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カイン・ハインド



「よぉ隊長さん。連中の様子はどうなんだ?」

「……変わりはない」

「そうかい。はは、今回は楽な仕事でよかった。じゃ、監視はよろしく」

「…………」



 舐めた口を聞いてくるこの男が、最近まで俺にヘコヘコしていた副官だったと誰が信じるだろう?やはり人は身の丈に合った地位が望ましいのだと嫌でも理解させられた。まったく……ままならんな。


 アーク殿下。今はまだ認知もされていない幼子だが、ノヴァ帝国の後継者争いに巻き込まれた哀れな御落胤。陛下が存在を知ることさえなければ、アグネアの孤児院で幸せに生きていけたものを……俺個人としては同情を禁じ得ない。


 明日、彼らは襲撃されて全滅する。マリーネ様、カサンドラ様。お二人はこんなところで死ぬべき方々ではないというのに。残念ながら、今の俺には部隊の指揮権はなく、この襲撃を妨害することもできない。無様なものだ。


 平民であることがそんなにいけないか?貴族だからなんだと言うのだ。なぜこんな思いをしなくてはならんのだ……。


 俺は友人のために戦っただけだ。それがキッカケで第一皇子殿下の目に留まり配下となったのに、それが今では腫物扱いとは。当の第一皇子殿下も、俺が平民だと知った後からは見ようともしなくなった。


 普通なら部下にする者の素性くらい最初に調べるだろうに。あの皇子殿下が後継者となれば、帝国は終わりかもしれんな。



「…………疲れた」



 そういえば、マリーネ様の笑顔を初めて見たな。彼女はどんなときも凛としていた。生まれながらに指導者の才を持ちながら、アルファ様を除く帝国最高峰の武人でもある。


 彼女の槍捌きはまさに美学だった。あまりに美しく残酷。鍛錬を積んだ今でさえ、俺では数分ともたないだろう。当時は才能という名の理不尽を感じたものだが、今では嫉妬する気持ちさえ浮かばない。



 翌日、彼らは動き出した。その表情に迷いはない。



「隊長さん。計画どおりマリーネ嬢の相手は任せるぜ?」

「……わかった。だが、あのお方が相手では十分ともたんぞ」

「は、そんだけあればマリーネ嬢だけになってるだろうよ。あっちの派閥も同時に動くみたいだしなぁ」

「…………惨いことを」

「うるせぇよ平民が。いいか?殿下の御命令に背くようなマネはするな。平民は黙って命令を聞いておけ」

「了解した」

「ッ……つまんねぇ男だ」



 舌打ちをして去っていく副官を見送った。

 俺はどうして殿下の誘いに乗ってしまったんだろう?不相応な夢を見過ぎたのか?結局、俺のやることは変わらない。命令通りに動くだけだ。


 アグネアの国境を越え、険しい渓谷に入った瞬間から空気が変わった。第二皇子殿下の子飼いも動き出してしまった以上、彼女たちの命運は尽きたも当然だった。


 静寂が山林を支配する。どいつもこいつも、俺がマリーネ様に仕掛けるのをジッと待っているようだ。まったく、つくづく度し難い連中だ。一人では死ぬ度胸もない戦士の恥さらしどもめ……。


 さぁ行くか。これが俺にとって最後の戦いだ。



「……お久しぶりです。マリーネ様」

「まぁハインド卿。本当にお久しぶりですわ」

「このような形での再会をどうかお許しください」

「うふふ、むしろ好都合ですの。わたくしにはハインド卿のお力が必要でしたから」

「そ、れは……申しわけございません。たとえなにがあろうと、騎士が主君を裏切ることは許されないのです」

「もちろんわかっております。そんな忠義の厚いハインド卿だからこそ欲しいのですから」

「…………もはや言葉はいりますまい。お覚悟を願います」

「そう焦らずにお話しませんか?実はお茶もご用意しましたの」

「マ、マリーネ様。この状況でいったいなにを――」



 突然、ゾクリと身を這うような悪寒に言葉が続かない。


 今、なにが起こった?先ほどから死を感じさせるこの感覚はなんだ?いやこれは、山林の奥だ。別動隊がいる方面から感じる。


 おかしい……これは絶対におかしい。別動隊の気配が減っていく……?

 明らかに様子が変だと思ったその瞬間、膝をつきそうなほどの膨大な魔力に当てられて眩暈がした。そして、とてつもない轟音が地面を揺るがす。間違いない、この渓谷には未知の化け物がいるっ。



「グ……な、にが……」

「あらあらクロード様ったら。よほどカサンドラ様が大事だったのですね」

「ま、待ってください。マリーネ様はこの魔力の持ち主をご存じなのですか!?」

「もちろんですわ。わたくしたちの頼もしい味方ですもの」

「…………」



 味方?どこにそんな……ま、まさか猛牛の馬車に乗っていたあの少年が?



「はぁ、はぁ、助け――」



 藪から這い出てきた副官の首がボトリと地面に落ちた。そこには無表情のまま短剣を振りぬいたカサンドラ様の姿。彼女は残身もそこそこに、追いかけてきたであろう別動隊の首を次々と切り落としていった。


 ありえない、なんだあの速さは……あれほどの高速移動はアルファ様以外に見たことがない。



「カサンドラ様ったら。張り切り過ぎですわよ?」

「ふぅ、まだまだいけます」

「そうおっしゃらずに下がってくださいな。わたくしの仕事がなくなりますわ」

「お言葉に甘えます」

「うふふ」

「…………本当に、カサンドラ様なのですか?今のはいったい」

「旦那様に身体強化の真髄を教わりました。今までの私とは一味違います」

「あれが、身体強化で……」

「クロード様から信じられないくらい注がれましたものね。ちょっと羨ましいですわ」

「妻としての特権です」

「まぁ!」



 副官を含む五人の首を一瞬で落としてしまうとは……。

 そもそも、なぜあいつらはここにきた?いくらカサンドラ様が予想外の力を見せたとはいえ、たった一人ではないか。別動隊は三十人もいたんだぞ?それがなぜ――



「た、隊長!」

「……お前たち、他の者はどうした?」

「もう俺たち以外みんな殺されたんだよ!あんたこそなにやってんだ!!」



 這う這うの体で現れたのは、生き残りであろう三人の別動隊の者たち。怯えた表情で罵詈雑言(ばりぞうごん)を投げかけてはくるが、彼らから闘志を感じることはできない。確実に心が折られているな。



「カサンドラ様。本当にがんばりましたのね」

「いえ、旦那様が初手で半数以上吹き飛ばしてくれました。なので私が落とした首は八つと、この五つだけです」

「充分ですことよ。クロード様はどうされましたの?」

「第二皇子の部隊を追撃に向かいました。けど、もう終わってるかもしれません」

「な!?そんなバカな話があるものか。ふざけるのも大概にしろ!」



 ……いや、先ほど感じた莫大な魔力の波動。そしてあの轟音だ。どう考えても最大級の魔術を行使したに違いない。

 わずかしか使える者がいない最高峰の魔術、第四階梯魔法術式法陣。本来なら術式を描くのに時間を要するものを、短時間で行使するには自力で編み込むしかない。まさか大魔術の簡略化を成しているとでも?そんなバカな……。


 それにカサンドラ様がおっしゃった身体強化だ。強化術は誰もが扱える基本的魔術とされながらも、その強化率は平均して二割を下回る。だが今しがた見たものはどうだ?帝国最強を譲らないアルファ様の速度に匹敵する強化率だったのでは?


 この目で見たはずの現実を未だに受け入れることができない。おまけにそれを他人に付与しただと?バカも休み休み言ってくれ。



「こうなったら馬車を狙え。隊長、今度こそしっかりと仕事をしてもらおうか」

「俺は最初から任務を果たしている」

「ふざけるな!突っ立ってるだけがお前の仕事か?あの女を始末するのが役目だろうッ」

「あらあら。そういうあなたは仕事をなさらないおつもり?」

「だ、だまれ!殿下を陥れようとする逆賊め!」



 マリーネ様から表情が消えた。


 ゾワリと迫る濃厚な死の気配。無意識に転がりながら距離を取ると、俺の近くで騒いでいた奴の顔に穴が開いている。あれこそマリーネ様が得意とする神速の貫通撃。槍の矛先から超高速で水弾を飛ばす魔槍術だ。



「腐敗と汚職に塗れた政治に勤しむあなた方のどこに正義があるのでしょうか?どうか逆賊のわたくしにご教授くださいませ」



 残った二人は青ざめて無意識に後ずさっている。なんと無様……決して、決してああはなるまい。


 一心不乱に逃走を図る二人だったが、一瞬で追い越したカサンドラ様の姿に呆然としている。刹那、短剣によって鈍い光を放つ一本の軌跡が、二人の首を通り抜けて真っ赤な血の花を咲かせた。


 ……お見事。俺ごときでは相手にならないことが嫌でもわかってしまった。あぁ、悔しいなぁくそったれッ……。



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