第41話 約束
ドラゴンカインドは青い空を呆然と見上げていた。
足の先から緑色の光に変わっていっている。
「何故だ?」
それを見下ろす俺たちに、ドラゴンカインドはどちらともなく尋ねてきた。
「何故貴様らはそれほどまでに強くなれる?その力は同胞から脅威の対象となるやもしれぬというのに。」
俺とファリアは顔を見合わせた。
それはまるでドラゴンカインドが俺たちを心配しているように聞こえたからだ。
「お前の力は壊すためのものだ。だけど俺たちは違う。俺たちは守りたいもののために強くなった。だから強くなることを恐れはしない。大切なものを守れるなら俺はどこまでだって強くなってみせる。」
拳を握って力説してみたがドラゴンカインドは無反応、同意を求めて振り返ったがファリアは困ったように苦笑を浮かべるだけだった。
「それが、貴様らの強さか。口惜しいな。」
ドラゴンカインドの体が消えて行く。
いろいろと許せない相手だが看取る者のない終わりは悲しすぎるので最期まで見届けることにした。
「この世界は終わる。もはや誰にも止められはしない。無念だな。」
踏んづけてやりたいくらい最期まで嫌なやつだ。
「まだ、手はあります。」
「…愚かな。この世界を救って、貴様らになにがある?」
俺とファリアは頷き合って胸を張って答えてやる。
「化け物たちの脅威から学校の平和を守る。」
「それが俺たち、未知騒動対策班…」
「「ヴァニシングレイダースの使命だから(だ・です)。」」
ドラゴンカインドは何も答えず火の粉となって消え去った。
最期に笑ったように見えたのは微笑んだのか、馬鹿にしたのか、それはもうわからない。
火の粉が完全に消える様を見届けて、
「さてと…」
俺はファリアと向き直った。
ファリアはあの頃の格好のままでとても懐かしい。
「それでは、救いましょうか。世界を。」
「ああ。やってくれ。」
ファリアが祈るように胸の前で手を組み、空に向かって広げると光の粒が瞬く間に世界に広がっていく。
この世界はもう取り返しのつかない段階まで来ていた。
だがこの世界に存在する異物を全て排除することで世界は持ち直すことができるかもしれないとのことだった。
数分間空に手を広げ続けたファリアは一息ついて笑みを浮かべた。
「存在する『外れたもの』全てを世界から消滅させました。」
そこに俺たちが含まれていることなどいうまでもない。
消滅を免れた世界は早急に修正を始めるために光で世界を包んでいく。
徐々に俺たちの周りの世界が見えなくなっていく。
いや、俺たちが世界から外れようとしているのだ。
もはやこの世界は完成された状態に戻り、わずかな歪みも許されなくなっていた。
「ユウ!」
ファリアが胸に飛び込んできて痛いくらいに抱きついてきた。
まるで絶対に離すまいとするように。
「ここは演出的には涙を浮かべながらまたねって別れるところだろ?」
「そんなの知りません!なんで、どうして別れないといけないんですか!?」
ファリアをいやいやをするように頭を擦り付けてくる。
ファリアにも分かっているのだ。
俺もファリアもどの世界にとっても巨大な歪みを生む存在。
そんな2人が一緒にいられる世界なんて無いことを。
「やっと一緒になれたのに。平和な世界で恋人らしいことをしたかった、もっともっとユウと一緒に笑っていたかった。これはわがままですか!?私の願いはそんなに贅沢ですか!?」
泣きじゃくるファリアを俺はただ抱き締めることしかできない。
思いは同じだ。
だからこそ、俺はこちら側にいなければならない。
(損な役回りだな。)
大好きな人を泣かせて、それでも生きるための道を選ばせなければならない。
心中なんて救ってくれた皆に申し訳が立たないから。
最後に一度だけ俺の弱さを表に出して泣きじゃくるファリアの唇を奪う。
「んん!」
ファリアは嫌がってすぐに離れてしまった。
これが最後だとわかっているから。
本当に以心伝心だ。
もう俺たちは真っ白な世界を、上とも下ともわからない空間に漂っていた。
子供みたいに泣くファリアの頭を撫でる。
俺は今から残酷なことをしようとしている。
それでも感情が、心が俺を突き動かした。
ファリアの目の前に小指を突き出す。
「俺はファリアがどこの世界にいてもきっと探し出してみせる。何年、もしかしたら何十年かもしれない。いつになるかわからないけど必ず迎えに行く。だから、待っていてくれ。そしてもう一度違う世界で再会できたなら、今度こそ君を幸せにするよ。」
かつての誓いをもう一度、今度は本人に告げる。
ファリアは涙を流しながら笑って、
「約束、ですよ?おばあちゃんになったって待ってるんですから。絶対に幸せにしてくださいね。」
しっかりと小指を絡めた。
その指が絡まったままほどけた。
俺とファリアの存在が交差しない世界へと別れていく。
「ファリア!」
「ユウ!」
もうどんなに手を伸ばしても届かない。
だから最後まで届く言葉に想いを告げる。
「ファリア、愛してる!」
「私も!愛し…」
もう言葉も届かない。
白い闇の中で堪えていた涙が溢れ出した。
「ファリア、ファリア、ファリアー!」
離れたくなんてなかった。
ずっと一緒にいたかった。
そんな願いすら叶わない世界にはきっと神様なんていないのだろう。
俺はうずくまって瞳を閉じる。
それでも
(どうか、ファリアと出会えますように。)
小指の温もりを思い出しながら世界を統べる何かに願わずにはいられなかった。
意識が闇に飲まれていき、俺は新しい世界に生まれ落ちた。
キーンコーンカーンコーン
「ほら、ホームルーム始めるぞ。」
担任の登場にクラスは我先にと席に戻る生徒で騒がしい。
「…遠藤。」
「はい。」
「…。佐川。」
「はいはーい!」
「はいは1回でいい。…」
「芝中。芝中はいないか?」
「ゆきちゃんはどっか行っちゃいました。」
「まったく。新学期始まってからたるんでるな。」
「先生のお腹ほどじゃないと思うよ?」
「佐川!」
クラスは笑顔に包まれていた。
ホームルームの時間に、それも特別教室棟の屋上に来る人間などいない。
ただ1人、綺麗な黒髪を吹く風に任せて靡かせる女子生徒がどことも知れない場所を見つめているだけだ。
「…バカ。」
その言葉の意味も、頬を伝う涙の意味も知る者はこの世界にいない。
「あ、あの!」
「はい?」
「付き合ってください!」
「ごめんなさい。」
「即答!?な、何でですか?理由を教えてください。」
ここはとある大学のキャンパス。
若者が青春を謳歌し研究者が業績を残すため、新たな発見をするためにそれぞれが切磋琢磨しているこの世界でもトップクラスの大学である。
そしてあっさり玉砕した彼は大学野球のエースにして容姿端麗、学業優秀、そのくせ奥手で奥ゆかしい好青年だった。
そんなスーパーマンみたいな彼の告白をまったく悩むことなく断った女性は眼鏡を押し上げるとにこりと笑った。
「私にはどんな時代のどんな世界であってもただ1人待ち続けると約束した人がいるんです。だからごめんなさい。」
「あ、いたいた。教授が呼んでるよ。」
「はい、今行きます。」
女性は振り返らずに去っていく。
その後ろ姿に好青年は見惚れていたのであった。
同じ研究室の仲間に勿体無いと言われながらも女性は困ったように笑うだけだった。
広いこの世界でもこんなマイナーな研究をしているのはこの大学だけだった。
異次元理論研究室というドアに手をかけた女性は右手の小指を見て小さく笑みを浮かべた。
「なになに?妄想の彼でも思い浮かべてたの?」
「妄想じゃありませんよ。」
「はいはい。白馬の王子様なのよね。」
「違います。彼は勇者様です。」
開いたドアの向こうにかしましい娘たちの声は消えていった。
ザシュ
気味の悪い声をあげて殻のついた巨大な芋虫の群れはようやく駆逐できた。
いまだに砂漠のど真ん中に芋虫がいる現実が信じがたい。
「だがこれでお仕事終了っと。久々にましな食事にありつけそうだ。」
剣を背中に背負った鞘に納めて砂避けのマントとゴーグル付きのマスクをして辺りを見渡す。
空はいつも暗い灰色、大地も似たような砂で覆われた一面砂漠の世界。
「ここもはずれか。次の世界に行くまで結構あるし、しっかりお仕事しないとな。」
依頼主が到着するまでの間、近くの瓦礫に腰かけて一休みする。
気がつけば右手の小指を見つめる自分がいて、苦笑が漏れる。
小指からは本人にしか見えない細い細い赤い糸が天へと伸びていた。
ザザッ
嫌な音に剣を構えながら立ち上がる。
ついたあだ名はライトウォーリアー、光の剣を使う軽装の戦士でライトをかけているらしい。
結構気に入っている。
地中からはさっき倒した倍は下らないキモ巨大芋虫がうようよ沸き出してきた。
それでも恐怖はない。
大切な約束があるから負けるわけにはいかない。
そのためにはどこまでだって強くなる。
「どうせ言葉は通じないだろうが、人々の生活を脅かす化け物はヴァニシングレイダースが相手だ。かかってきやがれ。」
俺は歩き続ける。
いつか、あの約束を果たすその日まで。
この絆の行き着く先にたどり着ける時まで。
ヴァニシングレイダース 完
本編は最終話です。
番外編に続きますのでもう少しお付き合いください。