第6話 追い続ける人
「気色悪いやつだな。」
目が覚めると俺は一馬の手を握っていた。
すぐに振り払い布団から抜け出す。
今日は妙に腕が重いし体もだるかった。
「調子悪そうだな。今日は土曜だし早めに帰ってゆっくり休め。」
「ああ、そうだな。」
一馬が部屋を出て行ってから俺は頭に響いている言葉を放つ。
「ファリア、か。」
そうつぶやくたびに胸が締め付けられる。
指先にぬくもりを感じた気がして、それが一馬のものだと思うと一気に興ざめして着替えをした。
「葛木君、無事だったか。昨晩は甲冑騎士と一戦交えるとメールがあってから音信不通だったからてっきり…はっはっは、よかったよかった。」
昨晩送られてきていたメールを見て青筋を浮かべながら会いに来てみると会長は菊の花を用意していた。
ジト目で睨んだ結果がさっきの台詞だ。
もう思い残すことはあるまい。
俺はなぜかポケットに入っていたバタフライナイフを取り出した。
もちろん刃は出していないがそれが何か気づいたのだろう、会長はものすごく怯えた様子で後退った。
「わ、私が悪かった。この通りだ。」
頭を下げる会長に怒りも収まりナイフをしまう。
あとで一馬に返しておくとしよう。
「そういえば昨晩はなかなか派手にやったみたいだね。廊下には裂傷、1年E組の床はぼろぼろで机と椅子は廊下に出されていた。これはたぶん君の仕業だろう?」
「さあ、たぶんそうでしょうが。」
なにせ相変わらず覚えていないのだからどうしようもない。
きっとそうしなければならない何かがあったのだろうと推察できるだけだ。
会長もそれはわかっているから冗談めかして聞いてきているのだ。
「今晩、明晩はどうするかね?私は連絡を待つ身だから特に制約はないが君にも予定があるだろう?ヴァニシングレイダースの任務は何も急ぎというわけでもやらなければいけない使命というわけでもない。休息をとるというのもありだと思うが。」
そういわれて見ればここ1週間、火曜日を除けば自分の意思で眠りに落ちた記憶がない。
特に寝不足というわけでもないが突然ガタがこられても困る。
「そうですね。たまにはゆっくり休んで、対策を考えることにします。」
「ああ、それがいい。こちらも対策と、可能な限り人員の手配をしたいところだが…」
会長は言葉を切った。
言われずともわかる。
こんな不可解な事件に他人を巻き込んでよいものか判断しかねているのだろう。
「人員の方は期待しないで待っています。そろそろ時間ですね。」
俺が立ち上がるのにあわせて会長も腰を上げた。
「…すまない。」
その言葉を、俺は聞かないふりをした。
午前中だけの授業を終えた放課後、このあとどうしようか考えていると一馬が数人の女子を引き連れて俺のところまでやってきた。
「勇、昼飯ついでに遊びに行こうって話になったんだが、もちろん行くよな?」
すでに決定事項なのだろう。
佐川と館野にホールドされる。
「最近お前生徒会の手伝いで俺たちと遊んでくれないんだからたまには付き合えよな。」
「わかった。わかったから…人の体をさするな。くすぐったい。」
ああもう、俺たちをヤオイにしたり、過剰なスキンシップが好きだったりするこいつらが何で一番仲がいいのか。
スパン、スパーン、小気味良い音を響かせてハリセンブレードを振るった芝中が腰に手を当ててうずくまる佐川と館野を叱り付ける。
「ほら、時間がもったいないでしょ。さっさと準備する。…あなたたちだけずるいわよ。」
最後に何か言ったような気がしたが芝中はさっさと鞄をつかんで教室を出て行ってしまった。
手に提げたハリセンといい鞄を背中に回してもつ仕草といい男らしいというかかっこいいことこの上ない。
俺も鞄に荷物を詰めて教室を後にした。
今日は事件のことは忘れて楽しむとしよう。
昼食はリーズナブルなファーストフード店、通称Nバーガーで済ませることにした。
店の奥にあるボックス席を陣取ったのだが
「…明らかにこの配置おかしいだろ?」
「そんなことないよぉ。」
「そんなことないない。」
「問題ないわ。」
何故に3対2で座ればいいボックス席で1対4なんだ?
壁側から館野、佐川、俺、芝中の順で反対側には荷物と一馬が座っている。
佐川と館野はなにやら小競り合いをしていて触れる太ももとか肩が気になる。
「芝中、一度立ってくれ。俺がそっちに行けば座りやすいだろ?」
「それじゃあ意味がないわ。葛木君はその位置で固定よ。」
芝中ならわかってくれると思ったのだが涼しい顔で拒否されてしまった。
「相変わらず愛されてるよな、勇は。まあ、諦めろ。」
「そんな事言って、本当に愛してるのは俺だ!とか思ってるんでしょ?」
館野が佐川と小競り合いを繰り広げながらも変な方向に話を持っていこうとする。
ヤオイ疑惑を持ち出した張本人だからこいつの発言はいちいち心臓に悪い。
一馬はポテトを頬張りながら唸っている。
「まあ、こいつに彼女ができるまでは俺がしっかりお守をしてやらなきゃならないとは思っているさ。勇は俺の大切な幼なじみだからな。」
「きゃー!」
佐川と館野が黄色いというかピンク色の悲鳴を上げて身を捩じらせる。
逃げようとして体をずらすと今度は芝中とぶつかってしまった。
こっちは落ち着いているかと思いきや真っ赤になってるし。
こうしてそれをネタに騒いでいた2人が落ち着いてようやく食事にありつけると手を伸ばしたのだが俺の考えは甘かったらしい。
「それでは張り切って、どんな人が好きなのか告白大会ー!いぇーい。」
佐川主導で変な企画が始動した。
もう好きにしてくれとげんなりするしかない。
「まずはあたしからだね。あたしは葛木君!」
佐川はそういうなり俺の腕に抱きついてきた。
「あ、ずるい。私もー!」
館野もそう言って俺の腕の奪い合いを始め、
「…///。」
左腕には芝中がそっと抱きついてきた。
ああ、俺ってモテモテだな。
うれしいにはうれしいが素直に喜べないのは何故だろう?
何とかこの状況を抜け出そうとニヤニヤしている一馬に目を向ける。
「一馬はどんな人が好きなんだ?」
「俺か?俺は…」
「もちろん葛木君!きゃー!」
館野が勝手に答えて勝手に盛り上がっている。
どうしろというんだ!?
「それで、葛木君の好きなタイプってどんななの?」
これまでほとんど喋っていなかった芝中の言葉に佐川と館野が一気に静かになる。
さすが3人娘のリーダー、適度にきわどい爆弾をお持ちでいらっしゃる。
4対の視線に冷や汗が出てきた。
俺の好きなタイプ。
そんなのは
「…優しい笑顔の女性、かな。」
いないはずなのに…そんな笑顔をした女性が思い浮かんで口をついていた。
芝中が俺の腕にほんの少し強く抱きついてきた。
「そういう人、いるの?」
「いた事はないはずなのに、ずっと追い続けている気がするんだ。」
俺はここではない遠くを見つめる。
俺はきっと、ファリア、その名を持つ人を追いかけ続けているんだ。
ガバッと体に抱きつかれる感触に意識を戻すと佐川が俺の胴体に抱きついていた。
右腕は館野、左腕は芝中と完全装備状態だ。
「それならその人に会えたら紹介してよねぇ。あたしより駄目駄目だったら勇君もらっちゃうんだから。」
「あんたより駄目駄目って。いるの?」
「むきー、とにかく約束だよ!」
駄々っ子のように騒ぐ佐川に苦笑しながら俺は頷いた。
「ああ、約束だ。」
結局凄みのある笑顔の店員さんに怒られて俺たちはさっさと食べて店を後にしたのだった。
ゲーセン、カラオケ、ウインドウショッピング、日が沈むまでにいろいろやっていたせいでくたくただ。
「もうそろそろ帰らないと。葛木君、遠藤君、今日は楽しかったわ。また遊びましょうね。」
「あ、もう帰っちゃうんだ?ならあたしは勇君を…」
スパン
「今がチャンス。私が!」
スパン
「バカやってないで帰るわよ。それじゃあ2人ともまた月曜日に。」
俺たちは2人を引きずって去っていく芝中を呆気にとられて見送っていた。
「芝中ってすげえよな。」
「…そうだな。」
成績は優秀でリーダーシップもあってあの通り腕っ節も強い、そのくせ恋愛ごとには奥手と可愛らしい所もあるいいやつなのだ。
なのになんであの2人とつるんでいるのか、結構長い付き合いながらいまだにわからなかった。
「それじゃあ、疲れてるみたいだししっかり休めよ。」
「ああ、おやすみ。」
一馬と別れて玄関のドアを開けようとした所で携帯が鳴った。
開いてみると差出人は不明、内容は
「今宵、世界の真理を知りたければ学校の屋上にこられたし?」
明らかにヴァニッシュに関わる内容だった。
アドレスを確認してみるがやはり知らない相手からだった。
俺は家に入ることも忘れてメールを返す。
『お前は誰だ?』
送信してすぐに携帯が鳴った。
『詮索はなしだ。知りたくば今晩指定の場所に来るといい。』
俺はもう一度送信しようとして、手を止めた。
もしこれの送り主が機嫌を損ねてこなくなるようなことがあれば真実を知る手がかりを失ってしまうことになる。
俺は深呼吸をして少し冷静になってから家に入り準備を始めた。
武器になりそうなものは…ないか。
昼間バタフライナイフを一馬に返したことが悔やまれる。
他に武器なんて、と考えた所で最適なものが思い浮かんで携帯を取り出した。
送り先は会長。
『敵かどうかわかりませんが向こうから誘いがありました。俺は今晩学校の屋上に行こうと思いますがもしよければあの剣を貸してもらえないでしょうか?夜8時までに連絡がなければ待たずに学校に向かいます。』
時計を見るともうすぐ7時、夕飯を食べて準備をしている間に出発時刻になるだろう。
何が待っているかわからない。
使えそうなものは何であろうと持っていくべきだろう。
俺は夕食後台所から果物ナイフとかおたまとかにんにくとか手当たり次第拝借した。
部屋には武器になりそうなものはなかったから学校で回収することになる。
そろそろ時間だった。
俺は鞄を背負って部屋をあとにする。
結局、会長から連絡が入ることはなかった。