宿敵
神父への挨拶もそこそこに、マリーネの後ろを歩きながら自問自答していた。
キャラメイクのために孤児院まできてしまったが、これで本当によかったのだろうか?さすがに手ぶらというのもアレなので、ブルーに馬車と差し入れを用意してもらってプレゼントもした。今ごろブルーがシスターたちと倉庫に運んでいるはずだ。
それから俺とカサンドラの話がかみ合っていない。長男のアレク君がいないじゃないか。てっきりここにいるもんだとばかり思っていたが。
カサンドラも最初は馬車の中で震えていたのに、いきなり胸を揉めばいいじゃないとか言ってくるし、あの子なんなん?普通に怖いんだが……。
「たくさんの支援物資をありがとうございます。本当に助かりますわ」
「いえ、これまで放置せざるを得なかった俺に非がありますのでお気遣いなく。ところで、帝国からの迎えはいつ頃到着する予定ですか?」
「実は、まだなにも……」
「そうでしたか」
タブレット先生によると、マリーネは帝国の公爵令嬢(二十歳独身)でありながら、特務隊とやらの隊長を務めていた有名な武人らしい。見た目はおっとりした銀髪美人にしか見えないが、槍を使わせたら右に出るものはいないとか。仲良くなれば、帝国トップクラスの戦力を知るいい機会になるだろう。
そんな実力者を匂わせるマリーネではあるが、彼女が死の谷から無事に生還できる姿が想像できない。
翼竜程度なら問題は無いだろう。だが、巨大ジョロウグモ以上の化け物は難しい気がする。葉っぱ一枚で殺し合ってきた俺にはそれがなんとなくわかる。
意外にカサンドラも戦闘面に限れば優秀らしい。マリーネほどの強者感はないが、あのバッファローくらいなら瞬殺できるんじゃないか?比較するとしたら…………なんだっけあの傭兵。名前を忘れたが、俺は幹部の傭兵よりもカサンドラに危険を感じている。いろんな意味で。
「カサンドラ殿。この国で信頼できる仲間はいるのか?念のために言うが、間違ってもそこらゴロツキなんかを使ってはいけな――」
「総帥」
「――い……なんだ?」
「他人行儀すぎませんか?」
他人ですけど……。
「……なれなれしくされても君が困るだろう?」
「マリーネ様は信頼できるお方です。いつもどおりで構いません」
「……だがお二人は他国の貴族令嬢。最低限の礼儀は必要だ」
「それ、いつも私の胸を揉んでた人が言う言葉ですか?」
「まぁ!」
高貴なお嬢様のまぁ!いただきました。
実際これまでのクロード君は好き勝手やっていたらしいからな。すまないが、俺には謝ることしかできない。
「カサンドラ殿。許してほしいと言う資格はないが、本当に申しわけなかったと思っている」
「会うたびに胸を揉まれてチュッチュってされました」
「ぅ…………お詫びとして、お二人と関係者が帰国できるように協力させてくれ。俺には信用できる人材や人望はないが、都合よく使ってくれて構わない。荒事ならそれなりに役立つはずだ」
「うふふ。クロード様の協力が得られてよかったですわね。カサンドラ様」
「はい。がんばりました」
「きゃあかわいい!」
美女と美少女がニャンニャンしている。眼福眼福、やはり時代は百合であったか。
さて、これでやるべきことは二つ。ほっとくと死にそうなカサンドラたちを帝国に帰すこと。そして救世の宿命を持つと書かれていた少年の確認だ。
クロード君は十六歳になったらその子にぶっ殺されるらしいし?先生も実際に目で確認しないと詳しいことを教えてくれなかった。情報を小出しにしたり、ネタバレしたりと先生の内容が不安定すぎる。どんな意図でそうしているのか全くわからない。
案内された広めのリビングでは、子供たちが集まり勉強会が開かれていた。
その中でも異彩を放つ黒髪黒目のイケメン候補。間違いない、あの子が将来クロード君をぶち殺すアーク君(十二歳)か。カサンドラが派遣された理由であり、御落胤の肩書を持つ帝国のサラブレッド。
先生にも本来の筋書きは詳しく書かれていないが、あの子を送り返せば面倒な話も消えて無くなるはず。フフフ、キャラメイクの足音が聞こえてきよるわ。
「ごしゅ。あのくろいムシケラはえーてるてきおうしょうがいをわずらってるです」
「そのエーテル適応障害とは?」
「えーてるをむこーかするです」
「無効化?もう少し具体的に」
「まじゅつをはつどーできなくするです」
「……俺の天敵じゃん」
「あい」
主人公してんなぁ……あ~やだやだ。
「あの子とガチンコバトルはやめておこう。元から敵対するつもりはないが」
「ごしゅにかなうムシケラはいないです」
「この世界には主人を持ち上げながらドラゴンの生贄にした妖精がいるらしい」
「ごかくだたです」
「言いわけが苦しいぞアサの字。畑の肥料になりたくなかったら寝てろ」
「あい」
とにかく、未来のクロード君はご愁傷さまです。キャラメイク後はアーク君と仲良くしとこ。でもまぁ所詮はゲームだし、そこまで悩むことでもないけどな。
よし、これで段取りはできた。カサンドラたちには早急にお帰り願う。主人公とその他大勢を遠くにやれば、オープニングそのものが消滅して一気にキャラメイクへって寸法よ。
フハハハ。俺の美少女ハクスラ祭りを邪魔する奴は消えてしまえばよかろうなのだッ。
「クロード様、お待たせいたしました。お茶を用意しましたので、こちらへどうぞ」
「おぉ、ありがとうございます」
「わー!」
「キャッキャッ」
「コ、コラ待ちなさい」
トテトテと走る子供たちを見ていると頬が緩んでしまう。
すると足元にやってきた幼女が、指を立てて内緒にしてほしいと合図をしてきた。わかったよと頷いてあげると、俺のローブの中に潜って身を隠してしまった。
もちろん中身は全裸だ。
「ちょ、ちょっとジェシー!?」
「えへへ―」
や、やめるのだ幼女……それを握ってはいけないのだ……。
くそ、せめて葉っぱを装備していれば……アサガオちゃんが正しかった。黙って言うことを聞いていればこんなことには……あ。
「なにこれなにこれー」
「……ッ」
「ふぇぇ、なんかおっきくなった!」
「な、なんてこと!ジェシー、早く出てきなさい!」
「えー?」
「えーではありません。貴族の方に無礼を働いてはいけないのです!」
「あのねあのね、この人のおまたにおっきなキノコが――」
「おだまりなさい!」
担当のシスターが幼女を下から引きずり出してくれたおかげで難を逃れることができた。だがあの幼女は俺が全裸であることをバラしてしまうかもしれない。口止めしたい。だが幼女はシスターに抱っこされて行ってしまった。
追いかけねば…………しかし、俺が幼女の立場だったとしたら?
見知らぬ全裸が全力で追いかけてきて、必死な形相で口止めしてをきたらどうする?
俺ならホクホク顔でみんなに言い触らすと思うわ。
「お待たせいたしましたクロード様。お茶の用意が……どうかなさいました?」
「問題ありません。それよりも今後の話をしましょう」
「どうして泣いているのですか?」
こじんまりとした応接室でゆったりを紅茶をいただく。うむ、悪くない。
あぁ。こうして人生を諦めると、とても穏やかで柔らかな気持ちが俺を包んでくれる。明日には全裸マンとしてマリーネたちから白い目で見られるだろう……が、広大な宇宙の中では些細な出来事の一つに過ぎん。
それに泥を被るのは未来のクロード君だけだ。俺には関係ない。
「……子供たちの元気な姿に感動したんです」
「まぁ!」
「旦那様は子供好きなんですね」
「嫌いではないよ。俺も子供だからな」
旦那様ってなんだ急に。別にどう呼んでくれたっていいけども。
「それはともかく、俺は今後どう動けばいい?そちらにとって都合のいいように使ってくれて構わない」
「……実は最近、国からの連絡が遅れているんです」
「向こうの受け入れ態勢が整っていないのか?」
「おそらくは」
「なら勝手に動くと面倒なことになりそうだ」
「帝国は継承者争いで大混乱ですもの。きっとどの部署も手が足りないのですわ」
「ぇ、それなら帰るのは危険すぎませんか?安全を確保できるのなら問題はないでしょうが……」
「はい。とっても危険ですの」
「えぇ……」
カサンドラ。君、フンスフンスと元気に頷いてるけど減点な。
プロフィールを見たときに思ったけど、この娘ポンコツ過ぎて逆に愛されるタイプだ。でも放っておいたらすぐ死にそう。
「継承者争いが落ち着くまで様子を見るのが無難だと思いますが」
「そうしたいところですが、私たちは殿下をお連れする勅命を受けていますので」
「……勅命か。安全を確保できる場所に当ては?」
「国境を越えたら派閥の拠点がいくつかありますの。けれど……」
「彼らとの連絡が取れません。確実に襲撃があると考えたほうがいいですね」
ほーん。先生で地図を確認したが、小国であるアグネア王国と隣接する西側方面の全てが帝国領。大陸で最大勢力を誇る帝国が、二大派閥による権力闘争によって分裂の危機に瀕している。なのに、彼女らは御落胤という新たなる風を投入しろというバカげた勅命を受けているらしい。もう何がしたいのかわからんな。
「なるほど……では、襲ってくる敵の規模はどれくらいを想定しているんだ?」
「こちらの状況は把握されてますから、両派閥からの襲撃が予想されます。どう少なく見積もっても……五十は下らないかと」
「現状を考えると手練れは少数だと思うのですが……わたくしやカサンドラ様でも、五人以上に囲まれたら殿下を守り抜くのは難しいでしょう」
「五十か。百や千ではなく?」
「……旦那様。それはもう襲撃の範囲ではありません」
「もはや討伐隊の行軍ですわね」
確かに……百や千も並べたらそうなっちゃうか。でもなんだ、たった五十かよ。心配して損したわ。翼竜どころか、筋肉バッファローにも満たないのが五十前後?楽勝だろ。
クロード君の膨大な魔力ありきではあるが、ドラゴンブレスを耐え抜き、ドラゴン猫パンチでさえ軽い打撲で済ませた魔力障壁を他者にも付与することができる。さらに広範囲魔術で一掃なんてこともできちゃったりするのだ。問題はないだろう。
「それなら話は早い。今からすぐに帰国の準備を進めてもらえるか?」
「え?」
「俺がみなさんを無事に安全地帯まで送り届けよう」
唖然とした二人に対し、ニチャァと笑ってやった。