第67話:リディアの「愛の鉄拳」と、教育の夜明け
ナオが静養に入って三日。アスベル公爵領の建設現場は、かつてない緊張感に包まれていた。
倒れたナオの代わりに現場を巡回しているのは、最強の婚約者――剣聖リディアである。
「いい? 皆。ナオが起きたときに、不細工な街を見せたら彼女が悲しむわ。だから……」
リディアは「優しく」微笑み、現場で勝手な仕様変更をしようとしていた巨漢の職人の肩にそっと手を置いた。
「設計図通りにやりなさい。分かった?」
ミシミシッ、と職人の肩の骨が悲鳴を上げる。一斉強化で超人化したはずの職人が、恐怖で顔を真っ青にして直立不動になった。
「は、はいぃぃ! ミリ単位で合わせますぅぅ!」
力で暴走しそうになっていた現場は、皮肉にも「さらなる圧倒的な力」によって、かつてない統制を見せ始めていた。
■ 特番:『教えてレナード様! ゼロから始める安全建設』
現場の混乱をリディアが抑えている間に、レナードはシオンと共に、ナオが遺したメモを元にした「教育番組」の収録に臨んでいた。
「王国各地、そして領民の皆。今日は『力』の使い方を学ぼう。……シオン、準備はいいか?」
「オッケー! 閣下。映像を飛ばすわよ!」
シオンの魔導放送によって、領内の全モニターに図解が映し出される。
ナオの緻密な理論を、レナードが日本の「図解入りマニュアル」の知識を借りて噛み砕き、シオンが視覚的に派手な演出で彩る。
「いいか、石を積むときは力任せに押し込むんじゃない。この『重心』の印を見てくれ。ここに加護の力を一点集中させるんだ。そうすれば、力は半分で済むし、崩れることもない」
レナードは、エリックの部隊に「あえて失敗する例」と「正しい例」を実演させ、それをスロー映像で繰り返し流した。
■ 日本の掲示板:【教育】異世界版・プロフェッショナル仕事の流儀
350:名無しの軍師
レナードの解説、めちゃくちゃ分かりやすいな。
「力で解決する」から「効率で解決する」へのパラダイムシフトだ。
351:名無しの軍師
リディア様www
現場で「設計図を無視した人は、私と組手しましょうか?」って笑顔で脅してるぞw
おかげで全現場の進捗が、恐怖の統率力によって完璧に守られてる。
352:名無しの軍師
ギフト「教育テレビセット(50,000円)」が贈られました!
これで黒板とか模型とか作って、もっと詳しく教えてやってくれ。
353:名無しの軍師
見てみろよ、職人たちが「閣下の言う通りにしたら、疲れにくくなった!」って感動してる。
知恵が力に追いつき始めたな。
■ 目覚めの時
その日の夕方。客間のベッドで、ナオの指先がピクリと動いた。
ゆっくりと目を開けた彼女の耳に飛び込んできたのは、窓の外から聞こえる、整然とした槌音と、領民たちの明るい唱和だった。
「一、設計図は命の地図……。二、無理な力は事故の元……」
「……これは?」
ふらりと窓辺に歩み寄ったナオが見たのは、モニターを見ながら真剣に、かつ楽しそうに技術を学び、作業に励む領民たちの姿だった。
そして、現場のど真ん中で「ナオ、見てるー!?」と大きく手を振るリディアの姿も。
「……ふふ。私が寝ている間に、ずいぶんと賑やかなことになっていますわね」
ナオの目から、一筋の涙がこぼれた。
自分が一人で背負わなくても、レナードが道を示し、リディアが支え、領民たちが自ら歩み始めている。
ナオの過労という「影」は、皮肉にも領地全体の「精神的な自立」という、最も重要な進化を促したのだ。
「さて……レナード様。私の居場所を奪った罰として、明日からは溜まった事務仕事の半分、手伝っていただきますからね」
復活した最強の参謀の呟きは、誰に聞かれることもなく、活気に満ちたアスベル領の空へ溶けていった。




