第三話 天降女子(あもろうなぐ) その二
妖怪『川坊主』を霧散した翌朝、宿の主人にもう二泊する旨を告げ、宿代を前払いして街に出た。
今日は雅が通報した事により死体が発見された男性の葬儀が行われるという。
雅は喪服を着た人を見つけ、後をついて行く。
ついて行けばあの死体の葬儀場に行けると思ったのだ。
しばらく歩くと案の定、あの死体の葬儀場に着いた。
雅は学生服を持参していたので、それを着ている。学生は礼服替わりに学生服で代用できるので便利な物だなと雅は思っている。
斎場には多くの人が集まっていた。
祭壇には生前の彼の写真が掲げられている。
雅は特に何も感じなかった。というより彼に対して興味がなかった。
ではなぜ、雅は葬儀にやってきたのか。それは故人の友人が参列するであろうと思ったからだ。
「なあ。幸彦の死因は何だって?」
「それがまだ分からないらしい。もっとも、ひどい状態だったらしいからな」
「そうか、何か嫌だな。雄二や光則もひょっとして……」
「おいっ。やめとけよ、誰かに聞かれたら面倒だ」
雅は二人の男性がひそひそ話しているのをさりげなく聞いていた。
その時、雅は肩を『ぽんっ』と叩かれた。振り向くと浩司だった。
「はやかったね」
雅は浩司が来る事を予想していたようだ。
「ああ、そろそろ声がかかるだろうと思ってね。ところで今の人達が何か?」
浩司は雅が二人の男性を気にしているのが分かっていた。
「うん。憑いてるんだ」
雅が見ていたのは、話をしていた二人の肩や頭に乗っている妖の類が見えたのだった。
その姿は十センチほどの大きさで目は一つで濃い苔色の体色をしている。『ちーっちーっ』と鳴き、三本指でしっかりと彼らにしがみついている。それらを雅は『小邪鬼』と呼んでいる。
「そうか。あの二人だけなのかい?」
「いや、他の二人にも憑いていた。でも、もう二人のはまだ小さい。彼らは多分、同級生じゃないかな」
「そうか。分かった。じゃあ、とりあえずはさっき雅君が見ていた二人だな」
雅は頷き、浩司はそれを確認すると葬儀に参列する人の中にまぎれて行った。
雅は焼香する事もなく葬儀場を後にすると宿に戻り浩司がやってくるのを待つ。
そもそも雅と浩司はどういう関係なのか。
雅と浩司の家は隣り合わせで、雅と浩司の娘・司は同級生だ。
しかし、実は浩司は雅の良き理解者であり、仕事である「妖退治」のパートナーであった。
妖怪を霧散する事を生業にしているが、高校生に依頼はなかなか来ないのが現状だ。
そこで由緒ある神社の神主である浩司が窓口となっている。
妖怪の類に関する相談が神社に持ち込まれると、雅に仕事が回ってくる。
雅の通う学校に現れた『水虎』を霧散した場合もそうだった。
依頼がなくとも今回のように、妖怪の存在を雅が察知すると、浩司はそれを仕事になるように持っていくのである。
その日の夜、浩司は雅の宿にやってきた。
「お待たせ。
早速だが分かった事を話そう。
彼らは雅君の言う通り同級生、それも同じクラスのクラスメートだったよ。この村で行方不明になっているのはあと三人。
その内の二人もクラスメートだ。
やはり偶然とは思えないな。
いったい今回の事はどういうことなのか説明してくれ」
浩司は葬儀場で調べた事を教えた上で、どういう事件なのかを尋ねた。
「そっか。やはりね。
小父さん、ありがとう。
あの死体の男は『川坊主』に喰われていた。
僕が霧散したのは一体だけれど他にも川坊主は何体かいる。僕には少なくともあと三体は感じ取れたよ。
それに葬儀場の二人に憑いていた小邪鬼は川坊主に成長するね。
川坊主を霧散するのは大したことじゃないけど、問題は川坊主じゃないんだ。」
「ほう。もう一体を霧散していたのか!?
川坊主と言うと鯰のなれの果てだな。で? その問題とは何なのだ?」
「うん。川坊主は他の妖怪に従っているだけだね。もっと力のある妖怪が後に居る。
川坊主から微かにモッコクの花の匂いがした。今は花の時期じゃない。
あの甘い匂いの妖怪と言うと『天降女子』だろうと思う。たぶん川坊主たちは天降女子に従っているんだと思う」
「ふ~ん。天降女子というと、あれだろう? 昔話で言う羽衣天女だよな。私のイメージとしては恐ろしくはないんだが?」
雅はくすっと笑って首を振る。
「よく知られた昔話ではたしかにそうだね。
でも天女伝説には色々な話しがあるんだ。大抵は一般に知られるような羽衣を隠されて……っていう被害者色の強い話だよね。
でも、中には男を誘惑し喰らうという話もあるんだ。
それに今回行方不明となっているのは全て男性だよ。
そしてこの村は「天女」村という。
昔からその類がいたって事さ。
多分、その男性達が同じクラスだった頃に、女性絡みで何かあったに違いないと思う。
……その女性は死んだんじゃないかな。
その女性の思念と天降女子が一つになり事を起こしている。
物の怪は人の思念、特に憎悪や嫉妬の心と結びつくと力が強くなる。霧散するには結構やっかいだよ。僕には亡くなった人の心を救ってやることはできないからね」
話し終えた雅はとても悲しい顔をしていた。
「なるほど、そう言うことなのか。
では、その男どもに依頼させるよう働きかけるとするか。
彼らのどこに小邪鬼は憑いていたんだい?」
「眼鏡の方は頭のてっぺん。痩せた方には右肩と腰のあたりの二匹」
「分かった。じゃあ、早速、接触してくるよ。
明日には仕事になるようにしてくる。もうちょっと待っていてくれ。
それまでここにいるんだろう?」
「いや、夜に川原に居る残りの川坊主を霧散してくる。
まあ、朝にはここで寝ていると思うよ」
「そうか。どっちにしろ、こっちが上手くいったらここに来るから」
浩司は葬儀場にいた二人の男性の元へ、雅は夜になるのを待ち件の河原へ出向いていった。