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悪の組織(笑)



 俺は走った。魔力障壁を張ったままドラゴンを振り切り、谷の底から森の中へ。奴のブレスは障壁をほんのり貫通するので葉っぱがもたない。つまりは全裸だ。忌々しい……翼竜のブレスなら障壁で防げるのに。


 幸いなことにクロード君の保有魔力は結構なものらしい。魔力障壁を張りながら身体強化して全力疾走するという荒業も難なくこなし、肉体の再生力も半端ではなかった。きっとプレイヤーキャラクターではこうはいかなかっただろう。


 けどさぁ、何が悲しくて全裸のイケメンでマラソンせにゃならんのだ。それも一週間ぶっ通しで。



「や、やっと帰ってきた……俺は帰ってきた!」

「おかえりです」



 チュートリアルぅ?知るかよんなモン。ドラゴンとの戦いは終わった。終わりったら終わりだ。もう奴と戦うのは嫌でござる。


 俺を地獄に案内してくれたアサガオちゃんへの殺意で気が狂いそうだが、谷で強力な魔術もインストールさせてくれたし、なんだかんだで憎めないのよな……。



「さて、アサの字。弁明はあるか?」

「ふぇ?」

「俺をドラゴンの生贄にした罪。その方、忘れたとは言わさぬぞ」

「ごしゅ、もくてきちはもっとおくです」

「え?」

「ごしゅはどらごんをむりにたおそーとしたです。けど、もくてきはるかおくちです」

「そ、そうなの?じゃあそう言ってくれればいいのに……」

「たのしそーだたです」

「…………」



 確かに……ゲームで絶対に勝てない相手に立ち向かうのって楽しいよな。なんかこう、少年の心を揺さぶるじゃん?わずかでも活路が見えると(たぎ)ってきちゃうし。


 でもそうか、俺の勘違いだったか。



「……ごめんよ」

「どうしてあやまるです?」

「いや、君が俺をいじめて楽しんでると勘違いしてた。本当にゴメン」

「だいじょぶです。ドラゴンにまじゅつあててよびよせたのボクです」

「やっぱりテメェのせいじゃねぇか」



 俺の顔面崩壊拳が炸裂する前に遺言を聞いてやると、目的地に向かうにはドラゴンが邪魔だったらしい。あいつを振り切ってから先に進めと?いやいや、普通のプレイヤーには無理だからそれ。そういうのは廃人プレイヤーにやらせておけ。


 しかし、このゲームって思った以上に調整がメチャクチャだな……本当に大丈夫か?



「ごしゅ、あれがムシケラのコロニーです」

「人をナチュラルに虫けら扱いすんな。町と言いなさい」



 草原を歩くこと一時間。見えてきた町は高い防壁に囲まれた城塞都市のようだった。


 長かったなぁ……だが、現実時間だと三十分程度しか経過していないのは既に確認している。ちまちまとログアウトしてたから。でもこっちでは谷底で一か月以上もドラゴンと戦い続けたせいか、人の営みを間近にすると安心感が込み上げてくるんだ。あそこには人がいる。きっと温かい食事と、ふわふわのベッドが待っているはず。


 ふと、股間のキングコブラを見て自分が全裸であることを思い出した。現実の俺よりでかいのが死ぬほど気に食わん。



「アサガオちゃん、着替えが一着あると言ってたよな?そこに出しておいてくれ」

「あい」



 魔術で大きな水の玉を作り、その中で全身を洗う。これが最高に気持ちいい。どうしても頭皮に若干の脂っぽさは残ってしまうが、水洗いではこれが限界だろう。ガサガサになった髪の毛は……オールバックでいいか。


 風で水を吹き飛ばし、いざ着替えようとしたら問題が発生した。



「アサガオちゃん。黒いローブしかないんスけど……」

「あい」

「下着とか靴は?」

「ないです」

「……裸に、ローブを、着ろと?」

「はっぱもあるです」

「いらねぇよバカ!くそ、ちゃんと確認しておくべきだった。裸ローブなんて変態の上位種じゃないか……」

「ごしゅのはだかはみあきたです」



 じゃあ金払えこの野郎ッ。



「……待て、まずは落ち着いて考えるんだ。ローブを着るのは当然として、問題は靴だな」

「もんだいです?」

「大いに問題だ。靴を履いてないことを怪しまれて身体検査でもされたら……」

「どうなるです?」

「豚箱行きだよ!言わせんな」

「はだかでなにがわるいです?」

「…………まぁ、確かに」



 賛否両論あるだろうが、そのセリフは嫌いではない。だが許せアサガオちゃん、その議題はスルーさせてもらう。



「なら、まじゅつではっぱをくつにするです」

「そ、そんなことできんの?やっぱり魔術は万能だなぁ。どこでも火は起こせるし、水不足に悩むこともない」

「ちがうです」

「ん?」

「ふつーはごしゅやボクみたいにポンポンつかえないです。あと、きょーじゃくのちょーせーをいっしゅんでできるニンゲンはそんざいしないです」

「なら俺みたいに技能をインストールさせたらいいじゃない」

「それができたらごしゅはいらないです」

「あ、はい」



 そうか、これはプレイヤーだけの特権だもんな。


 谷でタブレット先生を見ていたとき、この世界における魔術師の総数が少ないことを知った。理由は単純明快で、シンプルに敷居が高いからだ。先生の説明は長いから簡潔にまとめると……術式と呼ばれる魔法陣を基本から完璧に丸暗記して、大気中に漂う魔力粒子を操作できるように訓練(激ムズ)。その粒子で術式を地面や空中に描き、最後に自分の魔力を流し込んで発動するらしい。つまり、めんどい。



「確かに術式を正確に描くのは大変そうだ」

「ごしゅはたたかいながらじゅつしきをこーそくでえがくヘンタイです」

「俺の場合は全自動だからなぁ」

「?」

「さて、今は町に入ることを最優先としよう。行くぞアサの字」

「あい」



 タブレット先生によると、あの高い防壁に囲まれた町がシルバー伯爵家の拠点であり、名をアグネア王国アウタールフ領のサウスポイントと呼ばれている。人類生存圏では最南端に位置しており、経済規模と文化レベルはそれなりと書かれていた。


 小走りで防壁の入り口に到着したのだが、なぜか門番たちがひどく慌てている。どうしたんだろうか?



「や、やはりクロード様でございましたか!」

「え?あ、はい」

「よくぞご無事で。シルバー家の方も組合に捜索願いを出されておりましたので」

「捜索?」

「ごしゅはゆくえふめーです」



 あ、そうか。こっちでは一か月以上ウホウホ生活してたもんな。じゃあ冷め切った家族でも探すふりくらいはするか。家庭内では険悪で会話もなかったそうだし、今頃はクロード君が死んだと勘違いして喜んでるかも。


 ちなみにだが、門番たちはアサガオちゃんとタブレット先生が見えないようだ。



「町に入ってもいいだろうか?」

「は!では護衛を用意しますので少々お待ちを」

「いえ結構ですよ。業務を続けてください」

「で、ですが……」

「不服ですか?」

「めめめ滅相もございません!どうぞお通りください」



 別にクロード君の体で本編をプレイするわけじゃないだろうし、貴族らしい振る舞いなんて知らん。一応はできる限りのロールプレイをしてみようとは思っているが……まぁ適当でいいだろ。


 でもその前に、情報を得られそうな友好的な人物を探したい。どうせこの妖精型クソナビゲーターはシナリオ誘導とかするわけがないので、自分からイベントを発生させないといつまでたっても先に進めない。


 そもそも俺はロリムチな美少女でハクスラをしたいのだ。イケメンなどに興味はないぞ。



「……若?若様ッ!」



 門を抜けて大通りをゆっくりと歩く。道は不揃いの石畳で整備されており、レンガらしき外壁の建物が立ち並ぶ美しい街並みに圧倒された。



「わ、若っ……お待ちください!」



 多くの人が行き交い、活気に満ちた景色が俺を安心させてくれる。ゴリラ生活とおさらばできた実感が湧いてきた。ゲーム内とはいえ、一か月以上も野宿生活をお見舞いされるなんて夢にも思わなかったし。



「若ッ!」

「へぁ!?」

「はぁ、はぁ……やっと、お戻り、くださいましたか」

「…………?」

「ごしゅのぶかで、ブルなんとかです」



 なんとかじゃわからんので、困ったときは先生を起動。


 ふむ……名前はブルー・タース。年齢は二十八で、胡散臭さが漂う背の高い金髪のお兄さん。

 クロードの幼年時代から世話役を務め、現在はシルバー家の副執事長を兼任する秀才。高い身体能力と忠誠心を合わせ持つが、非道なクロードに対して年々不信感を募らせている、か。


 おやおや、なんか裏切りそうなニオイがプンプンしますねぇ……。



「……どうなさいました?」

「いや、なんでもない」

「はぁ……本当に心配いたしました。ご無事でなによりです」

「なんとなく自給自足生活がしたくなってな。今度は二人で遊びに行くか」

「心から遠慮させていただきましょう。それより、定例会議に間に合いそうで安心しました。最近は若の不在にかこつけて、好き勝手する者が増えていたのです」

「?」

「ごしゅがあつめたムシケラどもです」



 あ、あぁクロード君が作った反社会的組織の話ね。ってか、貴族らしい振る舞いとかマジでわからん……イメージするならマフィアのボスとか?いや、どうあがいてもカリスマが足りんな。



「なるほど」

「このままでは歯止めが効きません。無意味な損失を増やす前に対処すべきであると愚考しますが」

「そうか。なら、飼い主として言うことを聞かない犬共には躾をしないとな」

「さ、左様でございますな」



 技能“威圧”を軽く発動しつつ、邪悪に笑って見せたらブルー君がドン引きしていた。フヒヒ、悪人ロール楽しい。


 ブルーの案内で到着したのは、町の中央にある風俗店の地下室だった。店の名前が“淫らな妖精”であると知ったアサガオちゃんの不満気な顔がちょっとおもしろい。


 床板の下に隠された長い階段の先には、大きな鉄の扉がお出迎え。扉の横に控えていた筋肉モリモリのマッチョマンが無言で頭を下げ、ゆっくりと扉を開いてくれた。


 今更だが、服を用意してからにすればよかった。



「!?」

「そ、総帥!」

「……ご無事でしたか」



 部屋の中央にある円卓に座っているのは五人。先生を操作しつつ、ペタペタと奥の席へと歩いていく。ほとんどの奴が、生きてたの?みたいな顔で見てきやがるな。クロード君どんだけ人望が無いの。それと、みんな俺の足元をガン見するのはやめて。



「久しぶりだな。変わりないか?」

「…………総帥。連絡が途絶えていたので心配しました」

「君は……サンドラか。孤児院の……調整は順調か?」

「問題ありません。どうか引き続き、私にお任せください」

「うむ」



 なになに……このかわいい茶髪の眼鏡お姉さんは、カサンドラ・ミラー。年齢は十九――十九ッ!?思った以上に若い、そしておっぱいもでかい。


 組織内ではサンドラと名乗っている。数か月前から孤児院と子供の教育を担当しているが、その正体は帝国の侯爵令嬢にして、特殊部隊で訓練を積んだ工作員であった。しかし、ドジでおっちょこちょいな性質が災いしてほぼ筒抜け状態――ってバレとるやないかいッ。


 よりによって国力高そうな帝国からか。しかも侯爵令嬢?なんだその設定は……いや待てよ、彼女がこのまま頑張っちゃうとこいつらに殺されない?そうなったらクロード君も帝国に消されてしま……いや、別にクロード君は死んでもいいや。


 でも、彼女には逃げられるだけの猶予を作ってあげたいなぁ。けしからんおっぱいは保護しろと古事記にも書いてある。

 俺は席を立ち、ゆっくりとカサンドラへと近づいた。



「サンドラ。君の仕事ぶりにはとても満足しているよ」

「っ!?」



 ぴったりと寄り添うように密着し、イケメンムーブ全開で彼女の耳元に口を近づける。もちろん、そっと髪の毛をすくいあげる仕草も忘れない。



「頑張りは認めよう。だが時には仕事を忘れ、ゆっくりと休むことも必要だ」

「……は、はい」

「たまには帝国に里帰りするといい。君にも、家族がいるだろう?」

「ッッ!!?」



 カサンドラは全身を震わせ、泣きながらガチガチと歯を鳴らしていた。かわいそうに……実家を思い出して泣いているのかな?親が生きている間にちゃんと親孝行してくれ。



「総帥。一つ、よろしいですかな?」

「……ジョゼか。どうした」

「身内として見過ごせない問題がございまして」



 もみあげが立派なジョゼ・フーシがカサンドラへと視線を向ける。なにやら彼女に言いたいことがあるようだが、先生によると別の思惑があるらしいとのこと。




「聞かせてくれ」

「えぇ。実は、そこのサンドラ女史が担当しておられる孤児院の話ですが――」



 それはジョゼによるカサンドラへの糾弾であった。


 子供たちに帝国式の教育を施し、数回に渡って帝国の人間と接触していた。彼女が担当してから他の部署に下働き用の子供が回ってこない。さらには孤児院で栽培している植物の質と量が低下している、などなど。全部バレテーラ。



「ジョゼ、君の仕事にはいつも助けられている。深く感謝を述べたい」

「いやいや、総帥のお役に立てて光栄ですなぁ」

「……ッ」

「そこでだ。君たちに謝らなくてはならないことがある」

「はて、なんのことでしょう?」

「君が指摘してくれた孤児院の現状だが、全ては俺の指示でそうなっている」

「!?」

「どういうこと?」

「な!?なぜ彼女にそんな命令を……」

「彼女は帝国に対する我々の命綱だ」

「命綱……」

「???」



 いや、俺も知らんけど。カサンドラ本人が一番驚いてるし。でも今からそうなる予定だ。フハハ。タブレット先生は偉大だぜ。



「そもそもの話。たかが小国の悪党に対し、大陸最強を誇る帝国があからさまに手を出す理由とはなんだ?それも、彼らはまるで邪魔をするなと言わんばかりに堂々と活動しているじゃないか」

「…………」

「そうだ。帝国のお偉いさんはこの国でお仕事があるらしい。諸君はどうする?無駄に探りを入れて火傷してみるか?どうしてもと言うなら遺族への支援は任せておけ。あぁ、遺書は忘れずにな」

「ッ」

「……」

「俺は無関係だからよろしく頼む。だが死にたくなければサンドラへの手出しはやめておけ。損失に関しては後ほど詰めていこう。諸君、これに異議はあるだろうか?」

「異議なし」

「ありません」

「異議ありません」

「…………異議なし」



 続々と賛同の声が上がった。うん、帝国を敵に回すようなアホはいなかったようで安心した。まぁいざとなったら威圧でごり押しするつもりだったけど。


 これで彼女を帝国に帰してあげられるだろう。ジョゼにもバレバレだったし、工作員としての才能が無さすぎて笑う。


 あ、もしかしてこれ、オープニングシナリオの始まりか?



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