56話:特務官ナオと、天才たちの架け橋
アスベル公爵領の発展は、五人の天才――「五人衆」の活躍によって支えられていた。だが、個性が強すぎる天才たちは、時として激しく衝突した。
ある日、執務室には険悪な空気が流れていた。
「マルタ殿! この石材の予算を削るとは何事だ! 民の安全に関わるのだぞ!」
カイルが机を叩き、財務官のマルタに詰め寄る。
「カイル殿、あなたの理想を全て叶えては、明日には領地の金庫は空になります。一銅貨の無駄も許さないと言ったはずです」
マルタも一歩も引かない。さらにそこへ、広報のシオンが割って入る。
「ちょっと二人とも! 私の『アスベル放送局』の設営予算を削るなんて論外よ! 民にルールを教えないと、街はゴミだらけになっちゃうわ!」
レナードは頭を抱えた。掲示板の「軍師」たちが提案する現代的な都市計画を伝えてはみたものの、現場では予算と理想、そして広報の優先順位がぐちゃぐちゃになっていたのだ。
「……皆様。閣下のお考えは、そうではありません」
静かに、だが凛とした声で場を制したのは、特務官のナオだった。
■ 意図を繋ぐ「一枚の図面」
ナオは、レナードが以前ボソッと呟いた「多目的」という言葉を、彼らに分かる形に整理し、一枚の図面を広げた。
「カイル殿、あなたが作りたい『堅牢な時計塔』。これをシオン殿の『放送拠点』と兼用させてください。塔の頂上を魔法の声を響かせる尖塔にすれば、建てる数は一つで済みます」
「……ほう。それなら強度の確保も、放送の効率も同時に叶うな」
「そしてマルタ殿。二つの施設を一つにまとめることで、工事費は四割削減できます。浮いた予算を、カイル殿がこだわっていた石材の強化に回せば、予算内で収まるはずです」
ナオの淀みのない提案に、マルタが素早く手元の帳簿を弾く。
「……確かに。それなら、私の許容範囲内ですわ」
ナオは、レナードが掲示板で見ていた「複合施設」という概念を、異世界の建築と予算の言葉に置き換えて、天才たちの利害を一致させたのだ。
■ 日本の掲示板:【有能】ナオちゃん、猛獣使いすぎて草
240:名無しの軍師
ナオちゃんの仲裁、完璧すぎないか?
レナードが適当に言った「まとめて作れば安くね?」っていうアイデアを、ここまで具体的に詰めるとは。
241:名無しの軍師
天才たちが自分の専門分野しか見てないところを、ナオちゃんが上から俯瞰して繋いでるな。
彼女がいなかったら、今頃カイルとマルタは決闘してたぞw
242:名無しの軍師
レナード、お前は本当にナオちゃんを秘書にして正解だったな。
掲示板のフワッとした助言を、現場で使える「魔法の杖」に変えてくれるのは彼女だけだ。
■ 支える者の矜持
会議が終わり、天才たちが納得して部屋を出ていった後。
ナオは温かい茶を淹れ、疲れ果てたレナードの隣にそっと置いた。
「助かったよ、ナオ。俺が言うより、お前が説明したほうがみんなの顔色が良くなるな」
「……レナード様。皆様は、貴方の指し示す光の強さに目が眩んでいるだけなのです。私は、その光が地面をどう照らしているか、道標を置いて回っているに過ぎません」
ナオは控えめに、だが確かな信頼を込めて微笑んだ。
彼女はレナードの「ぼんやりとした理想」を誰よりも深く理解し、それを現実の「仕組み」に変える、この領地の影の支配者だった。
「さて、レナード様。次は……学園時代のライバル、ボリス様がこちらに向かっているとの報告が入っています。彼への『おもてなし』の準備、既に整っておりますよ」
レナードは苦笑した。
(ナオ……お前、本当に俺の考えてること、全部先回りしてるんだな)
画面越しの視聴者たちは、ナオの圧倒的なサポートに感嘆し、彼女への感謝の投げ銭を次々と送り始めていた。




