異世界聖典と四大術
2013.10.25投稿
2014.04.08修正
ガラガラガラと、馬車が激しい音を立てて走っていく。
この音の大きさじゃ、盗賊さん達に『どうぞ荷台の中の物を盗って行って下さい』って言ってる様なものだ。その上、魔物が出る道を通る。これじゃあ護衛は当然必要だ。
「……で、さっきの続きですけど、」
揺れる荷台の中、マリアが突然言い出した。セイヤとマリアは座り込んでいたが、セレアはすぐに動けるようにと膝と曲げる程度にしており、周囲を警戒している。ザイギスと長男は、会話が弾んでいるようで、楽しげだった。
「『異世界聖典』の話だろ」
「えぇ。わたし達のこの世界では、《セイクリッド=アース》とは、《異世界聖典》を指します」
《異世界聖典》とは、この世界のありとあらゆる魔術・法術・剣術や武術の流派・その他の術などの術の全てを記した書物である。
誰も知らない、知らないかもしれない秘術までも記されているのだという。
―――そう、言い伝えられているのだとか。
魔術も法術も、術と呼ばれる全ての技能や技術は、奥が深い。
全てを知りうるのはとても難しい。
たとえば魔術ならば、基本的には術を行使する際は、魔獣族の魔力を借りて術を発動する。
単純に、魔獣族の魔力を得るには、自身が僅かでも魔力を持っていればそれでいい。自身の魔力を使って魔界にある、魔力の泉へ呪文を用いてアクセスすればいい。魔界の各地に存在する魔力の泉には、有り余る魔力を注ぐ魔獣族の魔力で満たされている。魔獣族は、自身に制御できない程の魔力が溜まった時、それを泉に捨てているのだ。
人間はそれを、頂戴しているのだ。
人間が魔術を使うには、それで充分だ。
だが、大きい術を発動するためには、泉から得られる魔力では足りない。泉を通じて得られる魔力はそれほど多くないのだ。そうなると、魔族から直接魔力を借りるしかない。魔物ではない、魔族から。
その魔族から力を借りるには、契約が必要だ。
契約するには、様々な方法があるが、要は魔族に認められないといけない。気に入って貰えなければならない。
つまり、自分が力を貸すのに価値があると認めて貰わなければならない。コイツ面白いなー、コイツなら貸してやってもいいか、と思って貰わなければならない。
結局の処、こういう事だ。
契約の種類は『友愛』『主従』『労使』の3種類である。
『友愛契約』は、お互いが信頼し合い、利害関係無しに力を借りれる。要は気に入られた場合に主として交わされる契約だ。この契約が成功する可能性は低い。魔族側からの申し出が無い限りは、交わそうとしない方が無難である。
『主従契約』は、人間側が主となり魔獣族側が従となる契約だが、低位魔族相手ならばこの契約も比較的交わしやすい。だが、時には低位魔族の後ろには高位魔族がついている場合があり、高位魔族の機嫌を損ねてしまう可能性がある。自分の下に居る低位魔族は自分のモノであって、人に力を貸す必要は無い、と考える魔族もいれば、自分の下に居る低位魔族を大事にしているものもいるのだ。それを踏まえると、この契約は交わさない方が無難である。
『労使契約』は、期限がある契約だ。一定期間、一定条件の下、魔力を借りる。一般的には、この契約を交わすものが多い。
だがやはり、一番無難なのは、魔力の泉を使う事だ。
しかしながら、魔族との契約を望む魔術士が多いのも事実だ。
魔力の泉から供給される魔力だけで発動する術だけでは、物足りない場合があるからだ。魔術を追及すればするほど、魔族の力を借りる大技を使いたくなってしまうのだ。人間は欲深い生き物である。他人が使う大技を見ると、自分も使いたくなる。破壊力の高い術の存在を知ると、自分も使いたくなる。
そして法術。
法術士とは、精霊術と法術を使う術士の事である。
精霊術は精霊族の力を借りて行う術のことであり、家の灯りは光の精霊や火の精霊の力を借りて灯すのが一般的である。魔術と違い、精霊術には攻撃的な術は無く、基本は属性防御的なものが殆どである。それは、精霊族が攻撃的な行動を嫌うためであった。
中には、気の合う精霊を常に連れ歩く術士もいるが、大抵はその場その場にいる精霊の力を借りる事が多い。現段階ではまだ一度もセイヤの前に姿を現していないが、セレアは樹木の精霊と水の精霊を、マリアは火の精霊と風の精霊を一人ずつ、連れて旅をしている。
何故セイヤがまだ一度も2人が連れてる精霊たちを見かけていないのかというと、術士に連れられる精霊は、神秘の石の中で眠っているから、なのである。
また、精霊術のみを使う術士は、精霊術士と呼ばれ、法術士とは別とされている。そして、精霊術が使えず、法術のみ使える術士は、法術士見習いと呼ばれている。
法術とは、法力を使う術の事である。基本は治療や解毒といった効果がある術が多い。なお、法力は天界にいる天使族の法力を借りる。
天使族から法力を借りるには、自身に僅かでも法力があればいい。僅かでも法力があり、自身の法力で、僅かな傷でも治癒出来れば、法力を借りる資格を得ている事になる。
魔獣族から魔力を借りる時のように、契約を必要としないのだ。
だが、法術士(もしくは法術士見習い)となるには、大神官か巫女のいる神殿に赴き、法名を授からなければならない。これがある意味、契約のような物だ。法名を用い、天使族に呼びかけ、誰か一人でも呼びかけに応えた天使族が居れば、その天使族の法力を分けて貰え、術が発動する、という仕組みだ。
最後に、剣術と武術。
簡単に言うと、剣術は武器を用いて戦う技能で、武術は己の身体を用いて戦う技能の事である。
我流の者もいるが、一般的には術士に弟子入りするか、もしくは学校に入るのどちらかで技能を磨いていく。流派も武器も多種多様に上り、もしかしたら、魔術や法術よりも、こちらの方が奥が深いかもしれない。
学校で教えるのは基本形でしかなく、術士を師匠に持つと、基本から発展した技能を習得出来る事が多い。1人の師匠に複数の弟子がつき、その弟子が更に複数の弟子を持ち、元の師匠が同じでも、術として習得した技能に多少の違いが生じてしまい、流派は枝分かれしていくからだ。
こういった術の全てが記されている書物。
誰も知らない術も記されているかもしれない書物。
噂でしか知らない術が記されているかもしれない書物。
読めば、全ての術が使えるようになるかもしれない書物。
そんな、言い伝えのある書物。
「ただ…これが一体何処にあるのか、または誰が持っているのかはさっぱりわからないんです。本当はただの伝承で、実は存在しない架空の物、という事も有り得ます」
セイヤへの術講義を一通り終えたマリアはそう締めくくった。
「けど、実際に読んだ事のある人物は存在した……」
「はい。『自称』ですけどね」
ぽつりと漏らしたセイヤの言葉に、マリアは言葉を返した。
「けれどおかしな事に、その『自称:異世界聖典を読んだ』という方は、全て賢者なんです。みんながみんな賢者……そんな偶然ってあるんでしょうか」
マリアは真っ直ぐセイヤを見た。その瞳は、彼に答えを求めているようだった。
「ない、と思うぜ俺は。
本当にそいつらが異世界聖典を読んだとしたら、それは賢者になる前じゃねぇのか?
賢者になる前に、異世界聖典を何らかの形で手に入れ、その知識を自分の物にして術士ランクを上げ、賢者と認められた。
そうは考えられねぇかな」
セイヤの出した『答え』に、マリアは目の前が開けたようだった。
「あ、ああ……そうですね…! そんな事、考えもしなかった……」
両頬を手で覆い、目を大きく見開いたマリアは、にっこりと微笑んだ。
「参考になりました。有難うございますセイヤさん」
「凄い……! そんな事、きっと誰も想像がつかなかったんでしょうね。僕自身、彼らは賢者だから異世界聖典が読めたんだと思ってましたから。
異世界聖典を読んだ方だけが、賢者じゃありませんし。僕を除いても……!」
セイヤとマリアの話を聞いていただけのセレアが、割り込んできた。その表情は、何か吹っ切れたような、霧が晴れたような顔だった。
そんなセレアへ、マリアが茶々を入れた。
「でも、今の世の中、賢者はセレアだけなのよねー。ミフィル様もお亡くなりになられたし?」
「ね、姉様っ!」
「へー、そうなのかぁ」
「セイヤさんっっ!」




