一枝
おにくと申します(*>∀<)ノ♪
衝動買いならぬ衝動書きしてしまった……
鮮やかに赤く染まった実と背伸びをする花々、そして座り込む一人の少女。私はそこに向かってゆっくりと歩く。
「あなた、だれ?」
どうしてだろうか。この少女に見覚えが―――
ピピピッと聞き慣れた機械音で私は目を覚ます。六時半。機械的に体を起こし、洗面台へ。いつもの洗面と歯磨きをしている間に私はあることについて考えていた。
さっきの夢のことだ。あれが気になって仕方がない。
「あの子、会ったことが……うーん思い出せない。」
夢というのは脆弱ですぐにぼんやりとしてしまうものだ。あの子の姿はもう霧の中に入ってしまったようで見えない。
考え込んでいる間に朝食を済ませていたから、一旦夢のことは置いておいて学校に向かう準備を始めた。
朝から脳を使ってしまって疲れた。
「コンビニであんぱんでも買っていこ。」
桜の花びらが数枚ひらひらと散る。もう春だ。
始業式の日でもクラス替えの日でも私の学校生活はあまり変わらない。片手で数えても指が余るほど友達が少ない私は「久しぶり」という回数も少なく、非常に楽である。
あっという間に下校時間になった。帰宅部である私はすでに帰路についていた。吹奏楽部の音を背中で受ける。日常だった。何も変わらない。
「……っ!」
そのとき、誰かに呼ばれた気がした。しかし、振り返っても誰もいない。
「何?私ホラーとか苦手なんだけど。」
独り言をつぶやき気を紛らわす。しかし、また私を呼ぶ声がした。今度ははっきりと。どうしていいかわからないが、私は声のする方へ足を進めていた。そうするべきだと思った。
呼ばれるがままに進む。路地を抜け、茂みを抜け、たどり着いた先は小さな池だった。周りは完全に木で囲われていて、ただの池も神秘的に見えてくる。
「そういえば声が……」
ここに来た瞬間、私を呼ぶ声がぴったりと止んでしまった。あれは何だったんだろう。
「来てくれたのね、歓迎するわ。」
「うわぁ!」
突然後ろから声がして私は飛び上がった。その勢いで私は池に落ちそうになった。
そのとき、急に話しかけてきた人物が私の腕をつかんで引っ張ってくれた。
「死ぬかと思った……」
「驚かせてしまったわね……ハァハァ、ごめんなさい。」
その女の子は明らかに息が切れていた。私を引っ張ってくれたからだろう。
「助けてくれてありがとう。こちらこそごめんね、重かったでしょ。」
「そんなことないわ。私の筋力が不足しているだけ。筋トレでも始めてみようかしら。」
女の子は確かにスレンダーな体系をしている。筋肉がついているようには見えない。まるで人形のようだ。
「それで本題なんだけど、あなたが私を呼んでいたの?」
「ええそうよ。と言っても私は超能力者なんかじゃない。あなたはあなたの記憶の中に存在する私に呼ばれてここに来たの。」
「私の記憶……?私、あなたとどこかで会ったことがあるの?」
正直理解が追い付かない。超能力ではなくとも、非日常ではあるから。
女の子は口を大きく開けて唖然とした後、少し残念そうな顔を見せた。
「そうね。あなたは確かに私と出会い、話し、笑いあったわ。あなたは忘れてしまったようだけど。」
こんなきれいな女の子と出会っていたら流石に覚えていそうなものだが、私は人との出会いをあまり大切にはしていない。
「なんかごめんね。」
「謝ることはないわ。いつか思い出す時が来るはず。そう願ってみましょう。それに、今あなたと会えただけでも私は喜びを感じているわ。」
そう言って女の子は左手を差し出した。
「二回目だけれど、初めまして。私の名前は白井枝真。気軽にエマと呼んでちょうだい。」
握手を要求しているようだ。私も左手を差し出し名乗った。
「私は小鳥遊苺。イチゴって呼んで。よろしくね、エマ。」
「よろしく、イチゴ。」
こうして私は見知らぬ知り合いと友達になった。
あれから数週間、私は放課後にエマのところへ行くことが日課になっていた。エマは確かに私を知っている。苺が好きで、運動が苦手で、人に興味がない。最後に関しては誰にも言った記憶がないが、人との会話にも興味がないからきっと知らない間に口走っていたのだろう。エマと会っていたことを覚えていないとわかった今ではその可能性も否定しきれなかった。
「エマはどうしてこんな場所にいるの?」
ある日私は尋ねてみた。ずっと気になっていた。どうしてこんな茂みの中の池のそばにいたのか。どうしてこんな外界から隔離されたような場所にいたのか。
「それはあなたが一番理解しているはずよ。」
エマの答えの意味はよくわからなかった。しかし、エマはもう答えてはくれなかった。
「エマ……池……やっぱりそれらしい日記とかはないか。」
帰ってから家の至るとこをひっくり返したが何もない。本当にあの頃はすべてに興味がなかったのだろうか。そう思うといきなり私がとてもつまらない人間だと思えてしまう。今まで自分にすら興味がなかったから、私がどんな人間なのかを考えたこともなかった。
エマは私に『自分』を考えるきっかけをくれた。
「人との出会いも、大切なんだな……」
鮮やかに赤く染まった実と背伸びをする花々、そして座り込む一人の少女。私はそこに向かってゆっくりと歩く。
花にはミツバチが蜜をもらいに、池にはカエルが水を浴びに。そして私はこの子に会いに。
「今日もよろしく。」
私と少女は柔らかい握手を交わした―――
ピピピッと聞き慣れた機械音で私は目を覚ます。六時半。不思議な夢を見た。
「確か少し前にも……」
エマに出会う日の朝にも同じような夢を見たはず。
「なんだろう、この気持ち。」
とても嬉しい、悲しい、楽しい……どの言葉も当てはまらない、感じたことがないはずの気持ち。
「不思議だ。」
今日から連休。俗にいうゴールデンウィークだ。私は特に用事もないからエマの場所へ向かった。
「いらっしゃいイチゴ。歓迎するわ。」
「エマ、ここにずっといるね。」
私が来たときはいつもこの決まり文句を口にしている。
「ここは私の家のような場所だもの。」
この不思議な少女は自分のことをあまり話そうとしない。家はどこなのか。普段何をしているのか。私は何も知らない。
この前の私ならそんなことどうでもいいと思っていた。でも、私は今エマのことを知りたい。
こういうとき人はどのようにして話を切り出すのだろう。今まで人との会話をしてこなかったことを今更後悔した。
結局帰りの刻になるまで聞くことはできなかった。隣を見ると素朴な木の椅子に座りながら静かに寝息を立てるエマがいた。その姿は繊細な人形のようで、少しでも触れたら崩れてしまいそうだ。
そよ風が人形の手に握られていた一枚の紙を盗む。それはひらひらと木の葉のように地面に落ちた。
「ん?これって……」
それは写真だった。穏やかな笑顔の男性と女性、彼らの間に木の葉型のペンダントを見せつけるようにする少女。それはエマだった。そのペンダントはエマが常に首にかけているものだ。
だとするとこれは子供の頃に撮ったエマの家族写真だろうか。聞きたい、知りたい。でも私は勇気が足りなかった。
人形の手に写真をそっと戻し、私は帰るべき場所へ帰った。
「またね、エマ。」
夕日が木の葉を優しく照らしていた。
今日も私はエマのもとへ向かう。他にやることもないから。
いつもの道を潜り抜けた。しかし、エマの声がしない。エマがいない。こんなこと初めてだった。私はひどく困惑していた。そのとき―――
「あれ、これって……」
私は何をしているんだろう。過去に囚われ、思い出に縋りつく。そんな自分が醜くて、でも好きになりたかった。このままでいたかった。
思い出のあの子と再会できても、もう彼女は『あの子』ではなかった。誰もがミライへ進んでいるというのに私は……毎日そんなことを考えていた。
「どこ……どこなの!」
今も両親との『思い出』に縋りつこうとしている。小さい頃、誕生日にもらった木の葉型のペンダント。それをどこかに落としてしまった。
「お母さん、お父さん。イチゴ……」
私は、何をしているんだろう。
どうしようもなくて涙が滲む。トボトボと私の家に帰った。思い出はない『思い出の場所』へ。
「いらっしゃいエマ。歓迎するわ。」
家に帰ると言い慣れたが聞き慣れないセリフが聞こえてきた。イチゴだった。私は慌てて顔を背けて涙を拭った。
「エマの真似。どう、上手い?」
イチゴはいつも通りにふるまっている。控えめな笑顔がとてもかわいらしい。しかし、今の私はいつも通りになれない。
「イチゴ、実は……」
今の状況を必死に伝えた。ペンダントがなくなったこと、それはとても大切なものだということ、思い出をなくしたくないこと。
「ミライへ進まなきゃってわかっているけど、私は思い出がなくなるのが怖い……」
今まで自分のことを伝えるということをしてこなかったからか、何度も言葉に詰まり、涙がこぼれる。それでもイチゴは私の話を最後まで聴いてくれた。
「やっぱり。」
話し終わるとイチゴはそんなことを言って自身のズボンの右ポケットに手を入れた。
「これ、エマのだったんだね。」
ポケットから出てきたイチゴの右手には木の葉型のペンダントがあった。私と両親の思い出のペンダントだった。
「今日ここへ来たときに椅子の下で光ってるこれを見つけてさ。エマが落としちゃったんじゃないかって思ってずっと待ってたんだよ。」
イチゴはペンダントを首にかけてくれた。胸元に暖かさを感じて、さっきまでとは違う涙が溢れそうになる。
「エマ、ありがとね。」
「えっ?」
「エマのおかげで私、誰かとのつながりも大切にしたいと思えた。人との出会いも出来事も一期一会。なくした思い出が見つかるかはわからないけど、今の私が出会った今のエマとの思い出は絶対なくさないよ。つまり、えっと……」
イチゴは少し照れながら言葉を続けた。
「未来へ進んだとしても思い出がなくなるなんてことはない。もしなくしてしまったとしても、今度は私が一緒に探す。だから怖がらないで、一緒にミライへ進もう?」
差し出されたイチゴの左手をじっと見つめる。こんなに優しい手はいつぶりだろうか。私も左手を出してイチゴの手を取った。
いつも手を取ってくれてありがとう。
少女たちは柔らかい握手を交わした。
どうでしたか?
これ結構気に入ってる作品だからぜひタイトルの意味などの考察を教えてください!