66話:眠れる参謀と、剣聖の「役目」
ナオが倒れたという知らせは、公爵邸を瞬時に凍りつかせた。
幸い、医師の診断は「極度の疲労と魔力欠乏」。数日間の絶対安静を命じられ、ナオは現在、公爵邸の客間で深い眠りについていた。
「……ナオ。ごめんな、全部お前に背負わせて」
レナードは、青白い顔で眠るナオの枕元で、彼女が最後まで握りしめていた修正済みの図面を見つめていた。
その時、背後の扉が静かに開いた。
「レナード……」
立っていたのは、リディアだった。
いつもなら「レナードォォ!」と突進してくる彼女だが、今はその圧倒的な力を完全に抑え込み、気配を殺して佇んでいる。
■ 剣聖の葛藤
リディアは、ベッドで眠るナオと、疲れ切ったレナードの姿を交互に見た。
彼女の拳は、微かに震えている。
「私……自分が情けないわ。魔物が現れれば斬れる。壁が崩れれば支えられる。でも、ナオが戦っているような『目に見えない戦い』では、私は何の役にも立てない……」
リディアは知っていた。ナオが毎日、数千枚の書類と格闘し、レナードの「ぼんやりした理想」を緻密な「現実」に書き換えていたことを。
自分は最強の剣を持ちながら、レナードを本当に支えているナオの重荷を、一つも分けてあげることができなかった。
■ 日本の掲示板:【涙腺崩壊】リディア様の表情が切なすぎる
340:名無しの軍師
リディア様……。力がありすぎるからこそ、こういう「繊細な問題」に介入できないもどかしさを感じてるんだな。
341:名無しの軍師
監視カメラ102番(客間前)。
リディア様、ナオちゃんのために「滋養強壮にいいハーブ」を摘んできたみたいだけど、握りつぶしそうで怖くて渡せてないぞ。
342:名無しの軍師
ナオちゃん、倒れてる間も「……第4区画の……石材比率が……」とかうなされてる……。
レナード、お前が今やるべきことは内政じゃない。リディアと協力して、ナオを「安心させる」ことだ。
■ 三人の絆
「リディア、そんな顔をするな。お前がいてくれるから、俺は背後を気にせず前だけを向いていられるんだ」
レナードは立ち上がり、リディアの元へ歩み寄った。
リディアは咄嗟に手を引こうとした。今の自分の「愛」は、気を抜けばレナードを傷つける凶器になりかねないからだ。
だが、レナードはその手をしっかりと取った。
「ナオを救うのは、俺の仕事だ。でも、ナオが目覚めた時に『アスベル領は大丈夫だ』と笑って言えるようにするには、お前の力が必要なんだ」
「……私の力が?」
「ああ。ナオがいない間、現場の混乱を抑えられるのは、お前の威光だけだ。リディア、お前が『現場の守護神』として皆を落ち着かせてくれ。力ではなく、その存在で」
リディアの瞳に、再び強い光が宿った。
「……わかったわ。ナオが安心して眠り続けられるように、私が領内を回る。不心得者がいたら、私が……『優しく』諭してあげるわ!」
(※レナードは「優しく」という言葉に一瞬だけ戦慄したが、今は彼女の意思に賭けるしかなかった)
■ 深夜の管制室にて
その夜。リディアが領内の巡回に出発した後。
レナードは一人、ナオの残した膨大な「マニュアル案」を広げていた。
そこには、彼女が倒れる直前まで書き溜めていた、**『全領民向け:建設・安全管理講習カリキュラム』**の構想が記されていた。
「最後まで……みんなのことを考えてたんだな」
レナードは、画面の向こうの軍師たちに呼びかけた。
「みんな、力を貸してくれ。ナオが起きた時に驚くような、『誰もが迷わない仕組み』を今から作り上げるぞ」
一人の天才に頼り切る時代は終わった。
アスベル公爵領は今、教育という名の「第二の夜明け」を迎えようとしていた。




