第十一話 国東(くにさき)山 其の二
翌朝、本殿で雅達を迎えてくれたのは、年の頃三十を少し過ぎた風の若い僧であった。
司は少林寺の映画や古い日本映画に出てくるような、年老いて頭が光って白い髭を蓄えているような僧を想像していた。
しかし本殿の中の高価そうな座布団に座り、にこやかに笑顔を向ける僧は剃髪もしておらずに無造作に切りそろえられた髪型をしている。
袈裟はいかにも高級感のある感じだ。
その僧の柔和な笑顔を見ているうちに、司はいつの間にか緊張が解れていた。
「岩戸さん。久しぶりじゃねぇ。もう一年が過ぎましたか」
僧は明るい声で雅に話しかける。
「主もお元気そうですね。
すでにご存じのことと思いますが、今日は連れがおります」
そう言って雅は手の平を司に向けた。雅が司を紹介しているのだ。
「はい。分かっておりますよ。御子神様のご息女ですね」
そう言って僧は雅から視線を司に移した。
すると僧は「おやっ?」とほんの少し首を傾げてまじまじと司を見つめる。
光明の視線は先程までの柔和なものではなく、射るような鋭いもので、まるで心の底を覗かれているように感じる。
「ほう。弥勒菩薩ですな」
やがて、光明は呟いた。
この時、司はようやく頭を下げて挨拶をした。
「あの、はじめまして、御子神司です。よろしくお願いいたします」
「存じております。私はここ「国東院」の主官の光明と申します」
改めて名乗る光明はもう柔和な表情に戻っていた。
「良きお仲間が増えましたな。岩戸さんのお勤めを支えてくれるでしょう。大事にされる事です」
雅に視線を戻し光明は言う。
それからは雅が一年間に霧散した妖怪の事を事細かく話し、光明は時々あいづちを打ちながら聞いていた。
雅の話す内容は司にははじめて聞く話であった。
改めて雅が霧散師なのだと感じるのであった。雅の話には所々に父・浩司の名が出て来て、父の存在をも強く感じるのだった。
雅の話がひと段落した時、司は光明に聞いた。
「光明様、私は雅君についてきました。
雅君は修行をするのだと話してくれましたが、私は今まで何の修行もした事はありませんし知識もありません。
これからどの様な修行をするのか、教えていただけますか」
元来、人見知りの司にしては精いっぱいの言葉であった。
しかし微笑む光明の返答は意外だった。
「何もしませんよ。司さんが思うようにしてください」
司には理解できない。
修行のために幾日もかけてここまで来たのに修行の指示はなく、「思った通りの事をせよ」と言うのである。
司の怪訝そうな表情を読みとったのであろうか、光明がまた口を開く。
「司さん。本来、ここは一定の修行を終えた者達がやってくる場所です。
なので、ここでは改めて修行が必要な者達は来ません。
みなさんはここで心を清めて、本来の自分の中にあるものを磨いてゆくだけなのですよ。
例えばお隣にいる雅さんは、ここにくると私に物の怪の話を事細かく話してゆきます。それも岩戸さんにとっては心を清める手段の一つなのです。
この雅さんは変わった方でしてね。
ある年は滞在中、ずっと左手を隠していました。次の年は右目をつぶっていました。
その方法も全て雅さん自身が考えて行動しているのですよ」
それを聞いた司はさらに困惑する。
第一、修行と言う物を司は理解していない。
テレビなどで滝に打たれたり、火の上を歩いたりしたのを見た程度だ。
父からも雅からも修行の話を聞いたことがなかった。
司は何かアドバイスを貰えないかと雅を見たが、雅も光明同様ににっこりと笑っているだけであった。
「さて、司。僕は森の中を歩いて来るよ」
雅はそう言って立ち上がった。
司も後について行こうと立ち上がろうとしたが、雅はそれを手で制した。
「司。主が言うように、ここで自分が何をするか決めるんだ。
決めるまでここにいて、決まったら行動すればいい。
何もしなくてもいいんだよ。主は言わなかったけれど、ここに、この山にいるだけでも魂は浄化されるんだからね。
じゃあ、また、あとで…… 」
雅は司を置いて本殿を出て行ってしまったのであった。




