美しいドレスを着ていた。

 一つ一つに金がかかっているが、決してゴテゴテの悪趣味な成金の服装ではなく、品という物をきちんと身に纏っているのだ、見事な着こなしをしているとテストは思った。

 装飾品も最低限付けているが、どれもが控えめである、ただ値段は決して安物ではない。

 彼女の年齢はテストと同じくらいだろう、あの会場にいたと言う事はその可能性が高いとテストは思った。

 思わず、ぐびりとテスト青年の喉が鳴った。

 こういう会場にいると言う事は、自分と似た家柄の出身者となる。

 と言う事は、親に家柄についてとやかく言われる障害が一つ消えた事となる。

 これは喜ばしい事だ。

 そう思っていたのだが、それは大きな間違いだった事は後で知る事となる。

 テストが勇気を振り絞り、その彼女に声を掛けようとした瞬間だった。

 突然、パーティー会場の中央から、激しい怒号にも似た声が響いてきたのだ。

 どうやら二人の男が言い争いをしているようだった、そしてその一方の声には聞き覚えがあった。

 テストの父の声だった。

 そして、テストが慌てて走り出すと、その横に立っていた彼女も併走するように走り出していた。

 どうしてだろう、とテストは思った。 

 ただ野次馬としてその場所に向かうようには見えなかったし、その表情には何か必死さに似たものを感じたからだ。

 だが、ここで声を掛ける訳にも行かず、ただただ急いでテストはその現場に向かった。


 大の大人が言い争いをしている現場は、大抵例外無く醜い。

 その光景も決して例から漏れる事は無く、みっともない物だった。

 テストは父がそんな顔と口調で人と言い争いをしているのを初めて見た。

 相手の顔は見覚えがあり、記憶を探るとすぐに思い出した。

 この街で有数の大企業であり、そして父の商売敵の会社の社長だ。

 常々、父はこの社長の事を気に入らないと言っていたのをテストは思い出していた、やり方から何から何まで全てが気に入らないと、きっと今日の服のセンスすらも父は許容しないのだろうと思った。

 どちらも互いを卑怯者とか、品が無いとか、子供の口喧嘩程度の罵り合いを繰り広げている。

 パーティーはすっかり白けていた。

 慌ててテストは父親に。

「父さん! こういう場所で、恥ずかしいだろう!」

 と言った後で、父にだけ聞こえる声で。

「こういう時は、わざと自分から折れて大人の余裕を見せた方が得だよ」

 と囁いた。

 テスト自身はそういう駆け引きなどは好きではない、しかし激昂した父を治めるには最良の手だと思えた。

 テストの父は徹底した営利主義者で、得とか損とかの言葉に敏感だったからだ。

 一方の口喧嘩の相手も、何とテストが惚れた彼女が必死になだめている所だった。

 ?マークがテストの頭上に幾つも浮かんだ。

 一体どういう関係なんだろうか。

 そう思ったテストの疑問に、彼女はすぐに答えた。

「お父様! 他の皆様に迷惑がかかります!」

 思えば、テストは初めてその時彼女の声を耳にしたのだ。

 その声の甘美さにうっとりする間も無く、テストはその言葉の意味を反芻はんすうしていた。

 お父様、お父様、お父様、お父様……

 年齢とか、家柄とか、そういう次元ではない障害が確固たる物としてテストの前に立ちはだかった瞬間だった。


                               ・


 秘密の花園。

 テストはこの場所にそういう名をつけていた。

 二人だけの場所。

 二人以外は誰も入れない場所。

 内密に会うには最適の場所と、馴染みの庭師に勧められたのだ。

 実際このような奇跡のような場所が存在するとは、言われるまで気が付かなかったが、それ以来テストはここで彼女と密会と続けている。

「何を笑っているの?」 

 彼女が問う。

「初めて会った時の事を思い出していたのさ、あの時はもう絶望的だと思ったよ」

 それからこんな関係になるまで色々有った。

 思い出すと一瞬のようだが、時間にしてみると長い時間の話だ。

 だが、問題なのは過去ではない。

 今なのだ。 

 今のこの一瞬の全て、この平穏な時間こそが幸福なのだ。

 誰にも邪魔をさせるつもりは無かった。

 もし、誰かがこれを邪魔するというのならば――


「よう、邪魔するぜ。ご両人」

 突然、この幸福の空間に無粋な男の声が響き、テストは思わず上半身を起こし、そちらに視線を向けた。




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