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クロード最後の戦い



 戦場は想像以上に地獄だった。要塞は防壁が半壊。二百人にも満たない守備兵たちの隊列は崩され、徐々に圧し潰されようとしている。どう見ても勝ち目は無いのに、負傷しながらも戦場に立ち続ける公爵の姿が兵たちを支えているようだった。



「ごしゅ、かこのきろくよりきれつがおおきくなてるです。きっとあぶないのもでてくるです。はやくにげるです」

「逃げてもいいが、詳しい情報を得るいい機会だぞ。アレをどうにかできるような具体的な対策は無いんだろ?」



 言葉に詰まるアサガオちゃん。そんなんあったら適合者(プレイヤー)なんかいらないもんな。



「ごめん、意地悪をしたいわけじゃないんだ。ただ、アサガオちゃんはどうしたい?」

「……ボク?」

「君は適合者(プレイヤー)になにを望む?どうしてほしい?今だけは素直に言ってほしい」



 思えば、これまでアサガオちゃんは自分の願いを語ったことがない。イタズラ好きで、いつも手を焼かされてばかりだったがそれ以上に楽しい時間をもらってきた。中身の有無はどうでもいいから、気まぐれに恩返ししてもいいと思えたんだ。


 本音で逃げろというのならそれでもいい。でも、そうじゃないんだろ?



「…………」

「ほれ、遠慮なく言ってみ?あのドラゴンからも生き延びたお兄様だぞ」

「……にげるです」

「顔はそう言ってないようだが?扉が開くタイミングは決まっているそうだが、次に全力で動けるコンデションである保証はどこにもない。今なら参戦するだけで多くのデータを手に入る」

「ごしゅがしんだらいみないです!」

「保護システムの定義には、人族や獣人族も含まれているんじゃないか?作ったのが人族ならそうなるはずだが」

「…………」

「大陸に生きる生物の全滅は保護対象の喪失。本末転倒だもんな」

「ごしゅ、あんなのムリです……ほんとーはたいりくぜんぶできょーりょくするしかたいこーさくないです。でも、そんなみらいはなかたです」

「そらそうよ。人はどんな状況でも利用して自身の利益を求める。それが人間だからな。だけど、一部にはいい人もいるぞ?」

「…………ボクはごしゅをまもるです」



 かたくなに本音を隠すアサガオちゃんが可愛い。でも辛そうな表情だ。


 谷でアサガオちゃんは俺にドラゴンをけしかけたが、そこには殺意の欠片もなかった。おそらくドラゴンは味方ではないが、基本的には穏やかな性格なのだろう。奴が暴れていれば人類はとっくに絶滅しているからな。


 そしてもう一つ、俺に二度目は無いかもしれないということだ。死ねば退場。そして次の適合者(プレイヤー)に引き継がれる可能性がある。俺がピンチになると、アサガオちゃんが必死になる姿がそう思わせた。


 でもここで逃げるようなプレイヤーなんてつまらなくないか?俺だったらゲームなのになんで躊躇してんだコイツ?はよいけや。としか思わん。



「先生、可能な限りデータ収集を頼む。今後の適合者(プレイヤー)のためにもな」

「ごしゅ!」



 “戦闘は推奨しません。ただちに退避を願います。”


 俺、舐められすぎてて笑う。運動神経もそれなりだし、アクションならそこそこできるほうなんだが?



「怪物共に好き勝手やられて腹立つだろ。そろそろ奴らにわからせてやろうじゃないか」

「…………」

「アサガオちゃんが協力してくれないと寂しいなぁ」

「……げんかいがきたら、ボクがあくーかんにとじこめるです。わかたです?」

「その時はよろしく頼む。さぁ逝こうか」

「あい!」



 例の扉は要塞の近くで発生しており、高い崖沿いの上にあった。崖の下には広い川が流れ、海まで続いているらしい。


 扉側から見ると、進行方向は要塞のある平原のみ。だから黒い怪物たちは散らばることなく公爵たちに殺到していたんだ。今まで防げていたことが不思議なんだが、どうやって凌いだのだろうか。


 まぁいい。とりあえずは挨拶からだ。


 扉方面に向けて魔力を乗せた威圧を全開放。戦場が一瞬で静まり、黒い怪物たちが一斉に空を見上げた。無数の赤い眼が不敵に笑う俺をジッと見つめてくる。


 あのドラゴンなら秒で咆哮のお返しがくるところだぞ?お前らには気概が足りんようだな。



「ぁ……アレ、お兄様じゃないか?」

「本当だ。地下牢に避難してもらったはずなのに……」

「おーいお兄様。ここは危ないから避難しとけー!」

「芋粥がクッソ美味いらしいイケメンおにーさまじゃん。え?空飛んでんぞおい……」

「は?芋粥作るだけじゃなくて空も飛べんの?」



 ノリのいい連中だこと。でも芋粥はどうでもいいだろ。


 戦場を見渡せば怪物の死体と多くの兵が倒れている。だがむしろここまで善戦できたことを誇るべきだろうな。バルト将軍のところにも引けを取らないんじゃないか?


 俺がゆっくりと地上に降りる間も怪物どもは静かに様子を見ていた。思っていた感じと違う……本能のまま突撃するだけかと思ったが、恐怖を感じる程度の感性はあるってことか。



「へへ。こんな場所にきてどうしたよおにーさま。ウチの大将がカンカンだぜ?」

「実は金欠でな。ちょっと酒代を稼ぎにきたんだ」

「クハハハ。子供が言うことかそれ?頼もしいじゃねぇか!」

「しばらくは俺が抑える。今の内にケガ人の治療をしてくれ」

「…………わかった。おにーさまも無理はすんなよ?俺らがお嬢に殺されちまうからよ」

「さぁ行け」

「絶対に死ぬんじゃねぇぞ!」



 気さくなオッサンだったが、素直に仲間を抱えて後退してくれたのは助かった。


 扉は今も滝のように怪物を産み落とし、平原は黒一色に染まりつつある。よく見れば怪物の大半が人狼のようなシルエットに見えるな。だがこいつらの分析は先生に任せよう。俺にそんな余裕はない。



「アサガオちゃん。一発ブチ込むから援護を頼む」

「ぜんりょくでいくです!」

「任せておけ」



 戦闘が始まったら隙だらけで使えない五階梯だが、奴らが様子を見ている今ならぶっ放せる。


 左足を軸に、くるりと回りながら右足の爪先できれいな円を描く。この大本となる陣が歪んでいるとダメらしいから丁寧に。あとは手のひらで五階梯の術式を組み上げ、足で描いた円の中に落とすだけ。


 淡く光る魔法陣が俺の魔力を吸い上げ、第五階梯“圧縮領域”の陣が完成する。



「潰せ」



 その言葉が解放のカギとなり、さながらブラックホールのごとく怪物たちを際限なく飲み込んでは潰していく。だが圧縮の効果範囲を抑えているせいか、外側の怪物たちは無傷で残ってしまった。予想よりも巻き込みが少ないな。


 あわよくば扉も破壊できればと期待したが、やはり効果はないらしい。新しく出てくる怪物は飲み込んでいくが、扉自体にはなんの影響もなさそうだった。もしかしたら扉の座標が違うのかもしれない。術式の座標を細かく書き換えるなんて俺には無理だからどうしようもないが。


 七割ほどの怪物を潰した“圧縮領域”が収まると、後ろから聞こえてきた大歓声にビクッとした。そして、それがトリガーとなって怪物が一斉にこちらへと殺到する。


 大量の魔力を失い、ふらつきそうな俺の頭を歓声がクリアにしてくれた。すぐに左手から魔素変換を発動して魔力の補充を開始。その時間はアサガオちゃんが稼いでくれる。



「ごしゅ、エーテルへんかんのつかいすぎはダメです」

「全開で使うなら一日一回までと言ってたな。それ以上は危険だと」

「あい。たいないのエーテルかいろがダメになるです」



 この世界の生物には魔力回路がある。簡単に言うと血管のようなもので、体内で生成された魔力を循環させる役割を持っている。“魔素変換”は強引に自分の魔力にしてしまう技能だが、使い過ぎると回路がダメージを受けて死んでしまう。


 つまり、惜しむ必要はないってことだ。だって惜しんでも死ぬからな。


 アサガオちゃんが風の刃で迎撃する隙間を縫うように人狼モドキが殴りかかってくる。せっかくだからどの程度の威力か測らせてもらおう。



「ごしゅ!」



 アサガオちゃんの悲鳴、そして衝撃。頬に感じる威力はバッファローほどではない。なら耐久力はどうだ?


 身体強化三割程度のフックで殴り返すと、アゴが粉砕して絶命したことに驚いた。こいつら、身体強化や魔力障壁を使っていない?使っていないのにこれほど速くて強いのか……。


 こうして無数に群がってくる人狼モドキでさえ、訓練を積んだ兵士が負けてしまうかもしれない。


 近づいた奴をひたすら殴り飛ばしながら、この世界のハッピーエンドが遠いことを理解してしまった。



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