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“明鏡止水”が生まれた理由



「それで先生。剣聖の足取りが不可解ってどういうことだ?」



 “はい。まず前提として大陸保護システムの根幹を司るマザーベースは最北端の地下にありました。さらに中継施設として最西端、最東端、そしてシステムを継承した最南端。我々の拠点がそこですね。問題のアルファですが、最東端にあった施設に向かったまま痕跡が消失しています。それも半年前に。”



「へぇ……でも帝国は西側だよな。それがなんで東に?」



 “それも不可解な点の一つです。本気のご主人様と死の谷のアレらは例外ですが、アルファには最高峰の力を持たせています。魔獣やその他に破壊された可能性は万に一つもありえません。例え扉が目の前で開いたとしても生還するでしょう。”



「ふむ。だから余計に消えた理由がわからないと」



 “捜索するにはログを辿るしか方法はありませんが、生物は最東端へ行くことができません。東の施設は険しい山の奥地にあり、ある時期を例外として致死性のガスが充満しています。密閉された防護服でもなければ通ることもままなりません。”



「それじゃあ探しにも行けないな。う~ん、なんか帝国が大変らしいから、できれば戻ってもらいたいんだが。こっちにまで火種が飛んできそうじゃないか?」

「ジュルジュル!!」

「君は焦らんでいいからゆっくり食いなさい」



 “ご主人様。可能な範囲でアルファの情報を集めてもらえませんか?”



「わかった。豚肉さんとも連絡できるようにしたから、できる限り探ってみよう」



 “感謝します。あなたが我が主になってくださった幸運に。”



「大げさだな。持ち上げるのはやめてくれ」

「てんすーかせぎです。こいつはごしゅをりよーしてるです。わるいヤツです」

「利用して利用される。お互いに利がある仲というのは、偽善的な友情よりも健全だったりするからなぁ。そこにはある程度の信用があるから」

「ごしゅはうけいれすぎです。しんぱいになるです」

「心配するな。俺の相棒は君だ」

「……うん」



 そっとアサガオちゃんを抱きしめてそう囁くと、お返しとばかりにギュッと俺の髪を握りしめ、甘えるように頬ずりをしてくる。


 いけないなぁアサガオちゃん。こんなにチョロいと悪い男に騙されちゃうぞ?やはり相棒として俺がしっかり見てあげないといかんな。そのためにもまずは自衛手段として武器を――あ、そうだった。魔石どうしよ……。



「ここで魔石を掘るのは無理になってしまったな」

「とってくるです」

「よせよせよせ!危ないことはやめなさい」

「ボクがんばるです」

「今でも充分だ。君を失ったら俺はどうすればいい?」

「……ごしゅ」



 甘えてくるアサガオちゃんがとても可愛い。すっかりいつものノリで焼き肉パーティーをしてたら宿の人にしこたま怒られたでござる。すまんこって。


 アサガオちゃんの甘えん坊モードはディーネが帰宅するまで続き、突然キリっと普段通りに戻る様子がとても面白かった。先生にはその映像を記録してもらったので後でこっそり楽しむとしよう。


 って録画できるんかいッ。カメラいらないじゃないか。そこはちゃんと教えてくれよ先生……。






 数日後、俺はアウタールフ家が所有する高級馬車の中で揺られていた。

 さすがは高級品。一般的な馬車とは乗り心地が違い、広い作りで揺れが少ない。とても快適である。


 そして件の魔石採掘所だが、めでたく封鎖となった。


 放置して大丈夫かと先生に尋ねると、シロアリがクロアリに制圧されるのは時間の問題。クロアリは地下を根城に活動し、老いた個体は巣を補強するために外枠を覆うように死を迎える。だから地上付近に姿を見せることは極端に少ない。やがて死した個体の外骨格がさらに巣の周りを補強し、魔核と呼ばれる心臓部が魔石になるという。


 地下の魔石が枯渇しないのはアリのおかげ。そういうことらしい


 さらにクロアリが主食であるシロアリを養殖すると聞いて驚いた。先生は興奮気味に長々とそのプロセスを解説してくれたのだが、一割も頭に入ってこない。だってアリの生態なんか興味ないんだもの……簡単に言うと、アリの世界は数の増減も含めて命のサイクルが上手にできてますよってこと。


心の底からどうでもよかった。



「あの、やっぱりもう少し時間をもらえないか?なんかこう、図々しいような気がしてさ……」

「今さらなに言ってんすかお兄さま。いい加減に諦めてくださいよ」

「蘇って再登場とか、恩の押し売りみたいで恥ずかしいんだよ……」

「ですが左腕も生えてくださいましたし、お父様とお母様も大喜びしますから」

「腕が生え――腕が生えたっ!?」

「おれも再会した時は驚きましたけど、お兄さまですからね。きっと団長もすぐに慣れますよ」

「腕が生えたことに慣れるっ!?」



 慣れるわけねぇだろ……俺だってあの時は顔面蒼白だったわ。



「だけどさぁ、堂々と姿を見せて感謝しろみたいなのは嫌だろ?だがハチミツはよこせ」

「ウフフフ。お兄様がお望みなら全て差し上げます。ですから共にいらしてください」

「……ちゃんとハチミツをくれるなら」

「なんかハチミツの比率高くないですか?もっとお嬢の気持ちに動かされたとかでお願いしたいんすけど」

「おまえらはハチミツいかです。それをりかいするです」

「あ、思ったよりこの妖精さんヒデェこと言いやがる」

「妖精!?ど、どこに妖精がいるのだ?」

「グレゴリー様。アサガオ様でしたら、盾にお絵かきをされてますよ」

「盾――むむ……そういえば最近、マントや武具にラクガキをされていたがまさか――」

「アゴはくたばれです」



 すまない騎士団長、俺では止められないんだ。

 なぜかアサガオちゃんは騎士団長を目の敵にしている。といってもイタズラの範囲(?)だから許してあげてほしい……本当にすまんこって。


 ふと、窓から外を見ると懐かしいサンブルグの城壁が見えてきた。こんな形で舞い戻ることになるとは思わなかったが、ディーネとの再会は俺にとっても喜ばしいことだ。彼女の元気な姿を――






 ――な、んだ?立ち眩み……いや、この感覚は前にも。


 そこは暗い世界だった。全方位なにかしらの残骸で埋め尽くされ、浸食するように世界がゆっくりと消えていく。そしてボロボロになった俺がそこに倒れていた。クロード君の体ではあるが、間違いなく俺だと確信が持てる。


 またこの奇妙な感覚か。この現象はいったいなんだ?なにを伝えようとしている?



「そこにいるんだろ?頼むから聞いてくれ……聞こえてくれ……」



 思わず苦笑いが浮かんだ。このテンションと口調は疲れ切った時の俺だったから。



「……さすがに話は無理か。まぁいい、時間がないからそのまま聞いてくれ」



 ズタボロで両足を失い、立つこともできそうにない俺が語りかけてくる。



「お前が俺と同じ道を辿っているならわかるだろうが、俺はずっと傍観者のままでいた。その結果がコレだ」



 崩壊した世界はじきに飲まれて消える。漠然とそんな風に感じた。


 なんのイベントかは知らないが、クロード君と同じ見た目を使うのは悪趣味が過ぎる。それも無駄にスケールのでかい風呂敷を広げてどうするつもりだ?



「俺たちはただの凡人でしかないが、魔晶石に適合したのは俺たちだけだ。間違えるなよ?今日まで適合できたのは俺たちだけなんだ。ヒーローが現れたりはしない。お前が動かなければ、今の俺と同じ姿になるだけだ」



 そもそも魔晶石がわからないのだが……。



「お前が俺なら必ず疑っているだろう。だから証明しておく。米を炊くときはちょっとミリンを入れる。大きめのスプーンに大さじ一杯だ。最初は小さじだったがな。それと納豆にはマヨネーズを入れないと気が済まない。もちろんからしも多め。最後に、目玉焼きにはめんつゆだ。これだけは譲れない。信じたか?」



 あ、コイツ間違いなく俺だわ。他人ならこんなくだらない証明手段を考えるわけがない。



「信じてくれたことを祈るぞ。魔晶石に残った最後の魔力を使って、サンブルグにきたお前に伝える」



 場所をトリガーにメッセージを残そうとしたのか?確かに以前もサンブルグに到着したら似たような幻覚を見たんだっけ。



「きっとお前がここにきた時にはもう廃墟になっているだろう。だが今すぐにアウタールフ家の跡地で地下を探せ。ちょうど町の中心だ。そこで公爵家の娘を助け出せ。彼女を治療してから半壊した獣人国まで送り届けるんだ。そうすれば彼らの信頼を得られる」



 これは間違いなくディーネのことだな。ディーネのお母さんは獣人国の出身。その繋がりを使えってことか。



「俺たちの世界もこっちの世界も同じだ。人間の本質はなにも変わらない。最後まで扉に抵抗できたのは獣人国だけだった。味方になるなら彼らがベストだと思う。扉のことはわかるよな?もしもわからないならすぐに調べろ。公爵の娘を助けた後に」

「そうは言ってもなぁ……」

「……は?喋れるのか?」

「は?そっちも俺の声が聞こえるのか?」

「おいふざけんな!時間が無いんだからもっと早く声出せよ!」

「そ、そんなこと言われても……マジで会話できているのか?」

「あーもう時間がッ……く、このウルトラバカめ!脱肛しろ!」

「黙れ死にぞこないが。文句言ってないで必要なことを言え」



 世界が消えかけていた。まるで扉の中に飲まれるように浸食される。



「……俺がこの世界で習得した術を魔晶石に残した。適当に“明鏡止水”と名付けたから上手く使え。使いこなせるまで時間はかかるだろうが、お前が生き残るには絶対に必要だ」



 お前が作ったのか。

 ありがとう、過労死するくらい頼りまくってます……。



「もう理解しているだろうが、どうあがいてもこの現実からは逃れられない。自分がどうにかするしかないんだ。とにかく魔晶石のデータを活用しろ。扉の影響で分岐した世界の情報もきっとあるはずだ」

「待て、分岐した世界とはなんだ?」

「……巻き込まれた俺たちは運が悪すぎたんだ。よりによってこんな地獄に――」

「おい待――」






 ――馬車の揺れに意識が戻った。


 穏やかなそよ風と草の香りが、理性に働きかけて落ち着きを取り戻してくれる。だが、思考だけは激しく混乱したままだった。



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