第71話:崩壊する「真実」 ――信じていた世界の変質
「――これは、戦争ではありません。これは『魔王の浄化』です」
王都から届いた魔導映像の中で、信頼していたはずの宰相バルガスが冷酷に宣告した。
彼の背後には、かつてレナードが「善行」として配信したはずの過去の映像が映し出されている。だが、そこに映っているのは、レナードの記憶とは似て非なる地獄絵図だった。
領民を笑いながら鞭打つレナード。
救ったはずの少女を、魔導実験の素体として連れ去る兵士たち。 それらはすべて、かつて『ワイドニュース』で流したはずの「あのシーン」と同じ構図、同じ画質なのだ。
「……ナオ。これ、僕たちが撮った映像だよな? なんで、僕が……人を殺しているんだ?」
レナードの手が震える。
自分の記憶が間違っているのか、それともこの世界そのものが狂ったのか。 管制室のナオもまた、青ざめた顔でモニターを凝視していた。
「……解析不能です。合成の痕跡も、魔力的な重ね塗りの形跡もありません。システム上、この映像は『改ざん』などされていない……最初からこの内容で記録されていたことになっています」
自分たちの武器であったはずの「映像(事実)」が、牙を剥いて襲いかかってくる。この「事実の上書き」こそが、帝国の放った見えない刺客の力だった。
■ 現場の混乱:向けられた刃
アスベル領の国境付近。 物流を支える北街道を、王国正規軍の先遣隊が包囲した。彼らの掲げる旗には「魔王討伐」の紋章が刻まれている。
「……エリック殿。あいつら、本気だぞ」 城壁の上で、ブルカンが動揺を隠せずにいた。 対峙しているのは、昨日までともに笑い、技術交流をしていた他領の兵士たちだ。
「彼らには、閣下が『民を虐殺して快楽を得ている魔王』に見えている。……王都で流されたあの映像を見て、彼らの『正義』に火がついてしまったんだ」 エリックが剣の柄を握りしめるが、その手は迷いに震えている。
リディアは、飛んでくる「説得」という名の石礫や矢を、無表情で叩き落としていた。
彼女の圧倒的な武力をもってすれば、包囲網を散らすなど容易い。だが、彼女は動けなかった。
今、ここで剣を抜けば、王都で流れている「暴虐なアスベル領」という嘘を、自分たちの手で「真実」にしてしまうことになるからだ。
■ 日本の掲示板:【大混乱】同接110万突破、これどうなってんだ!?
390:名無しの軍師 待て待て、俺たちのアーカイブも見ろ! 過去の放送リストが……書き換わってる!? 「孤児院設立」のタイトルが「人体実験場建設」になってるぞ!
391:名無しの軍師 うわ、本当だ……。日本側の動画データまで侵食されてるのか? それとも、俺たちの記憶そのものが間違ってるのか……?
392:名無しの軍師 コメント欄が地獄だ。 「レナード、やっぱり俺たちを騙してたのか?」「投げ銭返せ!」 視聴者もパニックになってる。同接110万人が、敵か味方か分からなくなってるぞ。
393:名無しの軍師 レナード、しっかりしろ! ナオちゃん、泣いてる場合じゃない! 何かがおかしい。誰かが「真実」を盗んでるんだ!
■ 四面楚歌の静寂
公爵邸の管制室には、もはや通信のベルは鳴らない。 王都、近隣領地、そして信頼していた視聴者の一部までもが、レナードから離れていく。
「……ナオ。僕は、誰も殺していない。君が倒れたときも、僕たちはただ、より良い未来を求めていただけだ」
「分かっております、レナード様。……ですが、世界が『この映像が真実だ』と言えば、私たちの記憶はただの妄想として処理されます」
ナオが端末を叩く音が、静まり返った部屋に虚しく響く。 敵の姿は見えない。どこにいるのかも分からない。ただ、「自分たちの歩んできた道」が、背後から音もなく消され、血塗られた道へと作り替えられていく。
「……何かがあるはずだ。どんなに完璧に書き換えられても、僕たちが生きてきた『手触り』までは消せないはずなんだ」
レナードは、120万人を目前にした同接数の数字をじっと見つめた。
この巨大な「観客」が、自分を断罪するギロチンになるのか、それとも逆転の光になるのか。
まだ、反撃の糸口すら見えない暗闇の中で。 レナードは、震える手でカメラのレンズを、自分自身の顔に向けた。




