第44話:最速の切札――アル、絶望を切り裂く伝令
ブルカンの重装魔法部隊が敵の最後の抵抗を粉砕し、戦場には終結の予感が漂っていた。
しかし、領主レナードの表情は晴れない。
空を舞う魔導具の「眼」が映し出した敵陣後方の微かな動きを、彼は見逃さなかった。
「……逃走を図るボナパルト伯爵か。だが、あの方向には未だ避難が完了していない村がある」
敵の敗残兵が自暴自棄になり、略奪や人質確保に走れば、完全勝利に泥を塗ることになる。
魔導通信が妨害され、直接の声が届かぬ距離。
レナードは、己が最も信頼する「脚」を呼んだ。
「アル、行けるか」 『――いつでも。風は吹いてますよ、レナード様』
アル(遊撃伝令隊)。
彼はエリックのような怪力も、ミラのような狙撃精度も持たない。
だが、幼少期から荒れ野を駆け、ただひたすら磨き上げた速度は、馬を凌駕する。
泥濘を駆ける一陣の風
アルが地面を蹴った瞬間、その姿は残像を残してかき消えた。
雨上がりで泥濘と化した戦場は、通常の騎兵なら足を取られる難所だ。
しかし、アルは泥を蹴る瞬間に魔力を足裏に集中させ、表面張力を利用するように水たまりの上を跳ねていく。
「邪魔だ、どけッ!」
行く手を阻もうとするボナパルト軍の敗残兵たちが槍を突き出す。
しかし、アルは速度を落とすどころか、さらに加速した。
敵の穂先が届く直前、身体を限界まで低く倒し、風を切り裂くような挙動でその股下や脇をすり抜けていく。
彼は戦わない。彼の目的は、敵を倒すことではなく、レナードの「意志」を誰よりも早く目的地へ届けることにある。
0.1秒の判断、命の伝達
アルの脳内には、事前に叩き込まれた地形図が完璧に展開されていた。
「右の林を抜け、崖を跳ぶ。……ここだ!」
倒壊した馬車を足場に、アルは大きく跳躍した。
魔導歩法による爆発的な瞬発力だけで、彼は十メートル以上の溝を飛び越え、敵の包囲網を空中からバイパスする。
その目的地は、略奪の危機に瀕していた小さな村。
アルは村の広場に滑り込むと同時に、レナードから預かっていた信号魔術を空へ打ち上げた。
「アスベル領主軍、伝令隊アル! 全員武器を捨てろ! 抵抗する者は、遥か後方よりミラ様がその眉間を撃ち抜くぞ!」
空に映る巨大な映像が、その瞬間を捉えていた。
アルが告げた直後、彼の指し示す先の地面にミラの精密な「警告射撃」が着弾し、土煙を上げる。
アルの「言葉」とミラの「武力」が物理的な距離を超えて同期した瞬間、略奪を企てていた兵士たちは神の怒りに触れたかのように平伏した。
視聴者を魅了する「純粋な技」
日本の配信画面では、道具に頼らず己の身一つで戦場を切り裂くアルの姿に、感嘆の声が上がっていた。
日本配信画面(コメント欄)
コメント:アル君、現代兵器なしでこの速度はエグすぎる……!
コメント:これぞ魔導ファンタジーの伝令兵。足さばきがプロのそれ。
コメント:【ギフト:¥100,000】アル君に最高級のスポーツドリンクを贈りたい。
コメント:レナード様、適材適所がすぎるだろ。この連携は鳥肌。
アルの迅速な働きにより、敵の敗残兵による被害は未然に防がれた。
彼は膝に手を突き、荒い息を吐きながらも、不敵に笑って通信機へ報告を入れる。
「レナード様、村の確保完了。……ネズミ共も、袋の鼠です」
『よくやった、アル。……これで、すべての幕を引く準備が整った』
レナードの声には、確かな勝利への確信が籠もっていた。 暴力による破壊ではない、圧倒的な秩序による制圧。 世界が固唾を飲んで見守る中、ついに「終焉」の時が訪れる。




