第29話:透明な台帳、あるいは領主の「苦悩」の全貌
領主襲名から数日。レナードが執務室で行った最初の指示は、家臣たちを驚愕させた。
「領地の全予算項目を、現在進行形のまま『生中継』する……だと? レナード様、それは手の内を晒すようなものですぞ!」
古参の文官が声を荒らげるが、レナードは静かに首を振った。
「申し訳ありません。私の執務能力の不足ゆえの対策です。
父の「高速事務」スキルなら領民の不満なしに、処理できていたかもしれません。
でも従来のやり方を俺がやっても必ず不満が出ると思うのです」
「弱さを隠せば疑念が生まれ、腐敗が始まるんです。情報の非対称性こそが、不和の元凶だ」
日本配信画面(タイトル:【異世界政治】ガチ予算編成会議。横領・中抜き、一切なしの10時間耐久) コメント:レナード、ついに内政の核心に切り込んだな。
コメント:予算会議を生配信とか、ホワイトすぎる領主様w
コメント:後ろの文官たちの顔が死んでて草。
「皆さん、こんにちは。アスベル領主、レナードです。……今日はね、僕が執務室でどんな風に頭を抱えて、皆さんの税金の使い道を決めているのか、そのすべてをリアルタイムでお見せします」
レナードが「板」を操作すると、王都や領内の魔力水晶に、複雑な**「予算配分表」**と、各項目の「現状の課題」が映し出された。
「見てください。今、僕の目の前には二つの書類があります。一つは【街道整備】。もう一つは【農業支援の拡大】。……街道を直せば物流が良くなり、干物も早く届く。でも、そうすると今年の冷害で苦しんでいる農家に回す支援金が、これだけ減ってしまう……」
レナードは、日本から取り寄せた(ギフトされた)会計ソフト並みの分析グラフを掲示しながら、淡々と、しかし情熱を持って説明していく。
「文官たちは『魔物対策を削れ』と言います。でも、一昨日のパトロール報告では、森の奥で上位種の痕跡が見つかっている。……ここを削れば、皆さんの命が危ない。……けれど、農村の田畑を支援しなければ、将来の食料難の危険がある……」
領内・魔力水晶前(静まり返る民衆)
領民A:「……あんなに細かい数字まで見てるのか、領主様は」
領民B:「俺たちは『金を出せ』としか言ってなかったが、あっちを立てればこっちが立たず、なんだな……」
日本配信画面
コメント:レナードの目がバキバキだ。これマジで徹夜で計算してるな。
コメント:異世界の住人も、自分たちの納めた税金がどう「悩まれているか」を知るだけで意識変わるぞ。 コ
メント:軍師の俺たちがアドバイスしてやろうぜ。効率化できるとこ、あるだろ。
「日本のみんな、知恵を貸してくれ。……例えば、この【街道整備】。石畳を敷く代わりに、特定の魔力鉱石を使って『踏み固める魔法』で代用できないかな? コストカット案を募集する!」
板の向こう側、現代の土木専門家や会計士、学生たちが、コメント欄で次々と代案を出していく。レナードはそれを精査し、その場で家臣たちに検討を命じる。
「……よし、街道は『魔法代用案』で予算を3割削る。浮いた分を【農業】と【商業】に半分ずつ振り分けよう。……皆さん、これで、今僕ができる限界の選択です。不満はあるかもしれませんが……僕は、一銭も無駄にしないと誓います」
決定が下された瞬間、広場にいた民衆から、自然と拍手が沸き起こった。
投票権を与えられたわけではない。だが、領主が自分たちのためにどれほど悩み、どれほど誠実に一銅貨の重さと向き合っているか。
その「過程」を共有したことで、民の中に「領主への信頼」という、どんな金銀財宝よりも強固な基盤が築かれたのだ。
レナードは、ペンを置き、大きく背伸びをした。
「……ふぅ。これが、父上のやっていた仕事の……本当の重さなんだな」
傍らでリヴィアが、誇らしげに、そして優しく微笑んでいた。




