媚薬をゴリ押しするえげつない国主
「ようこそ我が城へ。よく来てくれたなディーネよ。待ちわびておった」
「お久しぶりです陛下。着の身着のままで挨拶する無礼をお許しください」
「なにをいう。こうしてそなたを招いたのはこちらの身勝手よ。気にするでない」
「寛大な配慮に感謝いたします」
「して……となりの娘。直答を許す、名乗られよ」
「この度、アウタールフの名を許されました、クロと申します」
「……ほう。クロとな」
「はい」
食堂に招かれてついに王様とのご対面となった。のだが、見た目は予想と大きく違った。
立派な髭をたくわえた普通のオッサン。指にジャラジャラと宝石を付けてはいるが、個性を感じないただのオッサンだった。なんだったらカリスマ値は俺のほうが高そう。
中肉中背で魔力もそれなり。見下すような茶色の目もそこら中に転がっていて珍しさはない。キラキラした衣装は凄いが、とにかく表現が難しいほどに平凡だった。
それとは引き換えに、隣のスラッとした美女のほうは高貴な威厳を感じる。この女性が王妃、魚拓さんのお母さんだろう。彼と同じ眼や髪色。顔立ちも完全に母親譲りか。魚拓さんは死ぬほど母親に感謝したほうがいい。
薄っすらと笑みを浮かべて様子を見ているようだが、いずれ面倒になるのはこっちのほうだろうな。
「養子と聞いたが、双子と見紛うほど似ておる。近縁の出か?」
「血の繋がりはありません」
「そうか。そちらにも事情はあろう、深くは聞くまい」
「ありがとうございます」
「して、その装いにも事情があるのだな?」
「ご慧眼には恐れ入ります。こちらへはディーネの護衛としてまいりましたので」
「ほほう、護衛とな?」
「はい」
「よほど腕に自信があると見た。是非とも実力のほどを見定めたいものだ」
「お望みとあらば」
「クックック、胆の据わった娘っ子よな。気に入った、今宵はゆるりと楽しまれよ」
「感謝します」
「クク、ハッハッハッハ!愉快だのうファラよ」
「えぇ。とても」
実は俺、王族への対応などさっぱりわからないままここにいる。パパさんやママさんに教えてくれと頼んだのだが、クロなら大丈夫、と投げっぱなしにされてここまできたのだ。
ディーネも似たようなもので、最後の手段であったアイシャさんにお願いしたら、「礼儀が必要なのは相手だけです。全てはクロお嬢様の赴くままに」と、美しいカーテシーを決められて終わった。新手のいじめではないかと少しだけ疑っている。
着席していざ食事となるわけだが……ほう、あらあら、はっはっは、まぁっ、ってなもので、その話のなにがおもろいねんと言いたくなるほどツッコミ不在のビジネス会話が続いていた。本気でつまらん。これなら気配を消してニコニコしている魚拓さんの鼻毛を抜いて遊んでいるほうが百倍マシだ。
「ところでディーネよ。フィリップとの話のことだが――」
「父上。その件は僕に一任するとおっしゃったではありませんか」
「まぁそう言うな。私とて大事な息子のことなのだからな」
「陛下。食事時になさるお話ではありませんよ」
「おっと、すまなかったなディーネ。気が急いたようだ」
「滅相もございません」
とにかくテーブルが長くて声が聞き取りづらい。天井が高いから声の反響も強くてダブって聞こえるし、出てきた飲み物に薄っすら薬物(媚薬)も混じってるわでうんざりする。王様全力出し過ぎじゃないか?十四歳にナニをさせる気だ。
もちろんディーネには飲み込まないように言ってある。頭のアサガオちゃんから、中和できるから大丈夫と聞いてはいるが一応な。念には念をだ。
「本日の前菜は、アグネアトード―と野菜のパテとなります」
高級侍女さんが静かに配膳してくれるのはいいんだが、ここでもディーネの前に置かれた食事だけ薬物が混入されているらしい。いや、アサガオちゃんがいなかったら媚薬漬けにされていたんだが……なんなんだこのヒゲ……。
「我が城では客人をもてなすときに毒見役を用意しておる。そこは安心して……どうした?」
「発言してもよろしいですか?」
「……うむ、もちろんだ」
軽く手を挙げて黙っていたら発言を許された。ルールとかわからんが一応な。
「アウタールフ家の掟・三箇条の一つに、毒見は護衛の役目、とあります。こちらに任せていただけますか?」
「……しかし、この場においてはそなたも客人であろう?」
「鉄の掟を破る者には死、あるのみ。この場で断罪の儀を行わねばならなくなります」
「だ、断罪の儀だと!?今日くらいは特例でもよいではないか」
「許可をいただけないのでしたら仕方ありません。そこの君、悪いが書と筆を用意してもらえないか?遺書を書きたいんだ」
「陛下。アウタールフ家のしきたりをご存じなかったのですか?」
「し、しきたり……待て、わかった、あいわかった!そなたの仕事を許可する。落ち着かれよ……」
「配慮に感謝します。では失礼して」
もちろんウソだ。だが王妃にアシストされて借りを作ってしまった。たぶんこちらの味方をするという合図も兼ねているな。
さっそくディーネの前に配膳された前菜を一口でパクリ。ふむ、媚薬が入っている以外は問題ない。上品な味で小さいからいくらでも食えそうなパテだった。
さりげなくディーネと自分の皿を交換したのだが、笑顔でスルーしつつ合わせてくれた彼女には感動した。とても十四歳とは思えないほどの落ち着きと演技力だ。将来が怖い。
「あら、フフフ」
「…………うむ。よい食べっぷりだ」
「お兄様。ありがとうございます」
アサガオちゃんからのゴーサイン。ディーネも安心した表情で食事を始めた。
彼女はママさんから歩き方や食事などの所作を徹底的に仕込まれている。俺もその優雅な立ち振る舞いをパクってはマネをしているわけだが、ガチの上流階級は本当に別物だと思い知らされた。その証拠に、ディーネを観察している王妃も満足げに頷いているしな。
会話から仕草まで全部審査されたら息が詰まるってもんよ。やっぱり俺に貴族の世界は向いてないわ。
「こちらが、アグネアトード―のスープとなります」
めっちゃトード―押してくるじゃん。え、アグネアの名産?そ、そうだったの。食い物にだけは詳しいなアサガオちゃん。
「失礼」
「はい?」
ディーネに配膳されるほう(媚薬入り)を俺が受け取る。最初からこうすれば早かった。
「お、お待ちください。そのスープはこちらの席に――」
「なにか問題でも?」
「…………い、え。前もって順番を決めておりましたので」
「料理の内容は同じだろう。それとも、ディーネに配膳されないと困ることでもあるのか?」
「と、とんでもありません。ですが、順番がございまして……」
「妙だな……トーマ、この侍女は城の者か?」
「確認します!」
ビクンッと強い反応を見せる配膳役の高級侍女。トーマが逃がさないように容姿を確認すると、こちらに振り返って首を横に振った。
残念。あんたの事情は知らんが、バイオレンスガーディアンの俺と出会ってしまったのが運の尽きよ。
「陛下。お兄様に発言を許可していただけますか?」
「……う、うむ」
「ありがとうディーネ。陛下、どうやら彼女は部外者のようです。拘束してもよろしいですか?」
「な、なんと!?むぅ、記念すべき日になんたることだ……むろん許可しよう。おい、誰か――」
パァンッと俺の平手打ちが侍女の意識を奪った。我ながらきれいに顎を狙えたことに感動する。日に日に殺傷スキルだけが向上しているのはアレだが。
意識を失って倒れ込む女性を抱えて床に横たえ、念のために足を踏みつけて一本だけ折っておく。パキッと乾いた音が食堂を無音にさせたが、この程度なら可愛いもんだ。騒ぎにもなるまい。
ただ、後遺症が残りにくい安定型骨折になるようには気を使った。この女性が利用されているだけの可能性もあるからな。
「トーマ。片付けてくれ」
「は!」
何事もなかったように席に戻ると、スープを楽しんでいたディーネが笑顔で迎えてくれた。ノーリアクションのアサガオちゃんといい、こいつら俺よりも神経が図太いんじゃないか?
「……ッ」
「…………」
「面倒をかけましたわね」
「些細なことです」
「頼もしいわ」
楽しそうな王妃とは対照的に、王と魚拓さんは青ざめてこちらを凝視していた。根っこから役者が違うなぁ。
その後はディーネが会話で場を繋いでくれたので、トード―スープ(媚薬入り)をゆっくりと味わうことができた。ぬ、コクがあってなかなか美味いじゃないか。どうにかレシピを手に入れたい。
「こ、こ、こち、こちらが、アグネアトード―の香草焼きとなななりますぅ!」
今度は緊張した様子の若い侍女が鶏の丸焼きを持ってきた。今回は目の前で切り分けたものを提供するようだが、プルプルと震える手元が心許ない。大丈夫か?
あの肉もアサガオちゃんの観察眼によって媚薬が盛られていると判明。たっぷりと付着した部位を迷いなくディーネに食わせようとする気概は認めるが、ヤケクソになってまでやることではないと思うんだ。
俺は手を出し、こちらに置けと無言のプレッシャーを若い侍女に向けた。トントンッとテーブルを叩けば叩くほど侍女は涙をあふれさせ、無理やりやらされていることを全身が訴えているようで気の毒になる。
横目でトーマ君に合図を送ると、コクリと確信を持って頷きを返してきた。城に所属する高級侍女に間違いないらしい。
「……ぅ……ひっく……ぅぅぅ……っ」
若い侍女の涙は止まらなかった。ポケットからなにかの瓶を取り出し、盛られていない皿に液体を垂らそうとして嗚咽を漏らす。俺たちの目の前で堂々と。
王やヴィンスの関係者がチンパン並みの知恵を搾って出した策がこれか?計画どおりにいかないもんだから、急遽考えて実行させようとしたのだろうか?いやアホか、ペンギンに考えさせたほうがまだマシな結果になるぞ。
どう見てもこの若い侍女は善良な人間にしか見えない。家族を人質にされているのかは知らないが、なにがあっても実行しなければならないという強迫観念に囚われているのは傍目に見ても明らかだった。
いつだって逆らえない弱者はこうしてバカを見て終わるのだ。封建国家であれば珍しくもない話だが。
本当に胸糞の悪い――
「お兄様」
「ん?」
「私は、どうしたらいいのでしょうか?」
あ、察したっぽいディーネがキレそうになってる……う、う~ん、ここも少しだけでしゃばったほうがよさそうかな。
立ち上がった俺に反応してガチガチと歯を鳴らす若い侍女。先ほどの暴行を見ていたらそうなるのは無理もない。そんな彼女の手から小瓶を奪い取り、グビッと一気に飲み干して空にしてやった。
「ウソッ!?」
「……まぁ」
うわ臭ッ。樹液を飲み過ぎたカブトムシの味だ……。
匂いも最悪。香水を使って鼻うがいをしたような不快感が脳髄を駆け巡っている。おえ……。
「いい眠気覚ましだった。ご苦労」
「……ぇ」
「お兄様、その小瓶は眠気覚ましだったのですね?」
「そうだ。味はイマイチだったが」
「ありがとうございます」
口の中は地獄。だがディーネが本心から喜んでくれているのでよかったとしよう。
迷いを捨てたように表情を引き締めたディーネは、静かに立ち上がってお辞儀をするように頭を下げた。これは王妃に対し特別な発言の許可を得るためだろう。
「発言を許しましょう」
「感謝いたします王妃殿下。こちらの侍女の方を我が家にいただけませんか?」
「あら、まぁ。確かにわたくしなら許可を出すことは可能ですわね」
「お許しいただけるのでしたら、我がアウタールフ家は王妃殿下にとても感謝することになるでしょう」
「……素敵だわ。お願いはそれだけかしら?」
「それ以上のワガママはとてもとても。ですが、もしかしたら不快に思われる方がおられるかもしれません。正式な許可が得られるまでは、王妃殿下に彼女を保護していただけたらと」
「フ、フフフ…………いいでしょう、その侍女と家族の事はわたくしに任せてくださる?」
「心より感謝を。敬愛しております王妃殿下」
「わたくしもよディーネ様?」
なんか背筋が寒いな……とづまりすとこ……。




