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Vanishing Raiders  作者: MCFL
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第9話 変わった世界

「ユウ、起きてください。朝ですよ。」

「んー、一馬。今日は日曜日だろ?ゆっくり寝させてくれ。」

朝のまどろみ、それも寝過ごしても大丈夫な日曜の朝となれば睡眠に抗う必要はない。

俺は差し込む光をさえぎるように布団をかぶりなおした。

「むー、仕方がないですね。ここは必殺技を使うしかないですね。」

何か声が聞こえたが足音とともにそれもすぐに消えていった。

平穏を取り戻してさてもう一眠り…

カン、カン、カン、カン

「あーさーでーすーよー!おーきてくださーい!」

「ぎゃー!!」

頭の上で鳴り響く金属音に眠気なんて散り散りに消し飛んでしまった。

バクバクなる心臓に手を当てつつ目を開けばフライパンとお玉という地獄の目覚ましセット。

そしてその奥には後光を携えた美女が優しい笑みを浮かべていた。

「おはようございます、ユウ。」

「ファ、リア…ファリア…! ファリア? うがぁ!!」

俺は慌てて飛び起きようとして全身、特に左腕の痛みにのた打ち回った。

昨晩ヴァンパイアにやられたダメージが大きかった、よう、だ?

俺は動く右手で自分の顔とか体とかを触れてみる。

「落ち着いてください。ちゃんと説明しますから。」

ファリアは真面目な顔で俺を見つめていた。

昨晩もそんなことがあった気がする。

昨晩も。

「俺は…昨日のあったことの記憶を消されていない。」

「そのようですね。成功したようでホッとしました。ここで「お前、誰だ?」とか言われた日には私は泣いて極寒の海に身を投げる所でしたよ。」

人を和ませる笑顔でさりげなく怖いことを言わないでほしい。

いや、本当に覚えていられてよかった。

俺は上半身だけ起こして座り、ファリアも俺の机の椅子に腰掛けた。

「説明、してくれるんだろ?」

「はい。ですがその前に、ユウはいったいどの程度のことを覚えているんですか?」

「どの程度?俺が生まれてから何歳くらいからのことを覚えているかってことか?」

ファリアは悲しげに目を伏せて首を横に振る。

「まだほとんど思い出せていないようですね。それならまだそのことは伏せておきましょう。今説明するとユウは間違いなく大混乱しますから。」

それはつまり、俺が俺だという根底が覆る何かがあるということ。

それに当てはまることで覚えているのは昨日ヴァンパイアと戦っていたときに見た竜と兵士たちの闘い、そして最後に見たファリアによく似た女性の悲しい笑顔。

でもそれはまるでおとぎ話を映像でみたような現実味のないものだったからファリアにはまだ伝えないことにした。

「わかった。そのことはまだ聞かない。そうなると…」

俺はファリアの姿を改めて観察する。

学校で会ったときと同じ服を着ているが違う点が1つ、可愛らしいフリフリ付きのエプロンを着ている。

「その格好はなにを意味している?」

ファリアは意味深な笑みを浮かべて俺の手を取った。

「何を言っているんですか?私たちドウセイしているんですよ?」

ドウセイってなんだ?

同性?

…ファリアが実は男だったとかは嫌だな。

同姓…実は葛木ファリアって名前だったとか、ってこれ結婚したみたいじゃないか!

ドウセイ…どうせい…

「同棲!?同棲ってあの恋人同士が1つ屋根の下で暮らすって言う、あの!?」

よくわからない秘密を聞かされる前にすでに俺は大混乱。

これ以上の驚きだったらきっとリアルに目ん玉が飛び出すことだろう。

ファリアはわずかに頬を赤く染めて満面の笑みを浮かべて頷いた。

「その同棲です。お父様とお母様は私たちの生活を邪魔するのも忍びないということでお父様のご実家に移った、ということになっています。」

現状報告にしては不穏当な言葉の意味に気づいて顔を上げるとファリアは真剣な表情で頷いた。

「昨晩のことを覚えているならわかると思いますが世界は歪みが生じた場合それを無かったものとするように動かします。しかし私やユウはその干渉を受けませんから結果、より歪みが小さくなるように私たちの周囲の認識そのものを大きく変化させたのです。そして…」

ファリアは立ち上がるとベッドに腰掛けて身を寄せてきた。

いい匂いがする、やわらかい感触がする、うう、理性頑張れ。

「ユウが私と一緒にいることを望んでくれたので私たちは恋人同士、同じ家に住むことにし、その結果ユウの知り合いには私がユウの恋人だと言う認識が生まれ、ユウのご両親は先ほどの理由で今朝方荷物を持って実家に戻られたと。」

ファリアはうれしそうに擦り寄ってくるが俺としては気恥ずかしい。

そして何より俺とファリアの以前の関係をまだ思い出せていないのだ。

いきなり押し倒すわけにもいかない。

「あのさ、こういうことを聞くのは反則だと思うんだけど、俺、ええと、ファリアが知ってる前の俺とファリアってどういう関係だった?」

割と真剣に尋ねたというのにファリアはいたずらな笑みを浮かべた。

「ユウはエッチです。それを聞いてキスまでならいいかなとかエッチなことしてもいいのかなとか決めるつもりですね?」

ドキッ、図星。

「ユウは気にしなくていいです。いずれ思い出すと思いますし。大事なことは、私はユウのことが好きで、ユウは私にそばにいてほしい。それだけです。今のユウが私を好きになってくれればもっといいですけど、それは焦らないことにします。」

ファリアは俺の頬にキスをして離れていった。

俺はといえばそれだけでオーバーヒート。

湯気が出そうなほど顔が熱い。

「さて、ご飯を作りますけどここで食べられるものの方がいいですよね?」

体を動かそうとしてみるがちょっと無理っぽい。

少なくとも階段をまともに下りられる状態ではなかった。

「そうだな。できればここで食べられるものを頼む。」

「はい。お任せあれ。」

ファリアは楽しそうにフライパンとお玉を持って部屋を出て行った。

その後ろ姿が新妻みたいだと思って俺は悶え、痛みにのた打ち回る羽目になった。



ファリアに甲斐甲斐しく看護されて久方ぶりにゆっくりと睡眠をとることができた翌朝の月曜日

「起きてください、ユウ。今日は学校ですよ?」

「ん~…あと5…時間。」

「もう、そんなに待ってたら学校が終わってしまいますよ。ほら、起きてください。」

「んー。」

もそもそと起き上がるとにっこりと笑うファリアの姿があった。

愛らしく優しい笑みにこっちまで幸せな気分になってくる。

朝食の用意をしてくれていたらしくエプロン姿でその向こうに見える制服とのマッチがなんともいえない嗜好を刺激…

「…ちょっと待った。」

「はい?」

ファリアは不思議そうに首をかしげて近づいてきた。

もう一度目を凝らしてファリアを眺めみる。

「そんなにじろじろ見られると恥ずかしいですよ。」

身をよじるファリアの可愛らしさに悶絶しそうになるのを抑えて尋ねた。

「ファリア、その制服はいったい、なに?」

「何と言われましても。南前高校指定の学生服ですよ?どうですか、可愛いでしょう?」

くるりと回るファリアにあわせてスカートが舞う。

きれいな太ももに視線が釘付けになりそうになるのを必死に頭を振って堪えた。

「よく、似合ってるよ。」

「ありがとうございます。ご飯の用意はできていますから。早く降りてきてくださいね。」

嬉しそうに笑いながら部屋を出て行くファリアを見送りながらその理由を考える。

(そばにいてほしい。俺がそう言ったからファリアは…ってことだよな。)

嬉しくもある反面、なかったはずのものが加わることへの不安感が生まれた。

それでも

「ユウー、まだですかー?」

「今行く。」

ファリアがそばにいてくれる、そのことに比べればどうということはないように思えた。



 時間的にはなんとか遅刻しないですみそうな時間の通学路をファリアと並んで歩く。

この時間ともなれば学校に向かう生徒はそれほど多くはないとはいえ皆無というわけでもなく

(なんか、見られてるよな?)

そのほぼすべてから視線を向けられていた。

あるものは天にも昇りそうなほど恍惚とした表情を浮かべ、またあるものは憎悪に満ちた眼光で睨みつけてきている。

前者はファリアに、後者は当然のように俺に向けられたものだった。

正直胃が痛い。

「ユウ、どうかしましたか?顔色があまり良くないみたいですが?腕の傷が痛みますか?」

ファリアは不安げに俺の左腕を取った。

一昨日の左腕の傷は骨折とまではいかなかったものの結構な重傷ですぐに直るようなものではなかった。

昨日のうちに医者に見てもらい今はギプスで固定している。

それをファリアが手に取るということは自然密着する形になり

(ジー!!!)

周囲からの憎悪の視線が殺意に変わった。

背中を嫌な汗が流れるが気合でもって額には出さないようにする。

「大丈夫、今日からまた学校だと思うと気が重いだけだって。」

「それならいいのですが。」

なおも心配そうなファリアに笑いかけて歩を進める。

一刻も早くこの場から立ち去るために。

 「それではユウ、また後で逢いましょう。」

「ああ、っと。ファリアは何組だっけ?」

元情報がないが周囲に聞かれると不審がられるので忘れたふりをする。

当然ファリアもそのことはわかっているわけで

「もう、ユウは若いんですからボケちゃだめですよ。3年A組、雷道会長と同じクラスですよ。」

と話をあわせてくれた。

「あ、会長3-Aだったんだ。はじめて聞いた。」

「ふふ、ユウったら。」

ちなみに本心だったことは言わなかった。



 「おはよーっす。」

教室に入ると皆の視線が一瞬俺に集まり、すぐに散っていった。


返される返事は1つとしてない。

クラスメイトも、女子3人組も、親友である一馬からすらも。

一瞬ファリアの言っていた普通ではなくなるという言葉が浮かび、慌てて否定する。

座席に向かい、芝中たちと話をしていた一馬に声をかける。

「俺を置いて1人で学校に行くなんてひどいじゃないか。それでも親友か?」

一馬はそれはもう冷たい視線を俺に向けて、盛大にため息をついた。

「その親友に一言も告げずいつの間にかファリア先輩と仲良くなっていて、気がつけば付き合っていて、あまつさえ同棲まで始めやがった薄情な幼馴染にかけてやる優しさなんて微塵もねえ!この裏切り者が!」

激した一馬に激しく揺さぶられ、クラスメイトから怒号のような罵声を浴びせられて気がついた。

これがファリアが加わった世界。

俺がそばにいてほしいと望んだことにより変わってしまった普通。

「俺だって入学前からファリア先輩のこと狙ってたのによ。いったいどうやってあんな超絶美人とお近づきになった?吐け、馴れ初めから初体験まで余すことなく吐きやがれ!」

ヘッドロックをかけた一馬はぎりぎりと力をこめていく。

「いだだだだだ、ギブギブッ!」

タップをするが応答なし。

答えてやろうにもこの世界での馴れ初めなど記憶の端にもないのだから下手なことは口に出せない。

締められる頭は嫌な音を今にも立てそうでなんだか意識まで遠のいてきた。

「いいかげんに…」

スパーン

一馬が止めをさすべく力を入れようとした瞬間、小気味良い音が教室に響き渡った。

狂乱の内にあったクラスメイトもその音に静まり返る。

発生源である芝中のハリセンブレードは一馬の額に真っ赤な跡を残して俺を解放させた。

「葛木君、大丈夫?」

「あ、ああ、助かった。」

頭を振りながら立ち上がるとクラス全体から俺と芝中に負の感情を込めた視線が向けられていた。

仲の良かった-芝中にとっては親友である-佐川と館野からも。

芝中はそんな視線にも怯まず俺を守るようにハリセンブレードを強く握っていた。

キーンコーンカーンコーン

その一触即発のような気配もチャイムと同時に霧散した。

クラスメイトはもちろん、芝中も何も言わずに席に戻っていく光景に呆然と立ち尽くしているとポンと一馬に肩を叩かれた。

「何ボーっとしてんだ?毎朝のことじゃないか。この幸せ者が。」

「…ああ。」

俺は促されるままに席に着く。

この世界ではこんなことが毎日繰り返されてきたことになっているらしい。

正直眩暈すら覚える状況だ。

ようやく元に戻った教室を見渡して

(ん、芝中?)

芝中が怒っているとも悲しんでいるとも取れるなんともいえない表情でこちらを見ているのに気がついた。

俺と目が合うと芝中は驚いたそぶりも見せずに視線を前に戻してしまい、その理由を尋ねる間もなくすぐに先生が入ってきた。

(気のせいか?)

芝中の向けてきたそれは今朝散々受けた憎悪や殺意ではない、不審げなものだった気がした。


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