第1話:無能スキルと神の視点
大陸暦一二一五年。アスベル領の嫡男、レナード・フォン・アスベルは十五歳の「授与の儀」を迎えていた。
この世界では十五歳になると、神からその後の人生を左右する特別な力――「スキル」を授かる。
「レナード、結果はどうだ。アスベル家に相応しい武を授かったか?」
教会の祭壇前。父・バルトロが重厚な甲冑を鳴らし、期待に満ちた声をかける。
その隣には、この場には不釣り合いなほど豪華な服を纏ったローゼス公爵と、その娘であり、レナードの婚約者であるリヴィアが立っていた。
リヴィアは15歳の誕生日にスキル:聖剣を授かり、今日は俺のスキル授与の儀を見に来てくれていたのだ。
だがレナードは、自分だけにしか見えない半透明のウィンドウを凝視し、絶望に震えていた。
「……【配信】。そう、書いてあります」
「ハイシン? ……聞き慣れぬ名だな。身体強化か、それとも遠距離通信魔法か?」
期待を込めて身を乗り出す父に、レナードは力なく首を振った。
「いえ……ただ、目の前に『画面』が現れて、今の光景を映し出すだけ。……それだけの力のようです」
一瞬の静寂。 その後、ローゼス公爵が鼻で笑った。
「……板を眺めるだけのスキルだと? バルトロ殿、話はこれまでだ。聖騎士の加護を持つ我が娘を、そんな『見せ物小屋』の隠居仕事しかできない無能に預けるわけにはいかん。この婚約は白紙だ」
「公爵、お待ちを! 息子はまだ十五、これからスキルの使い道が……!」
必死に食い下がる父を、公爵は冷たく一蹴した。
「使い道などあるものか。戦場で画面を見ながら死ぬのが関の山よ。行くぞ、リヴィア」
公爵がリヴィアの腕を掴もうとした、その時。
「――お父様、放してください」
リヴィアが凛とした声で父を拒絶した。
彼女はレナードの隣へ歩み寄り、その震える手を、優しく、だが力強く握りしめた。
「私は、レナードを信じます。スキルが何であれ、彼は私にとっての英雄ですから」
「リヴィア! 公爵家の娘としての自覚を持て!」
公爵の怒声が教会に響く。
レナードは、自分を庇うように立つリヴィアの背中を見つめた。
(……情けない。婚約者に守られて、何もできないままでいいのか?)
その時、視界のウィンドウが激しく明滅し、見たこともない文字が流れ始めた。
『あ、配信始まった』
『何これ、映画の撮影?』
『タイトル「婚約破棄されそうだけど質問ある?」だってw』
――え? 言葉が流れてくる?
レナードは気づいた。
このスキルは、ただ映像を映すだけではない。
別の世界の人々と繋がっているのだ。
そして、画面の右下に小さなアイコンを見つける。
【ポイントショップ:現在の保有ポイント 0】
画面を指で叩くように触れると、ズラリと項目が並んだ。
【ポイントショップ・メニュー】
身体強化(初級):筋肉の反応を10%上げる(必要:100ポイント)
視点自由拡張:見たい場所のカメラを増やせる(必要:50ポイント)
念話送信:特定の相手に声を届ける(必要:200ポイント)
(これだ……。これなら戦えるかもしれない!)
だが、肝心のポイントがない。
レナードが焦ったその時。
画面上の「視聴者数」が1、10、50と増えていく。
『お、配信者がこっち見た!』
『イケメンじゃん、頑張れー!』
『よし、応援の意味でポイントあげるわ』
【ギフト「銅貨一枚」を受信しました!】
【500ポイントを獲得しました!】
――来た! レナードは即座にショップの画面を連打した。
「身体強化をレベル1、さらに視点拡張をレベル1……購入!」
直後、レナードの体に熱い衝撃が走った。
筋肉が鋼のように引き締まり、さらに意識が自分の体を離れ、教会の天井付近へと跳ね上がった。
(見える……! 俺の体、父上、リヴィア、そして――)
高い視点から見ると、公爵の動きが手に取るようにわかった。
公爵がリヴィアを無理やり引きはがそうと、腕を伸ばす。
その肩の動き、足の踏み込み、すべてがスローモーションのように見える。
「リヴィアは僕が守る!」
レナードは駆け出した。
身体強化された脚力が、石造りの床を蹴り飛ばす。
公爵の手がリヴィアの肩に届く寸前、レナードの拳が公爵の腕を優しく、だが正確に叩き落とした。
「ぐっ!? な、何だ、この速さは……!」
公爵が驚愕して後退する。
レナードはリヴィアを背中に隠し、空中に向かって指を差した。
そこには誰もいないが、レナードの瞳には
「自分を見つめる何百人もの視線」が映っていた。
「公爵様。俺のスキルは、あなたが思うような『遊び』じゃない。俺には、あなたの知らない『すべて』が見えているし、俺を応援してくれる『仲間』もいるんだ」
ウィンドウには、リスナーたちの歓喜が踊る。
『ナイスパリィ!』
『お兄さん、やるじゃん!』
『今の、天井からのカメラ切り替え凄かったなw』
レナードは確信した。
視聴者が増えれば増えるほど、俺は強くなれる。
投げ銭があれば、不可能なことなんて何もない。
「半年だ。半年で、公爵家が逆立ちしても勝てないほどの富と力を手に入れてみせる。……リヴィア、俺と一緒に来てくれるか?」
リヴィアが、驚きから確信に満ちた笑顔に変わり、深く頷いた。
「はい。どこまでも、お供いたします」
馬で手紙を運ぶ情報の遅れた世界。
そこで、一人の少年が「画面の向こう側の力」を手に入れた。
情報の力で世界を塗り替える、レナードの快進撃がここから始まる。




