巻き込ま令嬢は我慢の限界だった
巻き込まれ体質、というものが世の中にはあります。私シャーリー・ブラウンは、その最たるものでした。
生まれた直後に、執事長と乳母の不倫が発覚したそうです。乗り込んできた乳母の夫は錯乱し、乳母の腕の中にいた私を浮気の末にできた子だと思い込みました。そして刺し殺そうとしたところを隣のベッドにいた母が庇い、亡くなりました。私は他人の痴情のもつれに巻き込まれて人生をスタートさせたのです。
これが、物心ついて初めて知った事実でした。使用人達の陰口の『黒髪黒目の不吉な子』の由縁を知りました。そんなエピソード付きでこの見た目、確かに不吉です。
幼少期、家庭内の権力争いに巻き込まれました。単なる一子爵家の継承権ごときで何をという話なのですが、毒を盛られたり、突き落とされかけたり。酷い目に遭いました。
一番嫌だったのは、どんなことであろうと全て私が第一発見者だったことです。当然ながら、まず私が疑われました。五歳にそんな知恵も動機もありません。最終的に冤罪になることはありませんでしたが、何度も罵倒されました。なんだかんだ死者が出なかっただけマシでしょうか。
嫌な思い出しかありませんが、おかげで何が起きても動じなくなりました。
学園に通う年になった時、領地の作物が病気にかかり全滅しました。入学の準備なんてする間もなく奔走する羽目になり、おかげで領民への被害は最小限に済みましたが、家の立て直しは無理でした。領地は一度国に返され、隣領と併合されました。
姉はもうすでに嫁いでいましたから、父や兄は男爵家である叔父一家に頼ることとなりました。私は元貴族のツテでメイドとして働きに出されました。因縁深い家族から離れられたのは幸運と言えるでしょう。
勤め先はなんと侯爵家でした。ほぼ同い年のお嬢様の気性は荒く、何か粗相をすれば物を投げつけられました。けどまあそういうものかと思って耐えました。今までの事件に比べればなんてことありません。それに、元貴族だったこともあり、侍女よりも近い付き添いという形で、高等部からとはいえ、私も入学することができました。一度諦めた身としてはとても嬉しいことでした。しかし嬉しいことがあれば、当然その後は巻き込まれるのです。
……最後の最後、お嬢様の素行の悪さによる婚約破棄によって、職と卒業を失いました。王太子様、確かに主人の素行は悪いです。しかしそれによる婚約破棄で困るのは私なのです。傷は減りましたが。
けれど私を不憫に思ったお嬢様は新しい勤め先を用意してくださいました。別に悪いお方ではないのです、良き教育者に恵まれなかっただけで。新しい勤め先は同じ位の侯爵家。無職にならずに済む。そう喜んだのも束の間でした。
私が勤め始めたその日、優しそうな侯爵夫妻は馬車の事故で亡くなりました。屋敷に残ったのは年若いご子息様ただ一人。それを良いことにやりたい放題する親戚、法的な事に忙しくしている忠臣、傷心中のご子息様を煽る、おそらく親戚の息のかかった使用人、その他諸々。
……そうしてまた、私は巻き込まれました。
廊下の曲がり角。落ちているナイフ。目を見開いたご子息様。足元のナイフに驚いて立ち止まった私。誰かの悲鳴。
この状況で、私が犯人だと思わない人はいません。新入りが一番疑わしいのは当たり前です。
状況を理解することに忙しい私を他所に人が集まってきます。
「シャーリー、お前何を!」
「まさかあんたが……!」
……これだから貴族の権力争いというのは嫌なのです。
ここぞとばかりに罪を着せようとしてくる先輩達。その茶番の渦中で、わけも分からず俯いているご子息様。何かしようにも、どうしようもできなくて。それがなんだか昔の自分みたいで、だんだんと腹が立ってきました。
もう、うんざりです。
「ぜ……」
私にはずっと立場がありませんでした。巻き込まれた時になんとかしようとできる武器がありませんでした。
赤子。幼子。母を失わせた末子。没落した家出身のメイド。何も知らない新人。
今も力はありません。けれど同時に、失うものもありません。おかげで、拳を強く握れます。
「全員、そこに座ってくれます??」
このまま何もしなくても、罪を着せられ牢屋行き、いいえあの世行きです。どうせ母の元へ行くのなら、鬱憤を晴らしてからにいたしましょう。
「あ、あんた何を言って……」
少し狼狽えつつもまだ私を舐め腐っている先輩メイドを睨みつけます。
普段大人しい人がキレますとね、溜め込んでいた分怖いんですよ?
「ミランダさん、亡くなった奥様の宝石を盗んで売ろうとしていたのがバレたくないようですけど、状況もよくわからないのに私を悪に仕立て上げようとしないでください」
宝石を盗む云々は勘であり予測に過ぎませんが、その表情が何よりの証拠です。
あなたが自分の容姿に自信があるがゆえに今の生活に満足していないこと、そこからどんなことをしでかす可能性があるかもわかっています。
巻き込まれ体質を舐めないことですね。いくら来て間もなくても、誰がどういう人なのかは最大限理解するようにしています。これでも、自分の努力次第で避けられる事件は避けてるんですよ。
「人だかりに隠れているつもりのハドリーさん。貴方、ご親戚筋の刺客ですよね? 失敗したからといって罪をなすりつけないでください」
初日に謎に優しかったのはよく覚えています。最初から罪をなすりつけるつもりだったんですよね。
大方、襲おうとしたらタイミングがズレた上に包丁を落としてしまって、咄嗟に植え込みに隠れていたとか。元々は一足早く殺し、その持っていたタオルに凶器を隠して私に渡すつもりだったでしょうに、大失敗しましたね。いや、私に罪をなすりつけることには成功してますけど。
ずっと、こんなことになるんじゃないかと思っていました。嫌な目に遭いすぎて、常にどんなことがあるか予想して生きていますから。だって起こらなければ幸せに生きられた気がしてお得ですから。
「周囲で見ているだけだった皆さん、状況はお分かりですね。さっさとその人たちを取り押さえてくださいませんか? 忠誠心の強い方々が引き継ぎ関連で忙しくしているからといって職務怠慢とはいかがなものですかね?」
ただの新人メイドのキレっぷりに驚いてご子息様の他全員が廊下に正座しているという奇妙な光景。パンッと手を叩いたところで人が動き出します。自分が疑われたくなければ、捕まえる側に回るしかありません。今回の首謀者だけでなく、ただ名前を出した方もどんどん拘束されて行きます。本来この状況で冤罪で訴えられるのは私の方ですが、表情やら態度を見る限り、間違っていないようです。皆さん、ただの巻き込まれ体質に見抜かれているようでは、悪事に向いてませんよ。
バチン! ベシッ! ゲシッ! ドゴォッ!
彼らが拘束されたところで、私を巻き込んだ方全員の頬を叩きました。ついでに一蹴り入れて、腹にも一発入れました。
本来ならご子息様がやるべきことですが、それは今後の風評被害につながってしまいますからね。あまりに強く叩きすぎて手が痺れていますが、まあいいでしょう。
汚れた手をはたいてから、くるりとご子息様の方を向いて澄んだ青色の瞳を見つめます。金髪で顔が整っていて、見目麗しいご子息様。今はやつれておられますが、跡取りとしてきっと大切に育てられてきたのでしょう。十六歳で突然親を失って、周りは敵ばかり。どうすればいいのかなんてわかりませんよね。
「ご主人様、大丈夫だなんて無責任なことは言えません。同じく巻き込まれた私は全く大丈夫ではありませんから。でも悲観なさらないでください。……私には何もありませんが、貴方様には立場という強い武器があります。残された者は、命ある者は、強く逞しく生きていくしかないのです。自分の身を守るためにも、ぜひ有効活用なさってください」
「……っ!」
ご子息様……いいえ、ご主人様は唇を噛んで、ただ深く頷きました。
わけも分からないまま、お家騒動に巻き込まれる辛さは私も知っています。不運な貴族だったものとして、少しは助言できたでしょうか。
「あと、これ退職届です」
やるべきことはやったと、エプロンのポケットから退職届を取り出して渡しました。
「「「は?」」」
一同皆、唖然としています。さっきまで泣きそうな顔をしていたご主人様の目が点です。
ああ……普通に生きていたら、退職届ってポケットからすぐ出せるものじゃないですよね。
「こんなこともあろうかと、遺書などは常に用意しておりまして。最近になって退職届も用意することにしましたが、早速使い所がありましたね」
他の物も取り出し、もはやにっこりと笑います。皆さんが恐怖に凍りつきましたが、そんなことは知りません。笑顔が不評なのは知っています。
しかし旦那様は何やら悩み始め……。
「えっ、やぶ……」
退職届を破り捨てました。なんですか、その吹っ切れたようなとても爽やかな笑顔は。隈は酷いですが、元はそういうタイプの人なんですね。
……じゃなくて。すごく嫌な予感がします。
「……僕には、立場があるんだろう」
「え、ええ。はい」
「君の退職は認めない。自分の身を守るために、君を辞めさせない」
手を取られ、見つめられ。あ、これまずいですね。
「君には、僕の侍女になってもらう」
────この後も色々なことに巻き込まれては退職届を提出し、破られ、ご主人様が学園を卒業したと同時に婚約を申し込まれて断って。見合う立場でないことを理由にしたら身辺調査の末に没落貴族の娘だとバレ、侯爵家の権力で親戚の家の養子にさせられました。年齢を指摘したら、三歳差は誤差だと言われました。ぐうの音も出ませんでした。
結果として結婚する羽目になることなど、この時の私は知るよしもありません。
……キレ散らかしただけなのに、今までの人生にお釣りが返ってくるほどの生活が与えられるなんて、想像すらできませんよ。
読んで下さりありがとうございました。
ブクマ、評価などして頂けると作者喜びます。コメントなどもお待ちしております。