第19話:受け継がれる「誇り」と、慟哭の雨
「父上、いけません! 相手は教会なんです、公爵家が盾突けば……!」
レナードの叫びを、ローゼス公爵の重厚な声が遮った。
「黙って見ていろ! お前が軽んじた『古臭い力』、その目に焼き付けておけ!」
ローゼスが地を蹴った。
魔力による通信を遮断する「沈黙の結界」の中では、魔法に頼った聖騎士たちの動きは鈍い。
対して、数十年にわたり戦場を駆け抜け、ただ純粋な戦闘スキルも持たないのに剣技を磨き続けたローゼスの剣は、一太刀ごとに騎士の甲冑を砕き、包囲網を切り裂いていく。
「何をしている! 捕らえろ!」
イグナシオが怒号を飛ばす。十数人の騎士が一斉にローゼスへ殺到した。
「ミゲル! 今だ、レナードを連れて行け!」
「しかし、閣下……!」
「行けと言っている! ……レナード、よく聞け。板が繋がらないなら、お前自身の足で走れ! 届かぬ声があるなら、届く場所まで這ってでも行け! それが、人の上に立つ者の……『責任』だ!」
ローゼスの背中に、騎士の槍が突き刺さる。それでも彼は止まらない。
レナードは、視界が涙で歪むのを感じた。
自分が「古臭い」と切り捨てた父が、今、その古臭い剣一本で、自分の傲慢が招いた破滅を食い止めている。
「……っ、ミゲル、行こう!」
レナードはミゲルの手を引き、路地裏を駆け抜けた。背後からは、肉を断つ音と、父の咆哮、そして……。
「……ぐ、あああぁぁッ!!」
断末魔のような叫びが響き、重い甲冑が地面に倒れる音がした。
レナードは振り返らなかった。振り返れば、もう二度と走れなくなると思ったからだ。
数刻後。結界の外まで逃げ延びたレナードは、泥にまみれて地面に突っ伏した。
震える手で懐の「板」を取り出す。ノイズが晴れ、再び画面に光が灯った。
日本配信画面(騒然・絶望)
コメント:レナード! 無事か!?
コメント:お父さん……最後、槍で……嘘だろ……。
コメント:俺たちのせいで……。調子に乗せて、煽って、ごめん。本当にごめん。
コメント:レナード、しっかりしろ! お父さんが命懸けで作ってくれたチャンスだぞ!
コメント欄には、かつての「煽り」や「冷やかし」は一分もなかった。
そこにあるのは、共に過ちを犯し、共に大切なものを失った者たちの、痛切な後悔と祈りだった。
「……父上。僕は、最低だ」
レナードは泥を噛み締め、板を強く握りしめた。
「情報の力があれば何でもできると思ってた。人の心も、国の形も、掌の上で踊らせてるつもりだった。……でも、僕はただ、父上の愛の上に胡坐をかいて、騒いでいただけのガキだったんだ」
レナードの瞳から、傲慢な光が消える。
代わりに宿ったのは、静かで、冷徹なまでの「怒り」と「決意」だった。
「……みんな。力を貸してくれ。これはもう、商売じゃない。ニュースでもない。……アスベル領を、そして父の誇りを汚した者たちへの、『報復』だ」
板の向こう側、10万人の軍師たちが、かつてないほどの熱量で呼応した。




