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正気に戻った男



 繰り出される短剣による刺突。ゆったりと迫ってくる刃には危機感を感じなかった。


 この“明鏡止水”が見せてくれるスローモーションの世界なら指だけで止めることができてしまう。当然だ、こんな力があったら誰だってできる。そして、今だからこそわかるんだ。あの金色ドラゴンは絶対におかしいことが。


 あの野郎の動きは普通に早かった。“明鏡止水”の効果範囲でさえ、早すぎて爪が避けられなかったのだ。クロード君がラスボス並みの強キャラなのは間違いない。なら、そんなクロード君をオモチャ扱いする谷の化け物はなんだというのか。


 まぁそれを初心者にぶつける鬼畜な妖精もいるんですがね。ハハ。



「クソ、ちょこまかと……ッ」



 軽く踏み込んでストレートを顔面にぶち込むと、襲撃者は漫画のように吹っ飛んでいった。

 “明鏡止水”の間合いでは俺の速度そのものが向上する。さらに身体強化分が上乗せされるため、その威力は天井知らず――と、理論上はそうなるはずなんだが、いかんせんクロード君本来の身体能力が貧弱過ぎた。


 本当なら今の一撃で大気が震え、大地を揺るがす威力になるはずがこのザマだ。金色ドラゴンに復讐するためにも、毎日の筋トレは欠かさずに頑張ろう。顔面を潰した襲撃者を積み上げながらそんなことを考えていた。


 第二皇子派閥もこれで最後。

 じゃあアサガオちゃんの魔力探知に引っかかったのはマリーネのところにいる連中だけ――あ、今二人消えた。



「あとは燃やして合流を……っと、さすがに魔力がきつくなってきたな」

「ごしゅ!」

「いや大丈夫、少し眩暈がしただけだ」



 こういうとき、アサガオちゃんは本気で心配してくれる。現実には家族や友人と呼べる人がいないから、こうやって心から心配されることのありがたさが身に染みるな。



「心配ないから大丈夫だ」

「……ほんとです?」

「歩いている間に回復できるよ。さ、行こうか」

「あい」



 積み上げた襲撃者たちの死体に火を放ち、マリーネたちの元へと歩き出す。もちろん燃え広がらないように地面を掘って調整したから問題ない。


 彼女らの元に近づくにつれて、武器を打ち合うような音が大きくなっていった。馬車の裏手からこっそり覗くと、マリーネと襲撃者の鮮やかな槍捌きに目を奪われる。


 ゴズがお前なにしとんねんって顔で見ているけど気にしない。あ、お前も一人倒したの?やるじゃん。



「ハインド卿。また腕を上げましたわね」

「はぁ、はぁ、自分では、わかりかねますが!」

「うれしいですわ。これほど頼もしい味方が増えるのですから」

「…………そのようなお話をした覚えはございませんな」

「うふふ。では、今宵の踊りは最後としましょうか。さぁ、きなさい」

「っ!」



 息苦しいほどのプレッシャー。今のハインドはドラゴンにいじめられていた俺の姿そのものだった。


 覚悟を決めたハインドが一気に踏み込む。文句なしに早い。低い姿勢から流れるような高速の二段突き――をマリーネは余裕を持って避けてしまった。

 渾身の突きをあっさりと避けられたハインドの表情が苦しい。その一瞬の隙をマリーネが見逃してくれるわけもない。


 ゆらりとマリーネの体がブレた。そして繰り出されたのは、ハインドの突きよりもさらに鋭い三連突きだった。空気を切り裂く音がわずかに遅れて三度。ほんのりと衝撃波を伴って俺の体を通り抜けていく。


 …………ハインドは、生きていたか。マリーネはわざと攻撃を当てなかったようだ。そのかわり、呆然とするハインドの槍は持ち手が粉砕しているけども。


 これで確信した。マリーネなら巨大ジョロウグモでさえ余裕を持って倒せると。クロード君のような継戦能力はないかもしれないが、この世界の上澄みであることは確実だろう。仲良くしててよかったと心から思う。



「は、はは…………やはり、届きませんか」

「精進あるのみですわ」

「……マリーネ様は、そんな風に笑うのですね」

「感情を抑えるのは疲れますもの。それはハインド卿も同じではなくて?」

「そうかもしれません」

「さぁ、わたくしの手を取りなさい。これからは友としてその力を貸してくださいな」

「…………なぜか正気に戻ったかのような気分です。この卑しい身を求めてくださったお気持ちにお答えしたい。このカイン・ハインドの命、アーク殿下とマリーネ様に捧げます」



 まるで絵画のような光景だった。片膝をつき、主君に忠誠を捧げる騎士の姿。俺が小さかった頃、あの姿に憧れた記憶が今も残っている。って、そんなことはどうでもいいか。


 いつの間にやらカサンドラが俺の隣でニコニコしていた。彼女も無事に仕事を終わらせたようだな。



「まぁお二人とも。どうして隠れて見てますの?こちらへいらしてくださいな」

「マリーネ様。殿下と子供たちに問題はありません」

「最高の結果ですわね。クロード様、さっそく新たな仲間をご紹介しますわ」

「カイン・ハインドと申します。いやはや……今になって貴殿の前に立たなかった幸運を実感しております」

「え?」

「旦那様の奇襲で相手戦力の大半が消滅した話をしました」



 今回は運がよかっただけだ。あの連中はこちらを侮ってまともな作戦行動すらしてなかったんだから。

 警戒しない。監視は緩い。遠くから見ても目にあまる杜撰な段取り。俺が奇襲したときなんて、あいつら焚火して酒飲んでたからな。あれが厳しい訓練を積んだ特殊部隊とはとてもとても……むしろ山賊と間違えるところだったわ。


 その点をハインドに聞いてみたら、この襲撃作戦は不要な人材の処分も兼ねていたとのこと。


 現状、混迷している帝都では人手が足りず、優秀な人材を汚い仕事に回せるほどの余裕がない。もちろん俺というレギュラーがいなければ問題はなかったかもしれないが、今回は作戦失敗の上に全滅だ。笑えねぇよな。



「しぜんとーたです」

「栄枯盛衰か」

「コロニーもわきをつつけばとーたがはやまるです。ごかいてー、いくです?」



 逝きません。人を深淵に引きずり込もうとしないで。



「クロード殿。不躾(ぶしつけ)ながら、一つお願いがございます」

「なんでしょう?」

「カサンドラ様に強化術を付与されたとお聞きしました。その術を見せていただくことはできませんか?どうしても、私自身でその秘術を体験してみたいのです」

「身体強化ですか。じゃあ軽めでいきますね」

「…………え?本当によろしいので――!?」



 一瞬で描いた強化術式をハインドの前に浮かべると、目を見開いて口をパクパクしながら凝視していた。これ、プレイヤーだけの特権だからねぇ。ではほいっと。



「お、おお。おぉオオオオァっ!!これが、これが究極の強化術ぅ!」

「ぇ、いや……浸透率は四割程度ですけど……」

「四割もォッ!?」

「ヒィ!」



 ガンギマリハインドがおもむろに槍を手にし、マリーネを彷彿とさせるような予備動作を見せる。そして、神速の踏み込みからの三段突き。この人、一度見ただけでほぼ完ぺきにトレースしやがった……マリーネも楽しそうな表情でその様子を眺めていた。



「これがマリーネ様が見ている世界なのですね……」

「旦那様。さっき私に施してくれた強化術は何割ですか?」

「あれで五割くらいだ。それ以上は慣れてないと危ないらしい」

「ま、待ってください。もしも五割の強化術をマリーネ様へお使いになったとしたら……アルファ様に届くのでは!?」

「無理ですわ」

「ですが、今まで試す機会などなかったはず。マリーネ様ならばあの高みに――」

「それは無理なのです。アルファ様には届きませんわ。もし届くとすればクロード様だけでしょう」

「……カサンドラ殿。アルファ様とはどなた?」

「ご存じありませんか?帝国……いえ、間違いなく大陸最強の剣士です。それと、他人行儀はやめてください」



 他人ですけど……。


 そのアルファって人、マリーネが無理と断言するほどの化け物なのか。これは先生、出番ですよ。最強剣士アルファの情報をくださいなっ。


 “アルファの情報を取得するには統合管理者。または、プロトタイプ計画の管理権限が求められます。”


 …………ん?




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