◆プロロ-グ◆
その少年は深いため息を吐くと校庭の隅の一点を眺めていた。
「あ~あ。また厄介な事にならなければいいんだけどな」
少年は飽きることなくその一点を見つめながら呟いた。
その少年、名を『岩戸雅』と言う。
一見すると普通の高校生だ。
だが、彼は普通の人が見えない物が見え、普通の人が持ち合わせない力を持っている。
雅が見つめていた校庭の一角は黄色と黒のロープ、いわゆる虎ロープが張られ『立ち入り禁止』の札が掲げられている。
この間の大雨で緩やかな斜面となっていた表土が流されて、ぽっかりと大きな穴が開いていた。大きいと言っても入口は大人が一人入れるくらいだ。
すぐに埋めてしまえばよさそうなものだが、その穴の中には地下水の流れがあり、土砂を入れても流れてしまうらしい。
「雅君。何してるの?帰ろうよ」
雅が一点を見つめていると一人の女生徒が話しかけた。
彼女は雅の幼馴染・御子神司だ。二人の家は隣り合わせで、いつも一緒に通学している。
兄妹のような関係なのだが、高校生になり二人の間には無意識のうちに兄妹とは違う感情が芽生え始めている。
「ああ、帰ろうか」
雅は振り向いてにこりと笑って司の元へ走っていった。
「ただいまあ」
雅はそう言って玄関を開けると、どたどたと足音をたてて自分の部屋に向かう。雅は平屋の大きな屋敷に一人で暮らしていた。
屋敷はとても古く築数百年は経っていて、敷地内には今は使われていない倉もある。
その広大な屋敷に雅は何故独りで暮らしているのか。実は両親と姉がいたのだが、三年前の忌まわしい事件で皆亡くなってしまっていた。
『どうした? 何か浮かない顔をしているな!?』
着替えている雅に声をかけた者がいる。一人で暮らしているはずの家にはもう一体が暮らしていたのだ。
見た目は幼稚園くらいの少年だ。
だけど、その少年の着ている物は和服の甚兵衛を着ている。雅はその少年に答えた。
「うん。学校で何か妖の気がしたんだよ。弱っている感じでとても弱い気なんだけどね」
『おいらの仲間かな?』
「たぶんね。でも良い気じゃなかったな」
『そうか。まあ、どっちみちおいらはこの家から出れないから会えないけどな』
その少年は少しさびしそうだった。
その少年はいわゆる『座敷童』だ。古い民家などに居る妖怪だ。
彼の名は『明』と雅が名付けていた。
「そう言うなよ。明には僕がいるじゃないか」
雅は明を慰めた。
雅が『普通の人に見えない物が見える』と言うのは、明のような『妖怪』の類が見えるという事だった。
妖怪の類と言うのは普通の人には見えないだけで案外どこにでもいる。
暗闇の中や木の上、雑草の間にもいる。
ただし、ほとんどが妖怪とは呼べないほどひ弱で意思も持ち合わせていない。 昆虫のような存在なのだ。
彼らの内、ほんの一握りの者が長い時間をかけて成長し意思を持つようになる。そこまで成長して『妖怪の類』は『妖怪』と呼ばれるようになる。
岩戸雅は依頼を受けて『妖怪』を退治する『霧散師』だ。普通の者が持ち合わせていない力とは『妖怪を霧散する力』なのである。