滅亡の序曲(表)
※この話から、章の終わりまで数話ほどシリアスになります。申し訳ありません。
俺とディーネが学園に中途入学してから一週間が経過した。
貴族の子供たちが集まる環境だから、さぞかし凄惨ないじめを受けるんだろうなぁと身構えていったのだが、現実はさほどでもなかった。むしろ、逆にアウタールフ家の影響力を知ることになった。
案内された教室は、十四歳の高位貴族が集まる特別なクラス。ディーネが挨拶で自己紹介をすると、ほぼ全員がギョッとして作り笑いを浮かべたのだ。どんだけだよと思ったが、二大公爵家の令嬢なのだから当然か。獣人族に対する蔑視もそれほどではなかった。
国外の子も似たような反応をしていることから、小国ながらもアウタールフ家は有名なのだろう。しかも隣には必ずと言っていいほど、フォルツ侯爵家のカテリーナがいる。
「この髪型も可愛いですよカテリーナ様」
「もう、ディーネ様ったら!」
「似合うじゃないか。これならどこかの王子もフリージアを束で押し付けてきますよ」
「クロ様……またそうやってフィル殿下に無礼をっ!」
「気にしなくていいよテリー。僕に蛮族の声は聞こえな――痛ぁっ!?」
誰が蛮族だって?
最近はこんな風に遠慮がなくなって気は楽だが。
で、そのフォルツ侯爵家だが、古くから王国を支えてきた侯爵家の筆頭であり、王都ではヴィンスに次ぐ権威を持つ名家だ。特にカテリーナの父親は大法官とやらで、アグネア王国における法の最高責任者らしい。
だが今は、ヴィンスが他の貴族と結託して悪法を通そうとしているのを止められず、その負い目もあってディーネのサポートをカテリーナに託したそうだ。これに関しては先生も知らなかったので、カテリーナ本人から教えてもらった。
このように、ロイヤルな学園生活を満喫するのはいいが、一人だけ目的がよくわからん奴がいて困っている。
「あれぇ、どこにいったんだろう?」
「ど、どうしたんだいモモ嬢」
「モモの教科書が見つからなくって……」
そう言いながらチラっとカテリーナを見る、ピンク頭のモモ・ハニーブラウン侯爵令嬢。こいつがなにをしたいのかがわからない。
ことあるごとにカテリーナに罪を被せているらしく、最近ではヒソヒソと噂をされて落ち込んでいるほどだ。
「もしかしてカテリーナ様、またなんですか?」
「……どういう意味です?」
「どうしてモモをいじめるんですか?モモがなにかしました?」
「ま、待ってくれ。テリーはそんなことをする子じゃないよ」
こんな感じで絡んでくるわけよ。
こっちは魔術の授業内容があまりに酷いから、カリキュラムの組み直し計画を練っているというのに迷惑な話だ。
ほとんど解析されていないから仕方ないとはいえ、最終的には身体強化すら魔道具任せで、第三階梯も現存する魔術書の丸暗記でさようならだぞ?これで魔術師が育つわけがない。
心底恨むぞベータ君。よくもこんなふざけた世の中にしてくれたな……。
「じゃあカテリーナ様の机を調べてください。そこにモモの教科書がなかったら謝りますから」
「……それで満足されるのならご自由に」
「じゃあ失礼しまーす」
そしてガサゴソやると出てくる破れた教科書。裏にはご丁寧にモモと名前が書いてあった。
こんな風にカテリーナが粘着されている。
当然身に覚えのないカテリーナは口元を抑えて震えていた。しかも、いつ入れられたのかもわからず、無実を立証することが難しい状況だ。
ディーネもキレそうになっているが、ここで彼女がヘイトを稼いで計画が狂うのもバカバカしい。まったく、面倒なことをしてくれる。
「……ひどい。ひどいですカテリーナさまぁ!」
「し、知らない……そんなの、あたくしは知りません!」
「じゃあどうしてここにモモの教科書があるんですか?ひどいですよぅ!」
「その茶番は長いのか?だったら犯人は俺でいいぞ」
「…………は?」
「……え、と、クロ嬢?」
「聞こえないのか?犯人は俺だ」
「お兄様――」
「まぁ落ち着けディーネ。君には別の仕事があるだろう」
ディーネが暴れ出しそうで怖いからな……。
伊達にママさんの血を継いでないから、暴れたらどうなるのか見当もつかない。今は身体強化も自力で発動できるし、ここにいる生徒の誰よりも実力が高い。俺が適当に解決したほうがマシだ。
「悪いなハニーブラウン。つい魔が差して教科書をズタズタにしてしまった」
「……お、おかしいじゃないですか。じゃあどうしてカテリーナ様の机にあるんですか!?」
「カテリーナ殿とは仲が悪くてなぁ。意味もなくイタズラ目的でやったんだ」
「意味わかんない……あんたは関係ないじゃん!」
……面倒な。
こんなガキに構っている暇はないが、かといって威圧するのも大人げない。今の俺がそんなことしたら、大人が小学生を恫喝するのと変わらないだろうし。
「ガタガタとうるさい小娘だ」
「な、なんですかっ!?」
「待つんだクロ嬢!お、落ち着いてくれ、お願いだから!」
「わかっている。ほら、これで甘いもんでも食ってこい」
「なんで銅貨……しかも帝国銅貨じゃないですか!?せめて銀貨にしてよ!」
「うるさい黙れ。これで串焼きでも食い散らかしてこい。ほら、さっさと行け」
「はぁ?これじゃ三本も買えな――ちょっ!?」
シッシッと手で追い払うと、ピンク頭は怒り狂い、さっそく周囲の生徒に俺の悪行を広めていた。これで一件落着。よきかなよきかな。
……いつまでも睨んでないで行けドアホ。ってか、お前なんで串焼きの相場を知っているんだ?
ようやくピンクが退散してから教室に戻ると、困った表情で弱弱しく笑うカテリーナが不憫で仕方なかった。なんとも面倒な奴にロックオンされたもんだな。かわいそうに。
カテリーナ様には心の休息が必要です。
ディーネがそう言い、しばらくは魚拓さんと二人でゆったり過ごすべきだと伝えた。
大人たちが暗躍している間、俺たちは派閥の子供たちを守らなければならない。しかし、こんなイレギュラーで精神を削られるのは予定外だった。
放課後にアウタールフ派閥の子供たちと会うことになった。
それぞれの学年はバラバラだが、手紙や関係者を通して全員との顔合わせが実現したのだ。
ひと悶着あるかと思ったのに、ことのほかスムーズに話が進んでいる。ただ、十人以上も集まっているから、俺たちを見た生徒が噂を流すのは避けられないだろうな。
「クロード兄ちゃん!」
「!」
背後から聞き覚えのある少年の声。派閥の子たちから黄色い歓声も上がった。
「アーク君?どうして――っと!」
勢いよく突撃してきたアーク君を受け止めたが、身長がほとんど変わらないから衝撃が重く感じる。グリグリと撫でてやったら猫のように甘えてきた。男の子でもこうして懐かれると可愛いもんだ。
「久しぶり、でもないか。元気だったか?」
「うん!」
「驚いたな。どうしてここに?」
「へへ、兄上に許可をもらってきたんだ。それにほら、カサンドラさんとジェシーもいるよ!」
「旦那様。その節はお世話になりました」
「お、おう。君も元気そうでよかった」
侍女姿のカサンドラとジェシーが連れ立って目の前にいた。似合うような、似合わないような……予想もしていなかった再会。なんとも言えない不思議な気分だ。
とりあえず話をしようとしたんだが、背後から強烈なプレッシャーが纏わりついてきて集中できない。ぶっちゃけるとディーネが怖かった。
「まぁなんだ……ちょうどいいから紹介しよう。彼女は――」
「私の旦那様がいつもお世話になっています。カサンドラと申します」
「カサンドラ様ですね?ディーネと申します。私のお兄様からお話は伺ってます」
「ディーネ様。旦那様に種をいただいた者同士、仲良くしましょう」
「もちろんです。今後とも、どうぞよしなに」
その、至近距離で微笑み合うのやめない?派閥の子たちがおかしい方向に盛り上がっているし……。
しかし、どうしたんだろうか。ジェシーが無言のままニコニコしている。あのジェシーが、だ。鎮静剤でもがぶ飲みしたか?
「あ、そうだ。ファーレン卿から手紙を預かってるよ。はい!」
「ファーレン……ああ、ベータ君のことか。奴はアルファのところに行ったのか?」
「確かノースポイントに行くって言ってたよ」
ノースポイント?




