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地獄のチュートリアル



「ふ、ふん。ザコがぁ」

「さすがです」



 俺は大地にひれ伏したバッファローを足蹴にしながら呼吸を整えていた。

 別に漏らしそうなほど怖かったとか、走りながらログアウトを試みたりしたわけではない。ないったらない。



「他愛もない。我が秘奥義を出すまでもなかったわ」

「ごしゅじんのあしわざ、かっこよかたです」

「そ、そうか?フッフッフ」



 勝負を決したのは、牛さんによる三度目の突進に合わせたカウンターだった。足先を牛の角に添え、わずかな力だけで地面へと叩きつける。俺がやったのはそれだけだ。そしてこの体と技能がとんでもなくハイスペックであることもよくわかった。特に“明鏡止水”はイカレてる。さすがにチュートリアル専用だと思いたいが……。


 効果は相手の動きを把握しやすくなること。言葉にするのは簡単だが、体験した今となっては理不尽の一言に尽きる。


 常時発動。危機感知。知覚の変化。例えるなら、危険が一定の間合いに入るとスローモーションのように時間が遅くなったように感じる現象がおきた。もしもこれありきの難易度設定が基準だとすれば、このゲームにはあらゆる理不尽が待っていると断言できる。


 もしくは、プレイヤーキャラクターもここまで至れるよっていう制作側のメッセージだろうか?



「ごしゅじん」

「ん、どうした妖精さん」

「おなかすいたです」

「……君、メシ食うの?」

「ボクをなんだとおもってるです?」

「てっきり魔力の集合体みたいなもんかと……」

「たべさせてくれないです?ごしゅじんはわるものです」

「待て待てわかった。野菜とかを探せばいいのか?」

「これたべるです」

「…………牛さんを?」

「はいです」



 肉食妖精とか珍しい設定――いや、ファンタジーに固定観念を持ち出すのはナンセンスか。



「このままガブッと?」

「バラしてジュージューするです」

「妖精さんって牛を解体できるのか」

「ごしゅじんがバラすです」

「…………ぇ。い、いや、すまないが俺には牛の解体経験が無くてだな」

「えーちをさんこうにするです」



 やれと申すか……。


 どうせこのゲームのことだ、臓器とかも完璧に再現しているんだろうなきっと。そこまでする必要ある?どう考えてもないと思うんだが。いや、現実でさんざん命を食ってきた俺に文句を言う資格がないのは認めよう。たとえそれが食育の大切さを肌身で感じろという制作側のエゴだとしてもな。


 妖精さんから渡された短剣を手に、覚悟を決めてタブレットを見ながらの血抜き作業に入っ――て、武器あるやんけッ。なぜさっきこれを出さなかったんだコイツ?


 ……まぁいいや。頑張って血抜きしてみるか。



「ふぅ、重す――なんだこの音」

「うしです」

「牛……!?」



 俺が必死こいて血抜き作業をしていると、地鳴りと共にバッファローの大群が迫ってきた。


 もちろん必死で逃げた。数百頭の群れに蹂躙(じゅうりん)され、高そうなローブをズタボロにされながらもなんとか森の中へと逃げることに成功した。


 妖精さんからインベントリ(所持品)に着替えがあるとは聞いているが、人里に向かう途中にそれまで失ったらどうする?もちろん現実であればとっくに着替えている。山や森を薄着で歩くなんてとんでもないし、そんな奴は皮膚を雑草や木の枝に切り刻まれて靴の中をヒルに支配されてしまえばいい。


 でもこれはゲームだ。しかもチュートリアルでオープニングシナリオの前だぞ?

 シリアスな空気の中、ムービーで俺だけパンイチなんて絶対に嫌だ。嫌なものは嫌なんだ。だから着替えは温存すると決めた。これは決定事項である。



「妖精さん、このキノコ食えるかな?」

「えーちをつかうです」

「叡智センパイはキノコ辞典まで搭載しているのか。すげぇや!」



 すげぇよタブレット先生。これなら安心だな。

 俺たちは先生のキノコ図鑑を見ながら森の幸を採取し、魔術で焼いて食った。猛毒だった。



「ぐぉぉぉ。な、ぜ……」

「むちはつみです」

「ぬぅ……君は、どう……して……無事なん、だ?」

「まじゅつでげどくしたです」

「俺に、も……頼む……」



 クソが……おいしいと表記されたキノコに限って毒入りと見分けのつかない形をしやがって。絶対に許さんぞ菌類ども。じわじわと絶滅させてくれるわ。


 この森に害獣界の双王と名高いアライグマとシカを解き放ち、甚大な被害を与えてやるという決意がみなぎった。


 妖精さんにこれから始まるシナリオの詳細を聞いたが教えてくれない。こいつ、ただでさえチュートリアルを投げっぱなしくせに、シナリオ誘導までサボるつもりらしいぞ。ふざけてやがる。



「なぁ妖精さん。仕事ってのは遊びじゃねンだわ」

「ふぇ?」

「こんな森で毒キノコ食ってる場合じゃないっつってんの。俺たちの使命(チュートリアル)を思い出せ」

「さすがごしゅじん、たのもしーです」

「そうか?」

「しめーをはたすです」

「そうだそれでいい」



 やる気になった妖精さんの導きに従い、森の奥へと歩を進めた。その道中は一秒たりとも気が抜けず、巨大バッファローとは比較にならない怪物に追われる日々が幕を開けてしまった。






 歩き続けて一週間。やっとの思いで森を抜けたと思えば、そこは翼竜が飛び交う恐ろしい谷であった。


 このままでは死ぬ……チュートリアルで死にまくってしまう……そう確信した。なので、アサガオと名付けた妖精さんから様々な魔術を教わり、襲い掛かってくる魔獣を相手にしながら戦闘システムを真剣に学んだ。


 リアルな仮想空間で現実離れした力を使い危機を乗り越えていく。いつでもログアウトができて、死んでも蘇ることができる夢のような世界。


 仕事して、帰って寝て、また仕事へ行くだけの毎日だった。正直言って苦痛しかない現実だ。もしこの世界が現実だったとしても、そこらの魔獣に食い殺されて終わるのが関の山だ。俺みたいな凡人なんてそんなもんだろう。でも――



「ごしゅ、はやくするです」

「お、おぉ。さっさと焼いて食うか。今日も味付けは岩塩のみだが」

「しおがあるだけいいです」

「谷底に山ほどあったもんな。あれは運がよかった」

「ジュージューするです」

「あいよ」



 共に一週間も過ごせば仲良くなるもので、アサガオちゃんとはかなり打ち解けていた。頭頂部にある(アサガオ)は引っこ抜いてもすぐに生えてくるらしく、森ではポンポンと抜きながら埋めて目印にしておいた。山や森の遭難は本当に恐ろしいからな。


 今の俺なら火や水を操るのも自由自在。豆粒サイズからお台場の丸いやつくらいの大きさも簡単に調整できる。別に俺が優れているわけではなく、最初にインストールした魔力制御がイメージ通りに調整してくれるからだ。



「……翼竜の肉って固すぎるよな」

「うしがこいしいです」

「ここにもいればいいのに……水飲む?」

「あい。でもごしゅのまじゅつはすごいです」

「ん?」

「じゅつしきこうせい。てんかいそくど。げーじゅつてきです」

「よくわからんが、君がくれた魔力制御のおかげだな」

「?」

「なんで不思議そうな顔してんの?君がくれた技能だろ」

「そんなのあげてないです」

「現にもらってるから。ほれ、こんな風に術式も全自動で完璧に描いてくれるぞ」

「そんなのしらないです」



 んん?



「そのおかげで魔術が使えるんだが……」

「ちがうです」

「……魔力制御って、イメージするだけで魔術が扱える技能じゃないの?」

「えーてるせーぎょは、えーてるのせーぎょがじょうずになるです。それだけです」

「魔力じゃなくてエーテルと読むのか……それなら、指が勝手に術式を描く技能の名称はなに?」

「そんなぎのーないです」

「…………ちょっと確認させてくれ」



 クロード君が持っている技能は、明鏡止水。魔力制御。威圧。魔素変換の四つ。タブレット先生には自動術式書いてくれるマンの存在が明記されていない?


 だとすれば最初からプレイヤーに付与されている基本技能。そうか、そう考えるのが自然だな。まぁこんな複雑な魔法陣を自分で描くなんて、よほど練習しないとできるわけがないし。


 ……そりゃそうだろ。ガチな訓練を強制されるゲームなんて誰もやらんわ。



「解決した。なんの問題もなかった」

「ふぇ?」



 翼竜肉の塩焼きを食いながら思うんだが、このチュートリアルおかしくね?長いわハードだわ、ライトゲーマーなら辞めているのでは?あの翼竜だって序盤に出てくるようなモンスターじゃなさそうだし、“明鏡止水”がなかったら百回は死んでるだろ。


 しかし……しかしだ。急降下してきた翼竜のタイミングに合わせ、肘鉄で頭を地面に叩きつけてワンパンした瞬間はとんでもなく気持ちえがった。技名は肘獄殺と名付けたんだぁ。



「ところでアサガオさんや。あそこに飛んでる金色の奴、ドラゴンっぽくない?」

「はいです」

「だからはいじゃないのよ」



 いい加減にしろ。なんでチュートリアルにドラゴンが出てくるんだ。



「あんなバケモンが飛んでるこの谷を下って行くつもりか?」

「あい」

「…………実は俺でも勝てる?」

「むりです」

「ふざけんなバカ」



 お前、もう船降りろ。殺したがりのナビゲーターなんぞいらんわッ。こいつさぁ……もしかして中身入ってない?中の人が面白がって殺しにきてるとしか思えないんだが。まさか他のプレイヤーはこのチュートリアルをあっさり終わらせたのか?無様を晒しているのは俺だけってオチじゃ……。



「俺以外のプレイヤーはどんな感じ?」

「ぷれやー?」

「ほら、俺みたいな奴が他にもいただろ?その人たちの印象とか、話せる範囲でいいから教えてくれないか」

「てきごーしゃのことです?ボクはごしゅしかしらないです」

「ほう、適合者ね。こちらではプレイヤーをそう呼ぶのか。じゃあ他の適合者とコンタクトを取る方法は?」

「よくわかんないです」

「ふむ……」



 とりあえず他のプレイヤーのことを考える意味はなさそうだな。まぁいいか、ゲームは楽しめればそれでいいんだ。






 あれから一か月が経過した。

 アサガオちゃんの導きに従って深い谷底へと足を踏み入れ、さらなる地獄を味わった。


 飛び回って襲い掛かってくる翼竜。ティラノサウルスに酷似した怪物。それを糸で絡めとり捕食する巨大ジョロウグモ。さらにそれを集団で捕食する巨大アリ。そして、それら全てをスナック感覚でポリポリ食べちゃう金色ドラゴン……に、全身を焼かれる俺。


 おかしい、これは絶対におかしい。よゆーでいきのびるごしゅはすごいですぅ、なんてほざきやがる妖精型クソナビゲーターに対する殺意は日に日に高まっている。さらに服を全損した俺は、葉っぱ一枚でマグナムを隠す蛮族スタイルにまで落ちぶれた。そう、俺は文明を失ったのだ。


 だってどこへ逃げても焼かれるんだもの。ドラゴンを含めた三頭の化け物以外はなんとか撃退できた。けどこんなんクソゲーだよクソゲー、やってられるかボケッ。



「なぁアサガオちゃん」

「はいです」

「俺はいつも全力でドラゴンと戦ってきた。奴のブレスを魔力障壁で防いでは葉っぱを焼かれ、剛腕に吹き飛ばされては葉っぱを失い、人としての尊厳と葉っぱをズタボロにされてきたんだ」

「ごしゅはすごいです。あのどらごんとごかくにたたかってるです」

「互角だぁ?完全に遊ばれてるだろ……お情けで見逃されているのはとっくに知ってんだよ!だけどな、それは別にいいんだ。俺だって奴に勝てると思うほど愚かじゃない。力の差は十分に理解している」

「そんなことないです」

「……慰めはいらん。そうじゃない、そうじゃないんだよアサガオちゃん」



 チュートリアルが終わらねぇ……終わらねぇのは人の夢だけにしてくだしゃい……。


 もう一か月だぞ一か月ッ。そもそもあんなバケモンに勝てるわけねぇだろうが。空からブレス吐いてりゃ完封できるクセに、わざわざ降りてきてボコスカ殴りやがって……絶対に許さんぞあのトカゲ野郎が。なんかこう、爆発しろッ。


 でも、そうじゃない……そうじゃないんだよ……。



「ごしゅ、どうしたです?」

「服を着ておいしい食事がしたい……やわらかいベッドで休憩したい……ってか、ここはどこなの?」

「しのたにです」

「死の――なんだって?」

「アグネアへーやから、きんいきのもりをこえた、しのたにです」

「ふ~ん。その、禁域?の森とか、死の谷ってのはどんな場所なんだ?」

「いきてかえったニンゲンはきょうかしょにのるです」

「…………ここは生きて帰れたら教科書に載るという、恐ろしい死の谷なわけか」

「あい」

「あいじゃないが」



 チュートリアルでラストダンジョン(当社比)に案内するナビゲーターとはいったい……うごごご。



「あの草原に帰りたい……この目で町を見てみたかった……」

「ニンゲンのむれははんたいほーこーです」

「それをはよ言えやッ!!」


 アサガオちゃんを掴んで猛ダッシュした。



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