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65話:歪む歯車と、沈まない太陽


 リディアの騒動を笑い話で済ませられたのは、彼女が「最強の個人」だったからに過ぎない。

 その影で、数万人の「超人」を抱えるアスベル公爵領の建築現場では、笑えない歪みが音を立てて広がり始めていた。

「……またですか」

 執務室の机に積み上がった報告書を、ナオが冷徹な手つきで処理していく。

 そこには、一斉強化レギオン・ブレスによって肉体能力だけが突出した領民たちが、現場で引き起こした不祥事の数々が記されていた。

『強度計算を無視した無理な石積みによる、建設中の壁の崩落』

『道具を扱う力が強すぎて、希少な魔導工具の破損が続出』

『現場監督の指示を待たず、独断で山を削り、下流域で土砂崩れが発生』

「レナード様。カイル殿の設計図は完璧ですが、それを現場で正しく解釈し、指示を出せる『頭脳』が圧倒的に足りません。民の体は鋼になりましたが、知識は昨日の素人のままなのです」

■ 現場からの悲鳴

 カイルもまた、髪をかきむしりながら図面と格闘していた。

「閣下、もう限界です! 私が現場を一箇所ずつ回って『そこはそんな力で叩くな!』と叫んで歩くには、体がいくつあっても足りません! 彼らは巨大な岩を軽々と運びますが、その岩を『どこに、どの角度で置くべきか』という理屈が分かっていない!」

 これまではナオがすべてのスケジュールを調整し、カイルが全現場を監修することで回ってきた。だが、資材不足を解消し、事業規模が十倍に膨れ上がった今、その「二人の天才」という細い糸が限界まで引き絞られていた。

■ 日本の掲示板:【警報】アスベル領、ブラック企業化してないか?

330:名無しの軍師

ナオちゃんの目の下のクマ、昨日より濃くなってないか……?

さっきからペンを動かす速度が、完全にマシンのそれなんだけど。

331:名無しの軍師

「一斉強化」の弊害だよな。

中身が素人なのに、パワーだけ重機並みになっちゃったから、一人のミスが取り返しのつかない大惨事になる。

332:名無しの軍師

管理職がいないまま組織だけデカくなったベンチャー企業そのものだわ。

レナード、これ以上ナオちゃんに丸投げしてると、マジでシステムが崩壊するぞ。

333:名無しの軍師

監視カメラ72番。建設現場で職人が喧嘩してる。

「俺の方が力があるから、この設計図より太い柱を立てたほうがいい」って、勝手に仕様変更しようとしてるぞ……これ、崩れるぞ。

■ 沈まぬ太陽の限界

 深夜、レナードが執務室を覗くと、ナオはまだ魔導ランタンの光の下で帳簿を弾いていた。

「ナオ、もう休め。後は俺が……」

「いいえ。私が数値を一つ見落とせば、明日の朝には新しい橋が落ち、十人の領民が怪我をします。……レナード様、私は大丈夫ですわ」

 そう言って微笑むナオの指先が、わずかに震えているのをレナードは見逃さなかった。

 彼女は、レナードの理想を形にするために、本来なら数百人の官僚がこなすべき仕事を一人で引き受けていたのだ。

「……ナオ」

 その時、外で「ゴゴゴン!」と不気味な地響きが鳴り響いた。

 建設中の『アスベル中央時計塔』の足場が、過剰な重荷に耐えかねて崩れ始めたのだ。

「レナード様、現場へ!」

 ナオが立ち上がった瞬間、彼女の意識が途切れ、その細い体が地面に崩れ落ちた。

「ナオ!!」

 急速な発展の歯車が、ついに悲鳴を上げた。

 レナードは、倒れたナオを抱きかかえながら、痛感していた。

 一人一人の力を強くするだけでは、国は造れない。彼らに「知恵」を与え、組織として動かすための「教育」が、今すぐ必要なのだと。

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