1-1 序
(夏枯れ時だと、死んだおじいは言っていた)
全ての草が暑さで萎れ、雨は降らず、乾いても湿ってもいない中途半端な大気が小鬼娘を包み込み、そのまま干からびさせそうな具合であった。
夏枯れ時という言葉を小鬼娘に教えてくれた物乞いは、大分前の冬に老衰で死んだ。
(夏枯れ時には何もないんだ、冬枯れの先には春があるが、夏枯れの熱は秋の実りすら殺めてしまう)
目をすがめ、天を睨む。おじい、と呟く。
どこかにおわす方々は無関心を貫いているのか、救いの雨が降る気配すら無かった。
風は止まり、淀み、ただ時だけ死に向かって過ぎていく。
小鬼娘は町の路地で暮らしている。ゴツゴツとした茶緑の肌からするに、父か母のどちらかが悪鬼の血筋だったのだろうと人々は噂していた。しかし、親が誰かなど、何の腹のたしにもならぬと小鬼娘は嫌というほど分かっていた。
(おじいのいうことには、悪鬼は人をさらっては子を産ませる。村を襲っては全てを奪う)
故に、好む者はいない。東の山々を越えたところには悪鬼の国がある、と老物乞いは教えてくれた。悪鬼の国を統べる醜く恐ろしい王の話を聞いた。王の軍勢は山を越えて略奪に来る。春の芽吹きと秋の実りを狙って、繰り返し、繰り返し。でも、激しい夏と不毛の冬には来ない。
(おそらく、略奪に来た悪鬼の兵士が産んだか、産ませたか)
老物乞いの話がどこまで本当か分からない。ただ、小鬼娘には人間の弱さと悪鬼の醜さが合わさっているということだけが、事実として存在する。明らかに人間ではない外見を持つ孤児は、小鬼娘と呼ばれて育った。嘲笑と、投石と、暴力と、気まぐれな施しが彼女を形作っていた。
渇いた口の中をなめる。粘り気が生まれそうで生まれない。
小鬼娘は、放棄された樽にもたれかかる。樽の作る日陰はあまりにも頼りない。故に、肩にかけている襤褸布を頭から被った。臭いが襲い掛かり、何度かせきをする。それでも、日差しは少しはマシになったと思うことにした。
目の前に置いた素焼きの器には、何も入っていない。ここにずっといたら、いずれ自分も死んでしまう。今いる路地で、他者へ恵みを与えるものなどいないことは知っている。
ウェロン=キロンへ行きたい。小鬼娘は思う。金貨が人々の手の間を河のように流れ、人が知りうる限りの品が当たり前のようにやりとりされる西の都へ。ウェロン=キロンには全てがあり、キラキラと星のようにかがやく街並みが小鬼娘を迎えてくれるのだ。素焼きの器に悪銭以外のものが入ることがあるかもしれない……。
だが、枯れた鉱山と痩せた土地しかない町の、うらぶれた路地から出る方法など、全く思い当たらなかった。他の町に行くには金が必要で、そうでなければ野垂れ死ぬだけだ。もしくは外からやってきた誰かが雇ってくれることを願いたいが、生憎、小鬼娘は名前が示すとおりの痩せて不器量な小娘でしかない。人足として雇われるのは不可能に近い。
「ルムジャジート」
懐に手を当てる。壊れそうなかくしには、こぶし大の塊があった。襤褸布でぐるぐるに巻かれたそれからは、悪臭がこれでもかと漂っている。肉の腐った臭い。すえた臭い。小鬼娘はその塊に呼びかける。ルムジャジート、ルムジャジートと。蠅が飛び交うそれを、まるで大事な物であるかのように、撫でる。
「ウェロン=キロンへ連れていってあげたいよ、ルムジャジート」
音も風もない夏枯れ時の午後のことであった。




