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非常食の確保



 なんでもいいから検索に引っかからないものかと試していると、クロード・シルバーの検索ワードに見たことのない項目を見つけた。



「こんなの、前はなかったのに……」



 これまで人物の名前、地名、魔術名といった名称は検索済みだ。クロード君の名前も検索したが、シルバーアクセサリ関連しか表示されなかった。期待を込めて関連項目を読んでみると、そこには目を疑う内容が書かれていた。



「マジかよ……」



 妖精さんをアサガオちゃんと名付けたことに始まり、死の谷でウホウホした詳しい内容が書いてある。


 ありえない……これはどういうことだ?


 意味もなく詳細に記された俺の記録。しまいには錯乱した裸族だの、真なる葉っぱ隊だのと好き放題書かれている。そして、なぜか閲覧数がやたらと多い……。


 ここまで詳細な記録はゲームサーバーの管理者でもなければ把握できないはずだ。人のプレイをおもしろおかしく書きやがってとは思うが、これくらいで目くじらを立てるほどガキでもない。ただ、これらの言動は毒キノコによる後遺症の疑いありって形で編集しておこう。菌類は滅びろ。


 だが、これではっきりした。このゲームの本質が。


 物語やキャラクターの背景はタブレット先生で確認できるが、その上でどう行動するかはプレイヤーに委ねられている。一人一人が歩む道を詳細に記録し、仮想世界に生きた歴史を作らせるというコンセプトの元に生まれた作品……それがこのゲーム(仮定)だ。だからこそシナリオ誘導やチュートリアルがなかったのも頷ける。


 きっと今もたくさんのプレイヤーがあっちの世界をエンジョイしつつ、新たな歴史を作り出しているに違いない。俺も負けてられんな。


 冷静になって振り返れば、モンスターを倒してもアイテムが手に入ったことはない。死体が時間で消滅することはなく、自分で解体しなければ素材も手に入らなかった。


 あ、じゃあハクスラは……ひょっとして、キャラメイクも無いとか?それなら、操作キャラはクロード君のままだったりして……え、マジで?家族と縁切った上に死ねって言っちゃったけど。


 なんか、現実だと三十分ちょいしか経っていないはずなのに腹が減ってきた。帰ってからすぐにメシ食ったはずなんだが……はぁ、インスタントラーメン食ってから再開しよ。






「ふっかーつッ!」

「うるさいです」

「おっすおっすアサガオちゃん。元気?」

「うるさいです」

「愛してるぜ」

「ボクもです」

「死ぬほど嫌そうな顔してるけど」



 まさに無関心。二人で過ごしたあの一か月は無意味だったのだろうか?あんなに一緒だったのに……。


 まぁそんなことはどうでもいいが、今日はカサンドラたちを帝国に送り返す予定だ。操作キャラがクロード君で固定されるかもしれない可能性に震えている。どちらにせよ面倒事はさっさと終わらせたい。約束もしちゃったからな……。


 そこで思った。乗り物が欲しいと。



「アサガオちゃん。ここらで馬みたいに従順な生き物いない?無料で手に入るやつ」

「おにくにのればいいです」

「牛さんに?」

「おいしいです」



 非常食か。おっかねぇ妖精だぜ。

 カサンドラたちと合流するまで時間はある。なので南の平原まで走り、強そうな個体を捕まえてわからせてきた。方法は転ばせてから角を掴み、何度か地面に叩きつける(威圧込み)だけでオーケー。


 あとは従順になった牛さんを非常食と名付け、商業組合で従魔登録すればいいらしい。



「ひ、非常食でございますか?」

「はい。いつか食います」

「どうか、どうかお考え直しください。かの魔獣はアグネア平野一帯を支配する猛牛、それも特殊個体ではありませんか!ただでさえ、手懐けたのことは誇るべき快挙なのですよ?それを非常食だなんて」

「名前がダメですか?」

「いえいえいえ、そうではなくてですね。末永く大事になさったほうがよろしいとお伝えしたく――」



 まさかこれは……もしかして俺、なにかやっちゃいましたぁ?ってやつか。


 だが甘い。この手のパターンは十年前に我々が通った道だというのに、愚かな。こんな手垢の付いたやり口で肥えたプレイヤーの快楽物質を刺激しようとは片腹痛い。はー、運営ちゃんにはがっかりですよぉ。



「大事にしますから登録をお願いします」

「……では非常食以外の名前でご登録ください」

「牛肉でお願いします」

「クロード様。私事で恐縮ですが、わたしは幼いころ、近所の子供たちから豚と呼ばれておりました。初恋の少女から豚肉さんと呼ばれたとき、わたしの心は――」

「わ、わかりました。じゃあ……牛……角……あ、牛頭。ゴズでお願いします」

「ゴズでございますね!すぐに登録させていただきます!」



 心の傷を盾にするのはやめてください。断れなくなります。

 好きな子からの豚肉さんはツライな……俺のイカ野郎は全然マシなほうだった。


 早速ゴズに乗って行こうとして、思い直す。カサンドラたちはどこまで準備しているのだろうか?


 最低限として馬車は必要だろう。長距離の移動となる上に、子供たちを全員連れて行く可能性だってある。糧食に衣類や寝具。それらを集めるだけの資金が彼女らにあるのか?


 ……念のためだ、俺も用意しておこう。幸い資金には余裕がある。組合からは文句を言われたが、ブルーに換金させた死の谷産の素材だって残っているんだ。馬車も余裕で買えるし、ゴズに引かせれば馬も必要ない。


 ここまでしてやる意味はないのだが、子供たちが死体で見つかったり、カサンドラがジョゼの性奴隷にされたら後味が悪すぎる。たとえゲームだとしてもだ。


 適当に買い物を済ませ、馬車でアサガオちゃんとケンカをしている間に教会が見えてきた。入口には別の馬車があり、ちゃんと準備していたことに感心した。彼らを仲間の元へ送り届けたら、俺が買ってきた物資を馬車ごとくれてやろう。無駄にはなるまい。



「おいーっす。みんな元気かな?」

「あ、おっきなキノコのひと!」

「ジェシー、お兄さんと呼びなさい。旦那様、お待ちしておりました」

「まぁ!随分と大荷物ですのね」

「道中なにがあるかわかりませんから、念のためです」



 牛が馬車を引いていることに驚かれたが、よくわからないけど懐かれたと適当な説明をしておいた。


 例のアーク君に対しては好印象が残るように努め、笑顔で媚びを売りまくる。

 これでクロード君の未来に希望を繋げるはずだが、現実では宿敵に取り入ろうとするチキン野郎みたいに書かれるかもしれない。その時はクロード怒りの編集で対抗しよう。



「旦那様はここまでするほど私が欲しいんだ……」

「なんか今、怖いこと言わなかった?」

「いえ、なんでもありません」

「うふふ。カサンドラ様もがんばろうと気合を入れたのですわ」

「そうでしたか。俺も頑張りますよ」



 なぜか取り返しのつかないことをしたような気もするが……気のせいだろう。


 ここからは俺も全力を尽くして彼女らを帝国まで送り届けなくてはならない。もちろんアーク君には俺の隣に座っていただき、きっちりみっちりと仲を深めていきたいと思う。アサガオちゃんもきっとわかってくれるはずだ。



「ごしゅ、なんでムシケラにヘコヘコするです?」

「あの少年に俺は殺される(予定)んだぞ?足指を舐めてでも媚びを売るべきだろうが」

「てきごーしゃのプライドはないです?」

「プライドだ?命が掛かっている状況で頭一つ下げられない奴なんぞクソの役にも立たんわッ。いいかアサガオちゃん、現実は残酷で理不尽な出来事にあふれている。あの時こうしとけばよかったと後悔しても遅い。だからこそ、できることはできる内にやる。そうしなければ必ず後悔することになるんだ」

「わかたです」

「…………素直だな。反論はどうした?」

「なっとくしたです」

「え、具合でも悪いのかアサガオちゃん。大丈夫?」

「ごしゅがボクをどうおもってるかよくわかたです」



 だって言い返してくると思ってたから……なんかの病気かと心配になるじゃん。


 気を取り直し、アーク君を隣に座らせようとするが失敗に終わる。護衛対象を御者台に晒してどうするつもりかと正論で責め立てられ興奮した。アーク君本人は乗り気だったからいけると思ったのに……残念だ。その代わりにやってきたジェシーが膝の上に乗ってきて移動が始まった。解せん。



「ねーねーキノコのお兄さん」

「菌類はやめてくれ。クロードと呼びなさい」

「じゃあクロ兄さまって呼ぶね」

「別に様はいらない。貴族は辞めたからな。干し肉でも食うか?」

「うん!」

「む、ジェシー。人前でクッチャクッチャするのはいけないぞ。お口を閉じてからモッチャモッチャするんだ」

「ん!」



 クソガキだと思っていたジェシーは意外と素直だった。さらに不思議なのは、アサガオちゃんが不快そうな顔をしていないことだ。いつもなら生ゴミでも見るような糸目で見下すのに。



「そうだジェシー。君の好きなものはなんだ?」

「えっとねー、金貨とけんりょく」

「おっさんかお前は」

「ごしゅ。こいつはみどころあるです」



 アサガオちゃんが気に入ってしまった。

 確かに物怖じしない精神性や、言葉の節々から我の強さが伝わってくる。将来は胆の据わった大物になるかもしれない。ただ、環境によっては敵を作ってしまいかねない怖さもあるから、それだけがちょっと心配だな。


 はしゃぎ疲れたジェシーの赤髪を撫でながら、馬車に揺られてゆったりとした時間が流れた。帝国への旅路も二日目に入り、もうすぐ国境を隔てる渓谷の入り口に到着する。つまり、平和な時間も終わりってことだ。



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