第35.5話:キャンプの夜、水晶が映す「自分たちの物語」
日が落ち、アスベル領北部に広がる難民キャンプには、いくつもの篝火が焚かれていた。 急造された仮設住居の軒先や、共同の炊き出し所の前には、帝国から逃れてきた人々が肩を寄せ合って集まっている。彼らの視線の先にあるのは、レナードが領内各所に設置させた「魔力水晶」の投影スクリーンだ。
「……始まったぞ! 面接だ!」
一人の男の声に、周囲が活気づく。本来なら明日の食い扶持を心配して沈み込んでいるはずの夜。だが、今の彼らにとって、この「配信」は暗闇を照らす唯一の娯楽であり、希望だった。
「見ろよ、あの王都から来たっていうハンスって男。鼻持ちならない面してやがるな」 「しっ、静かにしろ。レナード様が喋るぞ」
水晶の中で、レナードがハンスの矛盾を突き、彼を言葉で追い詰めていく。その鮮やかな「デバッグ(論破)」が展開されるたび、キャンプのあちこちから、まるで格闘技の試合でも観ているかのような歓声が上がった。
「いけっ! もっと言ってやれ、領主様!」 「そうだ! 俺たちの故郷を重税で潰したあいつらと同じ匂いがするんだよ、その男は!」
日本配信画面(キャンプの様子を映すサブカメラ) コメント:難民キャンプの盛り上がり、パブリックビューイングの熱量超えてるw コメント:みんな粥を食べながら食い入るように見てるな。 コメント:娯楽がない世界で、自分たちの生活に関わる「政治」が最高のショーになってるの、すごい皮肉だけど合理的。
面接が続き、広報官候補のシオンが、難民の子供たちを相手に即興の歌を披露する場面になると、キャンプの空気は一変した。 重苦しい沈黙に包まれていた親たちの顔に、柔らかな笑みが浮かぶ。
「……なあ、母ちゃん。あのシオンって人、本当にかっこいいや」 泥だらけの服を着た少年が、母親の膝の上で目を輝かせている。 「そうね。あんな素敵な人が役人さんになってくれるなら、この街は本当に……私たちが夢見た場所になるかもしれないわね」
帝国では、領主は「雲の上の支配者」であり、役人は「奪う者」でしかなかった。 しかし、目の前の水晶に映るのは、自分たちのために悩み、汗をかき、時には嘘つきを容赦なく叩き出す、血の通った「自分たちの代表」を選ぶ過程だ。
「よし、決まった! あの石工のカイル、あいつは俺たちの仲間だ!」 「ユリウス様も合格だ! あの人の法律の話、俺にもわかったぞ!」
五人の合格者が発表された瞬間、キャンプ全体が地鳴りのような拍手に包まれた。 それは、ただの採用発表に対する拍手ではない。自分たちの存在が認められ、自分たちの未来が、自分たちの選んだ「正しい大人」たちに託されたことへの、安堵と決意の拍手だった。
レナードが画面越しに「さあ、明日も早い。みんな、しっかり食べて寝てくれ」と語りかけると、人々は満足げに、そして少しだけ背筋を伸ばして、自分の寝床へと戻っていった。
最強の配信スキル。それは、情報を伝えるだけでなく、絶望の中にいた数千人の心に「自分たちもこの領地の一員なのだ」という、消えない火を灯していた。




