第70話:違和感の胎動 ――書き換えられた「正義」
ナオの復活祭から数日。アスベル公爵領は、かつてないほど「順調」に見えた。
レナードが主導した教育番組の効果で現場の事故は激減し、リディアの「愛の巡回」によって領内の治安も過去最高を記録している。
だが、その日の朝。
管制室にいたナオが、不可解なデータを見つけ、眉をひそめた。
「レナード様……少し、よろしいでしょうか」
「どうした、ナオ。また投げ銭の集計ミスか?」
「いえ……。王都側に設置した、広報用の魔導水晶のログです。今朝から、私たちが配信していないはずの『過去の特番』が、勝手に再放送されています。それも、妙なノイズが混じった状態で」
■ 捻じ曲がったアーカイブ
ナオが王都の水晶と同期したモニターを映し出す。
そこに流れていたのは、レナードが領内の汚職貴族を処断し、民に食糧を解放した際の「感動のドキュメンタリー」のはずだった。
だが、画面に映る光景は、レナードの記憶とは決定的に異なっていた。
「……なんだ、これ……?」
映像の中のレナードは、慈悲深い笑みを浮かべていたはずが、今は獲物をなぶり殺すような冷酷な笑いを浮かべている。
捕縛された悪徳貴族は、なぜか「泣き叫ぶ無実の老人」に差し替えられており、レナードが民に配ったパンは、泥の塊のように黒ずんでいた。
何より恐ろしいのは、その映像の「質感」だ。
合成された形跡も、魔術的な干渉の跡も見当たらない。まるで、**「最初からこうであった」**かのような、圧倒的な実体感を持って再生されていた。
■ 日本の掲示板:【閲覧注意】レナード、これマジ!?
380:名無しの軍師
おい、王都側の配信チャンネルおかしくねーか?
今、昔の映像が流れてるけど、レナードがめちゃくちゃ悪役なんだが。
381:名無しの軍師
え、待て。俺の記憶だと、あの時助けたのは村の少女だったよな?
なんで映像だと、レナードがその少女の親を笑いながら処刑してんだ……?
382:名無しの軍師
おいおい、コメント欄が荒れ始めたぞ。
「やっぱりレナードは魔術で俺たちを洗脳してたんだ!」って王都の奴らが騒いでる。
383:名無しの軍師
誰かが過去動画を「改ざん」して流してるのか?
でも、ナオちゃんですら「加工の跡がない」って言ってるぞ。これ、どういう仕組みだよ。
■ 偽りの王命
騒然とする管制室に、緊急の魔導通信が飛び込んできた。
送り主は、王国の中心――宰相バルガス。
「アスベル公爵レナードよ。……残念だ。貴殿が『配信』という邪法を使い、我が王国民を洗脳し、裏でこれほどの残虐行為に及んでいたとは」
モニターに映し出された宰相の顔は、見覚えのあるそれだった。
だが、その瞳の奥には、レナードの知る誠実な宰相にはない、蛇のような冷酷さが宿っていた。
「……宰相閣下。これは何かの間違いです。この映像は、誰かが悪意を持って……」
「言い訳は無用。王都の広場に集まった一万の民、そして他領の貴族たちが、貴殿の『本性』を目にしたのだ。……陛下は激怒しておられる。直ちに全軍を停止させ、王都へ出頭せよ」
通信が切れる。
沈黙が支配する管制室で、レナードは震える拳を握りしめた。
「レナード様……これは、ただのスパイ工作ではありません。私たちの『配信』という武器を、根底から腐らせる攻撃です」
ナオの声が、微かに震えていた。
どれだけ真実を語ろうと、その「真実の器」である過去の記録そのものを書き換えられてしまえば、配信者の言葉に力は宿らない。
カメラが届かない王都で、レナード・アスベルは一瞬にして「王国の救世主」から「稀代の魔王」へと堕とされた。
同接数が、混乱と不信を反映するように100万の大台に向けて異常な速度で膨れ上がり始めていた。
王国中の注目と非難が向けられ始めていたのだった




