第22話:形見の言葉、そして本当の別れ
大聖堂での戦いが終わり、王都に平穏が戻りつつあったある夜。
アスベル領の主館は、主を失った静寂に包まれていた。
レナードは、父・ローゼスの書斎で、ぽつんと一人座っていた。
「……レナード。ここにいたのね」
扉を開けて入ってきたのは、母・エレーヌだった。夫を亡くした悲しみを押し隠し、毅然とした態度を保っていた彼女だったが、その手には一通の手紙と、古びた魔導具が握られていた。
「母上。……すみません、僕がもっと早く気づいていれば、父上は」
「いいえ。あの人は、こうなることを分かっていてあの日、王都へ向かったのよ」
エレーヌは、レナードの隣に座り、魔導具を机に置いた。
それは、声を記録するだけの、ごく簡素な古い魔道具だった。
「あなたが『板』で世界を変え始めたあの日。
あの人は、あなたがいつか情報の渦に呑まれて、自分を見失うことを誰よりも恐れていた。
厳しく当たっていたのは、あなたに『逃げ道』を作っておいてやるためだったのよ」
「逃げ道……?」
「『もし息子が失敗して、世界中を敵に回したとしても、私が全ての泥を被ってあいつを逃がす。そのためには、私は息子と仲違いしていなければならない。私とあいつが繋がっていると知られれば、あいつもろとも処刑されるから』……そう言って、あの人は笑っていたわ」
エレーヌが魔導具のスイッチを入れる。
そこから流れてきたのは、聞き慣れた、低くて無骨な、父の声だった。
【魔導具の記録音声】
『……レナード。これを聞いているということは、私はもうお前のそばにはいないのだろうな。
お前の魔法は、あまりに眩しすぎる。だが、光が強ければ影も濃くなる。
お前がいつかその影に足を掬われた時、せめて私の命という名の「石畳」が、お前の足元を支えてやれればいいと願っている。
……直接は言えなかったが、レナード。……私は、お前が私の息子であることを、心から誇りに思っている。……自由に行け。世界を、お前の望む色に塗り替えてこい。』
静かな書斎に、父の声が響き、そして消えた。
レナードは、数秒間、石のように固まっていた。
「……あ、ああ……っ」
喉の奥から、絞り出すような声が漏れた。
あんなに疎ましく、古臭いと切り捨てていた父。
認められたい一心で反抗し、見せつけるように成功を誇示していた自分。
そのすべての傲慢さを、父は最初から分かった上で、命を懸けて愛してくれていた。
「父上……父上! ごめんなさい……ごめんなさい……!」
レナードは、子供のように顔を覆い、机に突っ伏して号泣した。
これまで「配信者」として120万人の前で演じてきた「賢い自分」も、「強い自分」も、すべてが崩れ落ちた。
日本配信画面(通知を受け取った視聴者たち)
コメント:……。
コメント:レナード、泣け。思いっきり泣け。
コメント:俺たち、何も分かってなかった。お父さん、不器用すぎだよ……。
コメント:【ギフト:¥0(ただの祈り)】
コメント:今日は配信切っていいぞ。レナード、今は「息子」に戻れ。
しかし、レナードは震える手で、あえて配信を切らなかった。自分勝手に人々を視線にさらすからこそ、自分の弱さを隠すのは卑怯だと感じたからだ。
この涙を、この痛みこそを、ごまかさずに見届けてもらうことが、父の死を背負って生きる自分の最初の「責任」だと思ったからだ。
「……母上。僕は……僕は……」
「いいのよ、レナード。……あなたは、あの方の愛そのものなんだから」
エレーヌは、震える息子の肩を優しく抱き寄せた。
窓の外では、父が愛したアスベル領の風が、静かに、だが力強く吹き抜けていった。
若き英雄は、父の死という耐え難い痛みを経て、ようやく一人の「男」としての産声を上げた。




