63話:【悲報】剣聖リディア、バフが乗りすぎて日常生活が送れない
アスベル公爵領の最強戦力にして、レナードの婚約者であるリディア。
元々「歩く戦略兵器」と称される彼女に、レナードの『全領民一斉強化』が加わった結果、彼女の日常は「破壊の連続」へと変貌していた。
「……リディア、またやったのか」
レナードは、公爵邸の廊下で頭を抱えていた。
彼の目の前には、無惨にひしゃげた**「鋼鉄製のドアノブ」**を手に、涙目で立ち尽くすリディアの姿があった。
「違うの、レナード! 私はただ、中に入ろうとして普通にノブを回しただけで……!」
「普通はノブを回しても、鋼鉄を粘土みたいに握り潰したりはしないんだよ」
リディアの身体能力は、今や「意識して力を抜く」ことが困難なレベルにまで到達していた。彼女にとっての「そっと触れる」は、周囲の物質にとっては「戦鎚で叩く」に等しい威力を持っていた。
■ 日本の掲示板:【物理】リディア様の握力が計測不能なんだが
310:名無しの軍師
リディア様www さっきから持ったものが全部壊れてて草。
311:名無しの軍師
監視カメラ12番(図書室)見たか?
リディア様が本を読もうとしてページをめくったら、風圧で本棚が一個倒れたぞw
312:名無しの軍師
「一斉強化」のバフ、リディア様みたいな元から最強のキャラに乗せると、もう日常の解像度が合わなくなるんだな。
見てみろよ、椅子に座ろうとしただけで、椅子の脚が床を貫通して埋まったぞ。
313:名無しの軍師
ギフト「防振・防圧スーパー強化クッション(30,000円)」が贈られました!
これ、リディア様が座る場所に全部敷き詰めてやれ。
■ 恐怖の「お着替え」タイム
さらに深刻なのは、彼女の身の回りの世話だった。
公爵令嬢として着替えを手伝いに来たメイドたちが、次々と悲鳴を上げて逃げ出してくる。
「レナード様! もう無理です! リディア様がお洋服のボタンを留めようとするたびに、指先から衝撃波が出て、鏡が全部割れてしまうんです!」
「リ、リディア……。頼むから、一度深呼吸して魔力を落ち着かせてくれ」
「やってるわよ! でも、深呼吸したら鼻息でカーテンが燃えちゃったのよ!」
リディアの周囲では、もはや物理法則が悲鳴を上げていた。
彼女が困ってレナードに縋り付こうと一歩踏み出すたびに、大理石の床に「ドォォォン!」と地響きが鳴り、美しいタイルにヒビが入っていく。
■ ナオの冷徹な分析
管制室でその様子を中継していたナオが、淡々と分析結果を読み上げる。
「レナード様。リディア様の身体出力は、現在、通常の剣聖時の400%を記録。彼女の無意識下の『愛の重さ』が、物理的な重力と化しているようです」
「……ナオ、笑い事じゃないぞ。このままだと公爵邸がリディアに解体される」
「対策が必要ですわ。今の彼女には、通常の訓練用具は紙屑と同じ。……カイル殿に、彼女専用の『超高密度合金製の家具』を発注すべきでしょう」
レナードは、自分を追って「レナードォォォ!」と叫びながら、床を爆砕しつつ走ってくる婚約者の姿を見て、本気で命の危険を感じていた。
「(ダメだ、今の彼女に抱きつかれたら、俺の骨が粉々になる……!)」
最強ゆえの孤独、ならぬ「最強ゆえの不便」。
リディアのパワー制御問題は、アスベル領の新たな「災害級」の懸案事項となった。




