うまくいかない
右頬が痛む。いや、左脇腹。いやいや、全身が痛い。入店初日に俺はルール違反をやらかした。通常ホストクラブは永久指名制をとっている、らしい…。ヘルプについたキャバ嬢風の娘が俺を気に入ってくれた。と言う勘違いにより「今度指名して、よろしく!」などと…ふざけた事を。いや俺は真剣だったのさ。でも、先輩達の痛い視線を俺は気づかなかった。
で、この有様だ。
「んー、やめて。」
女性の声だ。どっこいしょ、いててて。俺は起き上がり声の方へ…。
女性が襲われている。「待ちな…女性が嫌がっているぜ」歌舞伎の様なポーズで決める。男はぽかんとしていた。
「あの…誰?ずいぶん怪我しているけど。」「気づかいは無用だぜ、暴漢。そのうす汚い手を離せ!」男は舌打ちをする。「変な奴。もういいや…」ただのナンパなのによ。と男は付け足す。
「助かって、良かったね。」とびきりの笑顔を女性に向けた。それが今日の最後の記憶。
俺が目を冷ましたのは、知らない場所。二日酔い。それと、知っているかい、殴られすぎると熱が出るんだ。ダルかったるい感じに、俺は背中を起こす気になれなかった。額を触ると冷えピタ、頬にガーゼで傷の処置がされていた。なんか全体的に…。目を周囲に這わせる。女。女がいるぞ。
「目を冷ましたんですね…」ふうと一息吐くと、「良かった…」
「君は誰だ?」酷い声。「あなたは、私を助けると、そのまま倒れたんですよ…」心配そうだ…俺なんかほっとけばいいのに。「ありがとう。助かったよ…それにごめんな、俺よくKYって言われるからさ」「ホントは余計な事したってわかってる」そう言う、俺の手を彼女はギュッと握った。「そんな事、ないよ…私。あの時怖かったから…」
その言葉に、ちょっとすくわれた。「ありがとう。帰るな。」怠い体を起こす。「む、無理はしないで…」
冷えピタを剥がしポケットにしまう。「バイバイ」玄関を開けると日が眩しい。
二日酔いの頭で、街に繰り出す。
ホスト辞めるのは、大体三ヶ月なんだ。理由があって、そこまでは、売り上げがなくても保証給が入る。月ベースで12万。それが今は0。指名はなかったがヘルプと雑用で何とか食えていた。皿洗いもゴミ捨ても積極的にやった、先輩にも媚びに媚び、指名はなかったがヘルプで何とか食えていた。
「ども、お疲れっす。」へこへこと頭を下げ店を出る。深夜2時。
汚れたスーツ、洗い物で荒れた手。ホストっぽくないなと、思う。でもいいんだ、ニヤリ。
ネオン街を抜け、彼女のアパートに向かう。
「美緒ちゃんー」寝ている彼女にキスをする。
ん。寝返りをうつ彼女。
彼女が用意してくれた晩ご飯を食べる。添えられたメモ紙の『お仕事お疲れ様』が嬉しくて、にやけてしまう。ホント幸せ、ずっとこれが続いて欲しい。
でも、ダメだったんだ。
別れを選択した。それで、ホストも辞めた…実家に帰る、そうしたんだ。
駅のホーム。(帰郷の為)
「ごめんね。美緒ちゃん…俺がみんな悪いんだ」「ううん、」彼女は首を振った。「でも、誓って。あれは浮気じゃないんだ、枕営業って言ってね。ああ、やってお客を…。ごめん、同じだよね?」「うん」
汽笛が鳴る。
2人を隔てるドア。
(おわり…だな…)
トン。始動の揺れ、景色が左に流れてゆく、(さよなら)
よく聞いたラブソングのフレーズがイヤホンから流れた。
【終わり】