第十話 国東(くにさき)山 其の一
雅は学校が冬休みに入ると決まって行くところがある。
霊山といわれる所の一つ『国東山』だ。
日本三大霊場と言われるのは恐山、高野山、比叡山だが、国東山は一般にはほとんど知られていない。
それは前述の三大霊場は一般人や修行する者達も行く事が出来るが、国東山は上級の修行を終えた神官や修験者、高僧などしか訪れる事が出来ないからだ。
非常に特殊な地である。
招かざる者が入山しても、いつの間にか道に迷い、目的地である国東院に辿り着く事はできない。
いつものように旅支度を済ませた雅だが、司が一緒に付いて行くと言ってきた。
簡単には行けるところではないと父・浩司も雅も説得するのであるが、聞く耳を持たない。
「司。いいかい。誰でも行けるって所じゃないんだよ。
遊びに行く訳ではないんだ。修行なんだよ。
それに……僕は行けるけれど、司は辿りつけないかもしれないよ」
「うん。でも大丈夫だと思う」
「なぜ?」
「う~ん。上手く説明できないけれど、夢のお告げって感じなの」
いつもは聞きわけの良い司が強硬に言い張るのは珍しい。
浩司も半ばあきらめているのか、肩をすくめ両手を挙げて「お手上げだ」というポーズをとる。
雅は説得をあきらめた。
「ふう。仕方ないなあ、分かったよ。
ただし、途中で僕とはぐれて道に迷ってしまったら、おとなしく帰ってくる事。
それを約束してくれ」
「はい。分かりました」
司はにっこりと笑う。司は雅に見えないように小さくガッツポーズを取るのだった、
こうして二人は連れ立って国東山へと向かった。
雅達は国東山の入口に着く。
雅が髪の毛を一本抜き、近くの樹の枝に結んだ。
司もそれを真似して結ぶ。
そこには「入山禁止」の立て看板が立てられている。司が周りを見渡すと、あちらこちらの樹の枝に髪の毛が結ばれていた。
「ねえ、雅君。これは何かのおまじない?」
司は尋ねた。
雅や口元をほころばせて「にやっ」とすると
「ああ、ちゃんと結んだかい? 解けると戻ってこれないよ」
司はもう一度きつく結び直すのだった。
司は険しい登山道を登るのだろうなと思っていた。
だけれど、どこにも道が見当たらない。
「さあ、行くよ」
戸惑っている司を置いて行くかのように雅が山に足を踏み入れた。
藪を掻きわけて入って行く。
司は置いていかれてなるものかと慌てて後を追った。
(あれ? 思ったほど歩きにくくないわ。
なんだか枝や草が道を開けてくれているみたい。
不思議な感じだわ……)
「ふーん。今のところは大丈夫みたいだね」
雅が『意外だ』というような顔をして振り返って司を見た。
司は意味が分からなかったけれど、頷いて笑って見せた。
雅はどんどん藪の中を進んでいく。時々、後ろを振り返って司の様子を伺いながら。
司も雅の背中を見失わないように付いて行く。
進んでいくと森の奥は枝葉は少なくなり、腰の高さくらいの笹が茂っている程度で視界も良くなって歩くのも苦ではなくなってきた。
どこかに川が流れているのだろう、水の音が聞こえる。
「もう少し行くと滝があるから、そこで一休みするよ」
その言葉通り、しばらく進むと目の前に大きな滝が現れた。
「ああ、気持ちいいわ。体が軽くなる感じ」
これなら大丈夫と思う司であったが、それからの道のりは長かった。
滝の中に入り、流れ落ちる水の裏にあった洞穴へ入り進んだ。
洞穴では二日を過ごしやっと出た、と思ったら、岩山を二日上る。
そうして、やっと山門に辿りついた。
「はあはあ……。み、雅君。着いたの?」
「ああ、よく頑張ったね。司は選ばれたんだね」
「えっ? 何が?」
雅は答えずに笑っていた。
二人が山門に着いて、しばらくすると門が開いて、一人の若い男が立っていた。作務衣を着ている。
「岩戸様、お久しぶりです」
若い男は雅に頭を下げて声をかけてきた。
「ああ、久しぶりだね、雲さん。しばらく厄介になるよ」
司に雲と呼ばれる男を紹介する。
司も頭を下げ自己紹介しようとした時、遮るように雲が言った。
「御子神司様ですね。お待ちしておりました」
どうやら雲は司が来る事を知っていたらしい。
(父さんが連絡したのかしら?)
そう思って司は頭を下げるだけにした。
二人は雲に連れられて参道を登って行く。
司はすぐに本殿に行けると思っていたのだが、小さな館に案内された。
雲は一礼すると去って行った。
館の中は割合広く十五畳ほどはあるだろうか。
真ん中に囲炉裏がある。
囲炉裏にはもう火が入っていてほんのり熱を感じる。
「司。今日はここで身を清めるんだよ。
不浄を本殿に持っていけないからね。向こうに風呂がある」
入口と反対側の戸を指差す。そして先に風呂に入るように司を促した。
風呂から上がると、着替えるようにと白い作務衣を手渡す。
その夜は雲が夕食を運んで来て、二人はそれを食べた。
司は興奮してなかなか寝付けなかったが、雅はすやすやと寝息を立てている。
その寝息を聞いているうちに、司も落ち着いて眠りに着いたのだった。




