イクルド村の、宿屋にて
2013.09.10投稿
2013.10.15修正
翌朝、イクルド村の宿屋の一階の食堂である。
カチャカチャとナイフやフォークの音。行儀の悪いスープの飲み方の音。ウェイトレスの足音。飛び交う客同士や客とウェイトレスの会話。
(…………賑やかだなぁ…………)
「セイヤさん、何か遠い目をしてませんか……?」
「へ? 何? セレア。
いやー、小さい村の宿屋にしては、客が多いなぁって…」
ずずずっとお茶をすする。グラフア茶というお茶で、味も色合いもまんま、緑茶である。ゆっくり味わいながら、ゴクンとセイヤは飲み込んだ。そして、ほうっと一息。
確かに、村の規模の割に客が多い。客層もバラバラだ。冒険者風・商人風・貴族風の客、と多種多様。
その理由としては、村の東南に広がる高原にある。牧草地が広がり、この村の男衆は大半がそこで羊を放牧している。イクルド村ではこの羊の毛や肉を売り、生計を立てていたのである。イクルド産の羊毛も羊肉も評判で、近隣の街や村だけでなく、他国からも商人達が買い付けに来る。中には、貴族が直接購入に来たりするので、客層がバラバラなのだ。
「へー、そっかー。それでなのかー。すげぇ村なんだなー此処―」
マリアが村の解説をするも、ほとんど彼女は見ずに、ただただずっと同じ方向を見て答える。そしてまたマリアから指摘。
「そうですね。イクルド産の羊毛は良質で評判です。凄いんですよ。
でもセイヤさんのその遠い目はなんですか?」
「え―――? 俺そんな遠い目してるかなぁ……」
(さあ、どうしたもんか……)
否定するも、視線はマリアと合わせない。
「何か隠してません?」
(―――――す、鋭い―――――)
いや、わかるよ。あんたオカシイよ。気づくよ!
「き、気のせいじゃないのかなマリアちゃぁん、俺は別に隠し事なんて……なー、セレアくーん?」
「嘘。」
セイヤの肩がビクッと震えた。やっと2人と視線を合わせる事が出来たセイヤは、観念する事にしたんだろう。
「……わかった、白状する」
両手を上げて、降参、の仕草。
「「何隠してるんですか?」」
同時に同じセリフを発する姉弟。さすが、仲良しさん♪
思わず顔が綻ぶセイヤ。あまりにもぽやっとした表情だったのか、マリアは右手人差し指を立てて、黒い笑顔で一言。
「セイヤさん? 黒コゲになりたいんですか?」
マリアの指先からは、小さな炎。いい加減焦らすんじゃねーよマジキレっぞゴルァ、ってカンジかな? まぁ、マリアはそんな下品な言い回しはしないだろうけども、セイヤには充分伝わったらしく、必死に謝りだした。
「ご、ごめんごめん!!! 言うからおとなしくして?」
テーブルに両手をつき、何度も頭を下げるセイヤ。一応、その必死さは2人に伝わったようで、マリアは小さな炎を消した。
セイヤはというと、目を泳がせながら、少しずつ頭を上げつつ、
「実はさ、
俺さ、
今さ、
路銀………どうしよっかなー……って……あはは…」
その頭を軽く、ポリポリ掻きながら言った。2人は思わず凍りついた。
そうなのだ。セイヤは手持ちが無い。ある訳が無いんだ。来たばかりだし。
「まさか…えっと、まさか、とは思います…けど、まさか、一文無し?」
あまりに動揺してるのか、マリアは『まさか』という単語を3回も言ってる。まぁしょうがない。そしてセイヤはというと、
「うんっ! ボクいちもんなし―――☆」
てへへぺろ☆ と言わんばかりの言動。可愛らしく言ったって、2人には通じない…どころか、思いっきり引いている。そりゃそーだ。
「ちょっ…と待ってください! って事はここの宿代僕ら姉弟持ちですか!?」
「うん」
笑顔。
「そういう事は昨日の内に言って下さいぃぃぃぃぃっ!」
「いやあ」
笑顔。
さっきから笑顔で誤魔化しまくりなセイヤ。でも2人には通じないよ、多分。
「な…情けなくないんですか!? 自分よりも年下の子供に宿代払ってもらうなんてっっ」
「ホントですよ! まったくもーっ!」
とかこんな風に言いながらも、2人は宿代を払っていた。いい子だねぇ……。
てかセイヤ、お前かなりヤなヤツだな。
そして、朝食も支払いも済んだところで宿屋前。準備万端、あとは路銀のみ…。
「さあって、路銀をどうするか!」
なんでそんな他人事なんだセイヤ。当然のごとく、マリアから突込みが入る。
「仕事するしかないでしょう?
今の状況じゃセイヤさんの実力はわかりませんから、試しに仕事とります。わたし達が居ればこなせる程度の。それでセイヤさんがどれだけ出来る人なのか確認して…それ以降はセイヤさんの実力に合わせて仕事を取って、路銀を貯めながらソルヴィシスに向かいます。
それでいいですね?」
ちゃちゃっと方針を決めるマリアに対し、セイヤが希望を言った。ちょっと待てよって思う内容の。
「なあ、俺さ…こっちに来たら一度やってみたかった事あるんだけど…」
「? なんですか? 出来る事ならしますけど」
「その、俺の世界にある小説でさ、魔法の世界の話があって、そこの主人公がよくやってるんだけど……」
「だからなんですか?」
焦らさないで早く言ってよ早く、とでも言ってるかのようなマリアの表情に、セイヤは何故か照れながら言った。
「そのっ…、……盗賊いぢめ☆」
「「…………は?」」
2人は軽蔑の眼差しでセイヤを見た。そりゃな、非常識だよな。
「あ、あの…それってもしかして、盗賊のアジトかなんかを襲って盗賊が盗んだ金品等を盗み返すって…事、ですか?」
セレアが聞いてくる。概ね合ってる。合ってるんだが、多分セイヤが思っているのとは若干違う。
「もしかして、持ち主に返す、なんて思ってるのか?」
「あ、当たり前じゃないですか! そのまま持ち去ったら、僕達が盗賊です!!」
やっぱり。セイヤは烈火の如く、怒られた。しかし、マリアが腕を組みながら、言う。
「―――そうでもないわ」
「ね、姉様……?」
「もう盗まれた物だもの。最初に盗んだのはわたし達じゃないし、」
うんうん、とセイヤが頷く。
「バレなきゃいいのよ」
キッパリと、マリアが言い放った。セイヤは思わずガッツポーズ。
「んじゃ、行こうか。情報集めに」
くいくいっとマリアのマントを引っ張るセイヤ。
しかしマリアはまた、軽蔑の眼差しでセイヤを見た。
「……まりあさん?」
思わずマリアにさん付けで声をかけてしまうセイヤ。
(…あれ? やるんじゃないの??)
「わたし、やるなんて一言も言ってませんけど。
それに…そんな事をしなくても、ボディーガードなどの仕事を貰って稼いだ方がお金の溜まり方は早いと思います。盗賊倒しでも充分お金は溜まるでしょうけど、その肝心の盗賊が居なければ話は別です。
イクルド村の近辺で盗賊の目撃情報や盗賊に襲われたなどの情報は一切ありません。わたし達があの森に入る前にその辺は調べています。間違いありません。
さ、仕事を探しに行きましょう」
そう言って、マリアはセレアを引き連れ、すたすたと宿屋から離れて行った。
(……ちぇっ……やってみたかったなぁ、盗賊いぢめ………)
セイヤの背中に哀愁が漂っていたのは、いうまでもない。