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雅の妖怪退治  作者: 鳥越 暁
第一章 岩戸雅の霧散の日々
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第一話 水虎(すいこ)

 雅の通う高校で生徒の一人が行方不明になった。その生徒は普通の生徒で家出などは学校の知人、両親ともに考えられなかった。

 ホームルームの時間に雅のクラスでも心当たりがないか担任教諭が聞いていた。


「戻って来やしないさ」


 雅は頬杖をつきながら、窓から見えるあの『立ち入り禁止』の一角を眺めて呟いた。


「また眺めてるの?」


 隣りの席の司が小声で話しかけてきた。雅は司に視線を向けるとにこっと笑って言った。


「うん。あそこに昔、井戸があったんだってさ」

「へえ。そうなんだ。よく知ってるのね」


 司は教科書を立てて教師から見えないように顔を隠しながら楽しそうに言った。司は話の内容が楽しいのではない。雅と内緒話をする事が楽しいらしい。


(そう、消えた生徒の祖父はあそこにあった井戸を埋めた人達の中の一人だからな)

 雅は心の中で呟いて、再び視線をあの地点に向けた。


「生贄が一人。少し力が強くなったか」


 再び雅が呟いた。


「えっ?なに?」


 司が尋ねたが、今度は雅はそれには答えなかった。


 次の日、今度は学校の用務員の男性が消えた。今度は家出を疑う者がいなかった。穴の入口に用務員の男性がいつも愛用していた麦わら帽が落ちていて、穴の縁には何かが滑り落ちたような痕跡があった。

 誤って穴に落ちたのだろうと推測され、警察と消防がやって来て穴を調べて行った。

 結果として、何も手掛かりは見つからなかったらしい。


「これで二人目か。あの人は井戸を埋めた当事者だしな。しかし、大分育ったな」


 また雅が呟いていた。穴の周りにはフェンスが立てられて、木の蓋がされるようになった。業者が呼ばれ埋め立てしようとしたのだが、いくら土を入れても埋める事は出来なかったという。



 その後、学校では水に関わる事故が相次いだ。

 プールの授業では命は助かったものの、三人の生徒が溺れていたし、いきなり水道の蛇口が壊れ水圧で蛇口が飛んで生徒の目に当たり失明した者がいた。


「やれやれ。暴れ出したな」


 雅は何処か冷たい目で穴を見ていた。


 学校では教職員が会議をし、お祓いをすることになる。

 お祓いを依頼されたのは司の父・浩司だった。司の家は代々神主をしている。 雅の隣りの家と言うのは、由緒ある「御子神神社」だ。



 学校が御子神神社にお祓いを依頼した夜、雅は浩司に呼ばれた。雅は浩司の居室に招き入れられていた。


「雅君。今日、学校の例の穴を見てきたよ。邪悪な気が感じ取れた。どうやら妖のようだが、違うかね?」


 浩司は単刀直入に雅に訪ねた。



「うん、小父さんの言う通りさ。『水虎(すいこ)』の仕業だね」


 雅も素直に答える。


「そうか。何故なんだ?」


 浩司は何故、(あやかし)が騒いでいるのかを尋ねた。

 雅は少し長い話しになる事を告げて話し始める。



「あそこには昔、井戸があったのさ。

 その井戸は、あそこに学校が建つ前からあってね。村の連中は大切にしていたんだ。

 それが戦後に水道が普及してきた。当時の水道の工事は民間が行っていて、請け負った業者は大きな利益を得ていたんだ。

 だけどこの村ではあの井戸が豊富な水を提供していたから、高い金を払って水道など引く必要はないということになったらしい」


 一度、雅は言葉を切ると窓を開けて一呼吸置いた。

 涼しい風が部屋に入ってくる。

 雅は冷たいお茶を頼み、そのお茶がやってくると一口飲んで話を続けた。


「その業者たちは、せっかくの金儲けがふいになるので慌てたのさ。

 そこで一番井戸に固執していた家の娘をあの井戸に突き落としたんだ。

 もちろん……その娘は命を落とした。


 その事件を契機に水道推進派の連中は、「危険だ」としてあの井戸を埋めてしまった。


 亡くなった娘の無念の心とあの井戸を守っていた『水虎(すいこ)』は一つになって、ずっとあの穴の底に息をひそめていたってわけ。


 今回、死んだり、怪我をした人達は、あの井戸を埋めた人達の子孫や縁者だよ」


 雅が話し終わっても、浩司はなにやら考えているようだった。


「それじゃ。ただのお祓いじゃ駄目ってことか」


 ため息交じりに浩司が呟いた。


「そうだね。『水虎』を消さないとね。あと、あそこにはまだ種クラスだけど妖の類がいる。奴らのために小さな祠を建ててやるといい」


「そうか。となると俺には無理だな。この仕事引き受けてくれるかい」


「もちろん。報酬は折半でいいよ。学校の依頼だから少ない手当てだろうけどね」


「ははは、確かに少ないな」



 次の学校の休みの日に御子神神社によるお祓いが行われた。それは表向けなのだ。

 その日の夜に密かに雅による『水虎』退治が行われる。


 誰もいない夜の学校の校庭の片隅に雅はいた。

 片手には胡瓜を一本持っている。

 昼間に浩司が手を打っていていてくれて、穴の周りのフェンスや蓋は取り払われていた。


 雅は無造作に胡瓜を穴の中に放り投げる。右手を開き顔の前に持って行く、片手拝みの形だ。


「ザンバラザンバラ ゲッコウザンバラ スイドヒクウ ザンバラ……」


 雅の口から呪文が唱えられる。


『ザバーッ!』


 大きな水しぶきとともに穴の中から、異様ないでたちの者が飛び出した。

 全身苔色で一見してぬめりがある鈍い光沢を放ち、鼻はなく目は大きく耳は尖り、口は耳まで裂けている。手は大きく指の間はひれ状の膜がある。


「水虎。もう諦めろ、時代は変わった。ここにはお前が棲める所はないんだよ」


 雅は幾分悲しそうに水虎に話しかける。


 水虎が目を見開いたと思ったら、足元の穴から大量の水が、ものすごい勢いで雅を襲い、雅は水に包まれた。雅は悲しげな小さな笑いを浮かべ右手で空に円を描いた。途端、雅を包んでいた水の塊は吹き飛ぶ。


 雅は水虎に近寄ると、人差し指を水虎の眉間に押しあてた。


『ぐおううううううっ! ぐふぐふっ! ぐうううううううっ 』


 水虎はもがき苦しみ、やがて体が薄く透明になったと思ったら、すっと消えた。





「終わったかい?」


 雅の背後から誰かが話しかけた。


 


「ああ、小父さん、終わったよ。」





 こうして水虎は霧散され、雅の学校の平和は保たれた。

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