義弟はカエルが嫌い
「仕事だゴズ。これからはラット様の護衛にならないか?」
「ブ、ブモ」
「クロさん?」
ゴズは預けた日よりも明らかに横幅が広くなっていた。ぐーたら生活をしていたのが見た目だけでわかるとかお前さぁ……。
「今日まで随分といい生活をしていたみたいだが、ラット様の護衛になればもっとニンジンを食わせてもらえるぞ」
「……ブモ」
「もちろんだ。ね、ラット様」
「え、え?」
「ゴズならそこそこの護衛になります。外出するときはこいつに乗っていくといいですよ。なぜか人の言葉を理解しているので命令も守ります。たぶん」
「たぶん!?たぶんじゃ怖いですよ!アグネアの猛牛なんですよっ?」
「でも今後は護衛がいないと殺されるかもしれませんよ?その点ゴズなら威嚇にもなります」
「…………クロさんって何者なんですか。このゴズさんも言うこと聞いてるし、アウタールフ家の令嬢ってだけじゃないですよね?」
「どこにでもいるダンスが得意な狩人ですよ。それでいいじゃないですか」
「ははは、どうみても高貴な女の子にしか見えないですけどね」
だろうな。この見た目と声だし。
俺も現実なら他人を見た目で区別はしない。でもな?家に帰って鏡を見れば特徴のないヘチマみたいな顔が映るんだよ……だからせめてゲームの中くらいは美少女の尻を楽しみたかったんだ。今はちょっと計算が狂ってこんなことになってしまったが、後悔はしていない。
そこに眉間を抑えながらショックを受けた様子の騎士団長と豚肉さんが戻ってきた。
せっかくなので二人の茶も用意してやるか。茶菓子として串肉も焼いておいた。感謝しろ。
「……こ、これはいったい」
「あの、なぜここにテーブルやティーセットがあるのでしょうか?」
「俺が用意した。まぁ座ってくれ」
「ええ!? いえそうではなくでですね……これほどの荷物をどこにお持ちだったのかと不思議に思いまして」
「そんな些細なことより茶でも飲んでくれ」
「それは、本当に些細なのでしょうか……」
「アウタールフ嬢。茶に焼き鳥とは粋な計らいですね」
「当たり障りのない皮肉をどうも。でもこれからは意外性の時代ですから。まぁとりあえず召し上がってください」
「では失礼して――ん!上手い……」
「本当ですね。この味はトード―(鶏肉)ですか?とてもおいしいです」
いや、川にいたカエルの肉だが。たまたま撃退して食ったら美味かったからな。たんとお食べ。
「そちらの話は終わったんですか?」
「えぇまぁ……全てを信じることは難しい内容でしたが、これまで不審に思っていたことがさらに疑わしくなりました。しかしながら、自分の目と耳で確認するまでは納得できそうにありません……」
あんた忠誠心高そうだもんな。そりゃあ信じていたものが否定されたらショックだろうさ。上から目線で言うわけじゃないが、誠実で立派な人だと思う。普通ならここまで冷静に話を聞くなんてできないだろうし――む、どうしたアサガオちゃん……。
なんかアサガオちゃんが先生をドアップで見せつけてきた。
“騎士団長は近いうちに毒殺されるかもしれません。彼の能力を失うには惜しいと思われますが、どうされますか?”
はい?そんなん俺にどうしろと……。
“扉との戦いではご主人様の犠牲により多くの命が救われ、未来に大きな変化が生まれました。それは一滴の波紋によって予測の正確性が失われたことを意味します。ご主人様ならばジェシーの父親を救う未来へと導くことも可能でしょう。”
ジェシーの父親?あいつって赤髪……だった。え、マジで?団長がジェシーの父親だったのか。じゃあなんであいつは孤児院に?
“母親は自分の名前さえも伝えずに出産しましたが、体が弱く難産であったために帰らぬ人となりました。”
うわ、そこはちゃんと言えよぉ……二人で話し合ってからでも遅くなかっただろうが。でもそうせざるを得なかった事情があったのか?そもそも他人の俺がとやかく言えることじゃないが。
先生を持つアサガオちゃんの手が震えている。
……そうだ、ジェシーはお気に入りだったもんな。それでこの事を俺に教えたのか。お気に入りの子には幸せになって欲しい気持ちはよくわかるよ。
ふむ。アサガオちゃんの願いならば是非も無し。わかった、任せておけ。
俺と目が合ったアサガオちゃんはどこか安心したように溜息を吐いていた。この一瞬で分かり合えるほど仲良くなったんだなぁという感慨深い思いが込み上げる。友のためならと思えるのは存外に悪くないものだった。
しかしどうやって団長の死を回避する?俺がこっそり団長に付いていくのも可能だが、それは得策とは思えない。いつどこでどうやって殺害されるのかさっぱりわからんからな。なので、ここは副団長の情報で釣るのが最善ではなかろうか?
先生、副団長はどこですか?
“帝国に帰りました。”
なんでやねんッ。つーかマジで帝国人だったのか……。
仕事の引継ぎとかはちゃんとしたのか?そこはしっかりやらないと次の人が大変だぞ。
あ、豚肉さんにも聞きたい事があった。忘れるところだったぜ。
「プールトンさん。こちらからも質問させてくれ」
「はい。お答えできることであればなんなりと」
「剣聖殿は扉に関与しないスタンスなのか?」
「…………」
豚肉さんの激しい動揺が伝わってくる。俺がこんな質問をしてくるなんて予想もしていなかったのだろう。
先生や剣聖アルファは本当に扉の対抗策を考えているのか?俺はそこを疑っている。
先生がアルファの情報を制限するのはそうしなければならない理由があるからだろう。それは別にどうでもいい。そしてアサガオちゃんが扉を放置する予定だったと言っていた。つまり、先生が味方とするアルファが扉を放置するのは別に不自然なことじゃない。けど、どうにも納得できない部分もあるんだ。
単純にさぁ、こいつらが本気だったらどうにでもなったのでは?特に剣聖アルファとやらの噂なんて相当だろ。全力全開のクロード君以上に凄そうだし。
「あんたが剣聖殿に従っているのはわかっている。別に隠すほどのことでもないと思うが」
「……いやはや、恐れ入りました。あなた様はどこまでわたしたちのことをご存じなのでしょう」
「別に詳しくなければ興味もない。疑問はどうやって扉に対抗するのかってことだ」
「まさにその手段を模索している最中にございます」
「剣聖殿がアウタールフ領に発生した扉を放置することを決めた理由は?」
「お待ちください。我が主は放置するとは仰っていません。ちょうど半年ほど前に知り合いと相談してくる、と帝国を出て以来お戻りにならないのです。だからわたしたちも情報を集めるのが精一杯でございまして……」
半年も?先生はご存じですか?
“確かにアルファが北に向かってからの連絡は途絶えています。あの子は自由なので暇になると旅に出るクセがありました。なので不思議には思いませんでしたが、半年ともなれば不可解です。調べてみましょう。”
まぁ尻尾は出さんか。でも調査報告次第では黒幕説が濃厚になるかもな。
「……最近はめまぐるしく状況が変化しております。我が国でも帝位の継承が行われましたが、新体制に反発した派閥が徒党を組んで争っている状態です。我が主の不在ゆえに起きた悲劇としか思えません」
帝国は今そんなことになってんのか。カサンドラたちは大丈夫かな……。
「混乱が激化した上に災厄の扉です。上層部に申告しても動く気配はなく、我々だけではどうにもできないと諦めざるを得ませんでした。さらに帝国の者が獣人国を巻き込もうとしていたという情報も入りまして……もはやお手上げ状態。未だに手掛かりは掴めずじまいです」
俺に聞きにきたくらいだもんな。これじゃ時間の無駄だよ。
だが豚肉さんは今後の情報源としてなら使えるだろうか?ちょっとしたエサで彼を利用できればいつか役に立つかもしれない。
「アウタールフ領が無事だったのは偶然だ。そして同じ状況は二度と再現できない」
「偶然でございますか……では仮にまた大きな災厄が訪れたとして、現帝国の戦力をもってすれば対抗できるでしょうか?」
「そんなのはわからない。だが騎士団長の部下を基準とするなら、二人がかりで安全に怪物一匹を始末できると思う。その怪物が万単位で猛烈に群がってくる感じだった」
「っ!?」
「有益な情報だろう?」
「……はい。あなた様のお話を聞けて甘えが消えました。我々に立ち止まっている暇はないようです」
「なら対価を払え」
「え?」
「えじゃないが」
おいおい、貴重な情報が無料なわけないじゃん。とりあえずジャンプしてみろよ。
「俺とラット様の時間を奪い、町の外まで連れ出し、あまつさえ貴重な情報まで無料で搾り取るつもりか?」
「い、いえいえめっそうもありません!誤解でございます!!」
「見ろ、あっちで巨大カエルの串焼きを頬張っているラット様もお怒りだぞ」
「ッ!?ゲフッ!!オエェッ!?」
「……この肉はカエルなのですか?ふむ、カエルとはこんなにも美味いのか」
「下処理が大事です。臭みを取って肉質を柔らかくするためにリンゴ酢で漬け込みました。それと塩味にするなら焼くときにしてください。下処理で塩を使うと肉がギュッと締まって噛み切れなくなります」
「おお!それはいいことを聞きました」
「……ヴォエ」
好き嫌いはいかんよラット君。
だがバチクソに食いまくっているそこの妖精。お前はいくら食っても大きくならんぞ。




