レバ刺しの思い出
「アルテナ?そろそろ出発の時間だから――」
「うるさい!我も王都に行く!」
「そ、それは困るって言ったじゃないか……明日にはオーティン殿が到着すると連絡もあっただろう?」
「イヤだ!我もディーとクロちゃんと一緒に行くのだ!」
「お母様。少しの間ですから、ちょっとだけ我慢してくださいね?」
「そんなぁ……クロちゃんもなんとか言ってたも……」
「う……その、ママさんにもお仕事がありますからね。こればかりは仕方ないですよ」
「仕事と我のどっちが大事なのだ!?我であろ?我と言ってたも~」
「仕事があるのは君だからね?」
この姿を見たらどっちが母親かわからんな。見た目なんてほぼ姉妹にしか見えないくらいだし。
力一杯抱きしめられるとちょっとだけ苦しいが、ディーネはなんだかんだと嬉しそうだった。きっとこれがこの親子にとって当たり前のスキンシップなのだろう。俺は今、アウタールフ公爵夫妻が理想的な親の姿に見えて尊さを感じている。
もしも二人の子供として生まれていたらマザコンになっていたかもしれないな。こんな可愛いのが母親だったらどうする?授業参観の日なんて自慢しまくる自分の姿が見えるようだ。
「ではお父様。お母様。行ってまいります」
「あぁ。体には気を付けるんだよ」
「イヤだイヤだイヤだ!!我も行くっ!我も!」
パパさんに担がれて退場したママさんは姿が消えるまでずっと抗議していた。俺たちが笑顔で手を振り続けていた横で、ほぼ無視されていた魚拓王子が不憫でならない。何度も言うが、決して悪い子ではないんだ。
王都までの道中は、予想していたような襲撃はこなかった。俺たちは知らないふりで術式の訓練をしたり、スクワットをしたり、時には隙だらけで無防備な姿を晒すこともした。それでも奴らは動きを見せる様子がなかった。一人はサンブルグで畑の肥料になったそうだが、残る二人は今も堂々と護衛面をしている。
そこでふと思ったんだ。一人減らしてもよくね?と。
アイシャさんをのぞき、護衛は全部で六人。王族の護衛としてはありえない少なさだ。まぁ一人拘束したところでどうということもないだろう。泳がせるのは一人でいい。
「ディーネ。ちょっと排泄してくる」
「では私もご一緒に」
「ご一緒しません。アイシャさんよろしく」
「御意」
「アイシャ。邪魔しないで」
「ディーネお嬢様。はしたないですよ?」
「……君たちはなんのケンカをしているんだい?」
真面目な話、敵は二人より一人がいい。俺の懸念を理解しているディーネなら、きっと事後報告でもわかってくれるだろう。
せっかくだ。この休憩時間を利用して奴らの目的も炙り出そう。魚拓さんとディーネの護衛はアイシャさんに任せ、俺とアサガオちゃんは行動を起こすことにした。誰もが無防備になる瞬間を利用して。
「そこのカッコいいお兄さん。護衛を頼みたいのだが」
一斉に振り返った近衛兵の連中を見て真顔になった。ほぼ全員が自分をイケメンだと思っているらしいが、どうすればそこまで自信が持てるのかと鏡を押し付けながら聞いてみたい。調子乗んな
「そこの君にしよう。頼めるか?」
「り、了解しました。どちらにいかれるのですか?」
「あっちの茂みで排泄しようと思ってな。よろしく頼む」
「…………ぇ」
人間が無防備になる瞬間の一つ、排泄。茂みに一人となれば行動を起こすには絶好の機会となるだろう。こいつも我慢できずに襲いかかってくるはずだ。
「だったらお嬢さん。俺を選んでよ。ちょうど喉が乾いたからさぁ」
「……ふざけるなよ変態が。アウタールフ家の御令嬢に気持ちの悪いことを言うな」
「おいおい、アグネアジョークに決まってんだろ?水分補給を掛けたこのセンスがわからないもんかねぇ」
「チャラチャラチャラチャラと……前から気に入らなかったんだ。貴様は俺の金玉から滴る汗を舐めろ!クズにはそれで水分補給するのがお似合いだ」
「……イカレてんのかてめぇ!」
「黙れ。御令嬢に近づくな」
……二人はよほど仲が悪かったのか、チャラ男をマウントポジションで殴り始めてしまった。なんか止めるフリをしながら足で参戦している奴もいるし。チャラ男恨まれているな。
まぁチャラいほうはヴィンスの子飼いらしいから知ったこっちゃねぇや。
「失礼しました御令嬢。奴にはきちんと立場をわからせますので、どうかご容赦を……」
「いいだろう。処分は任せる。だがこいつは借りていくぞ」
「え、えぇどうぞご自由にお使いください。トーマ、きちんと守り抜けよ?」
「……了解」
トーマ君とやらを連れて茂みの方へ歩いていく。後ろから聞こえてくる肉と肉のぶつかり合う音にトーマ君は何度も振り返っていた。
「あの木の陰でブリブリするからここで見張っていてほしい」
「は、はい……あの、紙は足りますか?」
「大丈夫だ、問題ない」
よし、あとはここで奴が行動を起こすのを待つ。人は計画が狂ったり、失敗を繰り返すと普段より口が軽くなる。このサプライズで色々と吐いてもらおうじゃないの。
――そうして五分ほど待ったのだが、襲ってくる気配がなかった。
「ごしゅ。ブリブリしないです?」
「それは誘き出すためのウソ……のつもりだったが、確信が持てるまで動かないタイプかもな。仕方がない、アレをやるか」
「アレ?」
「フ、昔取った杵柄ってやつだ。まぁ見てろ」
俺は昔からモノマネがちょっとだけ得意だった。持ちネタが酒の席で役に立ってくれる程度には。年中シングルベルを鳴らしていた俺にとって、飲み会はプライベートでもだるい現場だったがな。
しかし、酒が入った人間のインテリジェンスは著しく低下する。なにが言いたいのかというと、下ネタでも受け入れやすくなるのだ。
酒に酔って頭脳アンポンタンな連中にくれてやる芸など下ネタで充分。そこで俺が編み出したのは、“レバ刺しを食ってトイレを占拠したオッサン”というボイパ仕込みの汚い技であった。これがまたウケるのなんの。
さぁトーマ君とやら、カンピロバクターと戦うオッサンの慟哭を聞くがいい。
「ごしゅ、ごしゅ」
「……どうした。今は集中したいのだが」
「ごしゅはなにをしたいです?」
「なにって、あいつはヴィンスの子飼いだろ?二人いるんだから一人減らして安全を確保しようとしているんだ」
「じゃあ、いまごしゅはなにしてるです?」
「だからあいつが襲ってくるのを待っているんだって。正当防衛じゃないと他の護衛たちも納得しないだろ?」
「でも、ごしゅはねらわれてないです」
「…………」
…………そう、ですね。
どうして俺も狙われていると勘違いしたんだ?あいつらが狙っているのはディーネだけじゃねぇか……。
「冷静に考えると……そうだな」
「……ごしゅ」
「ごめん。その、ヴィンスにケンカを売られたからぶちのめす口実を得たわけじゃん?だからテンションがこう、な?」
「ごしゅはあばれたいだけ――」
「ど、どうした?続きを言いなさい」
「ムシケラのむれがちかづいてるです」
「なに?」
おっと別動隊の襲撃か?といっても今のディーネとアイシャさんを崩せる奴なんてそうはいないだろうが。それこそ、ベータ君クラスの猛者を投入しない限り歯が立たないだろう。
強化率を調整できるようになったアイシャさんの身のこなしはカサンドラに匹敵する。さらに動ける盾と化したディーネはなんというか、移動要塞?血統による縛りを付与した結界術は予想以上に強固となった。時間稼ぎなら問題はない。
「ディーネが狙いにしても、随分と考えなしに強行してきたな」
「このムシケラどもにはおぼえがあるです。ごしゅがあつめたやつらです」
……なんですとッ?
「今はサウスの夜会だったか。そうなるとロフが部下を引き連れて……いや、なぜディーネを狙う?アウタールフ家を敵に回すほどアホではなかったはずだ」
「どうするです?」
「事情はわからないが、ディーネの安全を最優先とする。行くぞ」
「あい!」
早歩きでトーマ君に声をかけたらソワソワしていた。しかも控えめに紙は足りましたか?と聞いてくるデリカシーのなさ。これにはさすがのアサガオちゃんも、顔を横に振りながらアメリカナイズで肩をすくめている。やれやれだぜ。
なんかイラっとしたので、紙が足りなかったから手で拭いたぞと言ながらほっぺを挟んでグリグリしてやった。なのになぜか顔を赤くして喜ばれた。
キモ……。




