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Vanishing Raiders  作者: MCFL
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外伝 とある世界のヴァニッシャー

これは多元総合技術大学の異次元理論研究室という大学内でも極めてマイナーな研究室に在席する大学一の才女と目される大学院生ファリア・ローテシアの何でもない日常に起こったちょっとした事件である。


ボン

電熱器とホットプレートしか熱源のない異次元理論研究室であり得ない爆発が起こりスプリンクラーが作動した。

幸い電子機器や重要なレポートへの被害は免れており、ファリアが楽しみにとっておいたサクサク感が売りのドーナツだけが水を吸ってふやけてしまっただけであった。

原因は不明。

そもそも大学側から予算が降りずどこの企業からも救いの手が伸びてこない弱小研究室には高価な機器が買えるほどの余裕はないので爆発などあり得ない。

たまたま暑くなって何かのガスが充満し、たまたまショートした火花で引火したのだろうという適当な解釈でたいした事件にはならなかった。

あくまで大学的には。

だが異次元理論研究室の教授であるハリー・マトーヤと自称する本名播磨遠矢といまだになぜこの研究室に志願したのかよくわからないファリアの研究室仲間である六道門ひとみは机の下に頭を突っ込んでいた。

それは別に怒らせるととてつもなく怖いファリアにバレないようにドーナツを隠しているわけではない。

机の下にこの世界ではいまだかつて発見されたことのない動物が怯えた様子で蹲っていたからである。

「六道門くん、これは何に見えるかね?」

グリグリ眼鏡の教授が目が飛び出しそうなほど見入るとその動物は小さく悲鳴をあげてさらに縮こまってしまった。

「何って、現実的な意見を述べれば狼の亜種ですよ。今のご時世、馬が二足歩行していたって驚く人は少ないですよ。」

この世界は人類の種が危機に陥った時のために備え、より強い人類として他種族とのハイブリッドが日常的に行われてきた。

見た目は普通の人間だが超音波が聞こえたりチーターのように早く走れたり怪力だったりと人類の半数以上がなにがしかの混血であった。

だがハイブリッドはあくまで人間に他種族の能力を付与することであり、他種族を人型にする研究はキメラと呼ばれ禁忌とされていた。

「ぐー!」

必死に威嚇しようとしているどうみても二足歩行の哀願動物は後者であった。

「キメラの研究なんて、いくらお金に困ってるからって教授が悪の道に染まってしまった!」

ひとみは頭を抱えて身を捩り

ゴン

テーブルに頭をぶつけて撃沈した。

「貴重な協力者を失ってしまったか。だがまだ諦めるわけにはいかんよ。」

教授がなんとかキメラの子を捕まえようとした

「おはようございます、遅れました。」

その瞬間に入ってくるファリアのタイミングの悪さに飛び上がろうとした教授は

ゴン

とテーブルの底に激突して気を失った。

「な、何ですか?」

そしてファリアは見る。

楽しみにしていたドーナツがべちゃべちゃになった惨状を、

机の下から2対の足が伸びていて動かないことを、

なんだか机の下から「ぐー!」と鳴きながら出てくる二足歩行の愛玩動物を。

そしてファリアは結論を導きだした。

「何ですか、これは?」

至極当然な「わからない」という答えを。


異次元理論研究室の面々はグショグショになっていた部屋を掃除した机を囲んだ。

テーブルの下にいたぬいぐるみのようなキメラはファリアの膝の上で大人しくしている。

基本的に教授は話を引っ掻き回すし六道門は脱線が多いので真面目な議論ではファリアが進行役となる。

「それで、私のドーナツを台無しにしたのはいったい誰なんですか?」

笑顔のまま黒いオーラを立ち上らせるファリアの姿に教授たちはずざざと距離を取って抱き合い、キメラも忙しなく慌てていた。

現状把握のために皆の意見を聞いた結果は次のようになった。

スプリンクラーが動いたとき部屋には誰もいなかった。

ひとみが来たときにはすでにスプリンクラーは止まっており、部屋が水浸しになっていたので部屋を覗いてすぐに逃げようとした教授を捕まえて一緒に床掃除をしていたところ机の下にいるキメラを見つけたということだった。

「掃除をしたときに火元となりそうなものは何も見つからなかったんですか?」

「今朝掃除したばっかりで綺麗だったからね。それっぽいものはなかったよ。」

この研究室の人たちは甘いものは大好きだがタバコは吸わない。

スプリンクラーの真下にあるテーブルの上にはドーナツしか置いてなかったとのことだった。

「仕方ありません。スプリンクラーの件は置いておくとしてこの子はいったい何ですか?」

ファリアもこちらの世界に来てから勉強したのでこれがキメラと呼ばれる存在であることは知っていた。

だがキメラの合成は禁忌であるためこんなものを気軽に散歩などさせたら飼い主は即逮捕される。

ならば何処かで秘密裏に作られたキメラが脱走してきたのだろうか?

だが何かおかしい。

ファリアの眼鏡の奥の瞳が細められた。

「…この子、いつこの部屋に入ってきたんでしょうか?」

「そういえばそうだな。誰もいなかったときには鍵がかかっていたのだから入れない。」

「私や教授が入ってきた後だとしてもさすがに足元にこんなのが歩いていれば気づくよ。」

窓が割られた形跡も排気口のサッシが外された形跡もない。

言ってしまえば密室侵入手品と同じだった。

皆が黙り込んでしまう。

異次元理論研究なんて変わった研究はしているがそれもあくまで科学分野における発展のための研究でありオカルトには非対応だった。

現状を説明できる理屈が見つからないまま時間ばかりが過ぎる。

教授が時計を見て席を立った。

「すまないが会議だ。真相が分かったら教えてくれよ。酒の席の話題くらいにはなりそうだ。」

「私もちょっと用事があったんだ。留守番頼んでいい?」

研究室に残っていることが留守番扱いなのは大学内でもここだけだ。

ファリアが手を振って2人を送り出すとため息をついてキメラを机の上に置いた。

「ドーナツ、食べたかったです。」

机に突っ伏してファリアは憂いの表情を浮かべる。

(ユウ、早く迎えに来てくれないと本当におばあちゃんになってしまいますよ。)

ファリアはもう世界を越えることはできない。

それは消滅の副産物で生じる世界間の移動が危険であることを知ったため死ぬようなことはできないからである。

だからこの世界で一番異世界との繋がりが有りそうな場所を探し、この異次元理論研究室にたどり着いた。

世界を調整してファリア・ローテシアの存在を確立し大学院生になった。

「いい人たちなんですけどね。」

指先でキメラをつついて遊びつつ別の意味でため息をつく。

教授とひとみはプログラム的な人間の中ではかなり奇抜な人たちでファリアとしても一緒にいて退屈しないですむ。

だが研究の方は進んでおらず手がかりすらも掴めていない。

このままでは本当に迎えに来てくれるのを待つだけになってしまう。

「ぐー?」

落ち込むファリアを心配するようにキメラがファリアの額をペシペシ叩く。

少しだけファリアの顔に笑顔が戻った。

「ふふ。あなたはどこから来たんでしょうか?もしかしたら違う世界から?」

密室に入り込んでいたのだから可能性はある、と考えてファリアは自分の思考に苦笑を漏らした。

ご都合主義だと。

キメラはふさふさの毛並みの中から虹色に輝く水晶のような小さな石をファリアに差し出した。

「何でしょう、これは?」

しげしげとその水晶を眺めているとキメラはテーブルの中央に移動して上を見上げながら両手を掲げた。

意味不明な行動に首を傾げるファリアの眼前で突然、空間が歪んだ。

「!?これは!」

それは規模こそ小さいが紛れもなくゲートだった。

キメラは最後にもう一度ファリアに振り返り、一鳴きしてゲートへと飛び込んでいった。

「あっ、待って…」

差し伸ばした手は届かず

ボンッ

とゲートが爆発して消滅した。

ジリリリとけたたましいサイレンと共にスプリンクラーが作動した。

「ファリア、大丈夫!?」

「何があった、ローテシア君。」

ひとみと教授が入ってきてみたのは

「フフフ。あはは。」

ずぶ濡れになりながらも楽しそうに、嬉しそうに笑うファリアの姿だった。

心配されるのを適当に応対しながらファリアは受け取った水晶を眺める。

(妖精の贈り物、ですかね。)

王子様に会いたいと願う姫に心優しい妖精がくれた魔法の力。

これはそこまで便利なものではないかもしれない。

でもこれは異世界へ、そしてユウへと繋がる手がかりなのだ。

(これから忙しくなりますね。)

魔法がないのなら自分の手で魔法に代わる手段を見つけなければならないのだから。

お節介に髪を拭いていたひとみがファリアの顔を覗き込んで優しく微笑んだ。

「ファリア、いい顔してるよ。」

「そうですか?…そうですね。もう待つだけのお姫様じゃなくなりましたから。」

男たちを魅了する輝くような笑顔。

ただ1人受け取ってほしい人にたどり着くためにファリアはやっとその一歩を踏み出したのだった。


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