表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Vanishing Raiders  作者: MCFL
40/43

第40話 ヴァニシングレイダース

南前高校であった場所は戦場と化していた。

魔竜が校舎を蹴散らしていく。

その余りにも巨大な怪物に立ち向かうのは見目麗しい1人の女性だけ。

あとの60億を越える人間たちは世界が消滅の危機にあることも、それに立ち向かう者がいることも、そもそもその脅威の存在自体を認識していなかった。

リゾルドの大木のような尻尾が校舎を瓦礫に変えながらファリアに向けて振るわれる。

尻尾と瓦礫の怒濤をファリアはフットワークのみでかわしきった。

「やはり立ち塞がるか、消滅の魔女。かつては人間どもの邪魔立てと光の騎士の力に押され、貴様の力を知らなかったために敗北したが今は違う。我に立ち向かうのは貴様1人。」

「これは私の心の弱さが招いた結果。あの時私は消えたくないと願ってしまった。そしてその願いは奇しくもリゾルド、あなたと同じでした。」

ラスティアから消滅したファリアとリゾルドは完全なる無となるために世界の海を揺蕩っていた。

だがリゾルドは悲願を果たせずに滅びることをよしとせず、ファリアも生存を望んだため2人はこの世界にたどり着いたのであった。

「貴様のヴァニッシュを知覚できるように進化した我にもはや恐れるものは何もない。貴様を葬り、人間という傲慢な種を駆逐してくれるわ!」

それこそがリゾルドの願い。

怪物だからという理由だけで命を狙われてきた同胞のために人間を滅ぼし自分たちだけの世界を作り上げるために立ち上がった彼らにとっての正義であった。

だがそれは人間には到底受け入れられない願い。

だからこそファリアは命を賭して抗う。

「私の命に変えてもこの世界と、そこに住まう人々、数多の生命、そしてユウは救います!」

ファリアの決死の意気込みをリゾルドは雄叫びで応える。

「ならばその命と力を喰らい、我は世界の神となろう!」

魔竜と乙女、そのあまりにも大きな戦力差を前にファリアは冷や汗を流した。

(想像以上に厳しい。ですが、ユウ、あなただけは必ず…)

もう会えない最愛の人を想い、その愛しさを力に変えてファリアはリゾルドに立ち向かっていった。


歩みは地震の如く、羽ばたきは嵐の如く、振るう爪は落盤、振り回す尻尾は怒涛の天災のようなリゾルドを前にあくまでもただの人間であるファリアは無力であった。

短剣による攻撃では鱗1枚に傷をつけることすらできず、ヴァニッシュを撃とうにも絶え間なく迫る災害クラスの攻撃に力を集中させる暇がない。

体力ばかりが削られていき、攻撃を加えることもできないまま傷ばかりが増えていく。

かわせていた攻撃が避けられなくなって来ていた。

視界はぼやけ、飛んできた瓦礫との目測を見誤った。

「あっ…!」

一瞬崩れたバランス、それを見逃すほどリゾルドは甘くはなかった。

尻尾が直撃し声をあげることもできずに弾き飛ばされて瓦礫の山に叩き込まれた。

「…げほ、げほ。」

咳と一緒に血が飛び出した。

たった一撃もらっただけで体がもう限界を告げていた。

(まだ、まだ私は…)

持てる力を振り絞って瓦礫から起き上がる。

一歩歩く度に体が悲鳴を上げるのを無視してリゾルドを睨み付け、両手を開いて立ち止まった。

「最後の一撃です。あなたが真の意味で私を打ち倒したいのならこの攻撃を受けなさい。」

ファリアは目を閉じて力を集中させていく。

ファリアはライカンスロープが見せた戦士としてのプライドや決着を演出しようとする戦士の業がリゾルドにあることを期待していた。

勇とライカンスロープの決着のように力を溜める時間さえ稼げれば相討ちに持ち込むことも可能になる。

リゾルドはさっきまでの暴れまわっていたのが嘘のように静かに待っている。

「消滅の魔女との因縁を終わらせる決着か。悪くはない。」

(やりました。これで…)

ファリアが小さくほくそ笑む。

「…などと言うとでも思ったか?」

その笑みを、リゾルドの嘲笑が打ち消した。

「かつてと同様に我を道連れに消滅をする腹積もりか。策士だな。だからこそ貴様には油断をせんと貴様にしてやられた日に誓ったのだ!」

大気を吹き飛ばすほどの咆哮にファリアの体がよろめく。

(やはり駄目でしたね。)

ファリア自身、決着というには役不足だと感じていた。

真の決着とはやはり勇者とのものでなければ、と。

「我が腹の中で覇道を歩む我の礎となれることを誇りに思うがいい!」

巨大な竜の顎がファリアを呑み込まんと迫るがもはやファリアに避けるだけの体力は残されていなかった。

最後の最後で結局自分1人では何も出来ないことが悔しくて一筋の涙が流れた。


-ずっと一緒に生きる-


見栄も矜恃も自分を守っていたものをすべて捨て去ったときに最後に残ったのは正義とか使命ではない、ただ1人の女としての切なる願いだけだった。

「ユウー!」

ファリアは恥も外聞もなく悲鳴を上げる。

ヒロインがピンチになると現れるヒーローを夢見る少女のように、願った。


きっとこの世界に神様はいない。

誰かがそう言っていた。

ならばこれは何なのだろうかとファリアは呆然と目の前の光景を見つめていた。

すぐ側に巨大な牙がドスンと落ちる音も気にならないほど一心に見入ってしまう。

それは光。

リゾルドの暗黒と対を成す希望の光、それを纏った勇者がファリアのピンチに颯爽と現れた。

力強い背中を見つめる瞳が涙で滲む。

笑みが浮かぶのを止めることが出来ない。

ファリアはただ嬉しさにヒーローの名を呼んだ。

「ユウ!」


ヒーローは力強い笑みを湛えて振り返った。

「待たせたな、ファリア。」


役者は揃い、世界の命運を賭けた戦いが、世界と共に終わりを迎えようとしていた。



へなへなと腰を抜かして嬉しさに泣くファリアを優しい笑みで見つめていた俺は怒りに満ちた唸り声で視線を戻した。

「光の騎士。貴様では我に勝てぬと知っていて今さら何をしに来た?」

「悪いな。少しばかり忘れ物を取りに行っていたら遅刻した。だけどフィナーレには間に合ったみたいだな。」

俺が肩に剣を担ぐとファリアとリゾルドともに息を飲んだ。

「なんだ、それは!?」

「ユウ、剣が…」

剣は絶えず光を放っていた。

その力、その存在感はリゾルドにも劣らない。

「紹介がまだだったな。俺はラスティア討伐軍特別軍事参謀…」

「!?」

「ならびに一般高校生の葛木勇だ。そしてこれは俺の唯一無二の相棒、銘をルーツという。」

これこそが俺の世界を救う鍵となる物質、命の光を増幅する神秘の金属で作られた剣だった。

「ようやく現れたか。光の騎士。貴様につけられた数々の傷の怨みを貴様の命で償わせてくれる。」

リゾルドが羽ばたき吼えると嵐が起こったように風が荒れ狂う。

それを前にしても俺は全く恐怖を感じなかった。

守るべきものが後ろにある、そして俺には守る力がある。

もう恐れるものは何もなかった。

「うおおお!」

迫る剛腕の一撃を真正面から迎え撃つ。

光の刃はリゾルドの手首をはね上げた。

「グアアアアア!」

ズドンとリゾルドの手首から先が地面に落ちた。

命の光は物質の硬さとは関係ない。

生きているのならたとえダイヤモンドの皮膚であろうとも切り裂ける。

「貴様ァ!」

リゾルドは尻尾を振るい、俺ではなく瓦礫を弾き飛ばしてきた。

(ちっ、逆上してるわりに頭がよく回る。)

瓦礫の津波に飲み込まれないように大きく横に跳んで回避し、そのままリゾルドの周囲を駆ける。

「目障りだ。」

リゾルドの足踏みは地震を引き起こす。

だがその攻撃は俺には通用しない。

かつて戦ったゴーレムでタイミングは掴めている。

同様に爪や尻尾も怖くはない。

リゾルドの配下のヴァンパイアやライカンスロープはもっと多彩でもっと速い攻撃を繰り出してきていた。

「そんな攻撃、当たるかよ!」

尻尾を避けながら飛び上がり剣を振りかぶる。

光とは形なきもの、俺の念じるままに光は刃となる。

ルーツから吹き出した光が物理的な刃となってリゾルドの巨大な羽根を切り落とした。

「ガアアア!」

リゾルドが痛みにもがく度に大地は揺れ風が吹き荒ぶ。

「きゃあ!」

瓦礫に埋もれそうになったファリアを抱き上げて少し離れたところに降ろす。

「ユウ、私…」

ファリアが何か言おうとしていたが俺たちの間をリゾルドの爪が通り抜けた。

「話は後だ。」

俺はルーツを手にリゾルドに向かっていく。

自然災害の同時攻撃のような攻撃の嵐に晒されるが本命であるリゾルドの攻撃を見失うことはない。

瓦礫を抜けて背後に回り尻尾に狙いを定めてルーツを構えた。

「…確かに貴様は我を追い詰めるほどに強い。だが…」

リゾルドの目は背後にいる俺ではなく離れて待機していたファリアに向けられていた。

振り上げた爪がファリアに向かっていく。

「間に合うか!?」

急停止して慌ててファリアに向けて…

「かかった!」

ザン

リゾルドの爪はファリアではなく手前の地面に突き立った。

「!」

足を止めた俺に向けて尻尾が大きく振りかぶられていた。

咄嗟に打点に向けてルーツを振るうが

「遅い!」

一瞬早くリゾルドの丸太のような尻尾が俺に直撃した。

「…!…ッ!」

ミシミシと嫌な音を立てながら俺の体は硬い尻尾と空気の壁に押し潰され、直後弾き飛ばされて地面を数度跳ねてようやく停止した。

「ユウ、ユウ!」

足を引きずりながら駆け寄ってきたファリアに平気だとアピールしようとしたが足が動かなくなっていた。

ファリアに支えられるように立ち上がりながらリゾルドに目を向けるとかなりの満身創痍であるはずなのに高笑いをしていた。

「はっはっは。やはり人間とは愚かな生物だ。今の攻撃、消滅の魔女を見殺しにさえすれば我に痛手を負わせられたものを。」

「愚かなのはお前だ。俺はファリアと世界を守るために来たんだ。ファリアを見殺しにして何になるんだよ?」

俺の素直な気持ちにリゾルドは無言になり、同意を求めた先でファリアも微妙な苦笑いを浮かべていた。

「あはは。」

…まあ、いい。

問題は俺もファリアももうボロボロだということだ。

「戦えそうか、ファリア?」

「時間は少しかかりますがヴァニッシュを一度くらいなら。ただリゾルドを消滅させるとなると厳しいです。」

しょげているファリアの肩を抱いてポンポンと励ます。

「ファリアの力が必要なんだ。力を貸してくれるな?」

ファリアはみるみる嬉しそうな顔になり

「はいっ!」

輝くような笑顔で頷いてくれた。

ファリアと完全に共闘するのはこれが初めてだが不安はない。

「2人でリゾルドを倒すぞ、ファリア!」

「はい。やりましょう、ユウ!」

「世界が滅ぶ前に貴様らだけは我が手で地獄へと叩き落としてくれる!」

ビシリ

空が裂ける音を合図に俺たちの最後の戦いが始まった。


戦闘開始直後ファリアは立ち止まってヴァニッシュの力を溜め始め、俺はその前でルーツを構えて待つ。

当然リゾルドがそれを見逃すわけもなく瓦礫の怒濤が押し寄せてきた。

俺は極限まで集中力を高めることで知覚を鋭くし俺とファリアに直撃する軌道を取る瓦礫だけをルーツで払い除けていく。

如何に命あるものにしか効果を成さない光の刃でもルーツは剣としても最上級の代物、木だろうが岩石だろうが切り裂けないものはない。

瓦礫の波が過ぎ去ったあとには一歩たりと動いていない俺たちが立っていた。

「小癪な真似を!」

リゾルドは自らの羽根を噛み千切ると超巨大なスライサーのように回転をつけて投げつけてきた。

さすがに予想外の攻撃に俺は痛む体を推してファリアを抱き上げて大きく跳んだ。

地面に向けて斜めに投げつけられた羽根は地面と激突して大量の土を巻き上げる。

「ここまで計算してんのか!?」

土の波からファリアを庇いつつ抜け出すとリゾルドの尻尾の先が鞭のように撓りながら俺たちの目前まで迫っていた。

だが、それは予測済みだ。

避けながらもルーツに貯めた光で尻尾の中程を切り裂く。

残った尻尾が暴風を巻き起こして通りすぎていったが本命はあらぬ方向に飛んで蜥蜴の尻尾のようにビチビチと跳ね回って、やがて動かなくなった。

俺はファリアに目配せして了承を得ると駆け出してリゾルドの裏側に回る。

既に尻尾はその役割を体を支えることにしか働かずリゾルドの武器は足と数本折れた牙と爪だけとなっていた。

(とは言ってもこっちももういろいろと限界だからな。)

「そろそろ倒れてもらうぞ、リゾルド!」

「ならば正面から堂々と来るがいい!」

(いいとも、正面ど真ん中から行ってやるぜ。)

俺は最後の鍵を解放する。

頭に埋め込まれたチップにアクセス、詳細な座標情報から『出口』をリゾルドの頭上に設定する。

(耐えてくれよ、俺の体。)

俺はリゾルドの尻尾がぶつかる直前に生み出したゲートに飛び込む。

「ぐっ、あっ!」

体が引きちぎられそうな感覚を突き抜けて、俺はリゾルドの眼前に飛び出した。

ルーツを目一杯振り上げて最後の一撃を構える。

「貴様、いつの間に!?だがもはやそこでは逃げ場はない!我の勝ちだ!」

リゾルドは爪を振り上げて俺を引き裂かんと繰り出してきた。

避けられないそれは俺を一撃で絶命させるだろう。

「リゾルド、お前俺が使っていた光が光凰裂破だと思って、その威力なら耐えられると思っただろ?」

リゾルドの瞳がわずかに見開かれた。

ルーツの輝きが太陽を思わせるほど白く光り白熱する。

「其の光は夜を裂く暁、闇を切り裂く希望なり!受けろ、リゾルド!これが本物のっ!」

刀身を十重二十重に纏い溢れ出した光の渦は天を破り裂くほどの剣となる。

俺はリゾルドに向けて降下しながら乾坤一擲、全身全霊を込めた一撃を繰り出す!

「光凰裂破だーッ!!」

撓りながら振り下ろされた巨大な光の刃を前にリゾルドは咄嗟に爪で防御に入った。

「ウオオオオ!」

リゾルドから溢れ出した闇の瘴気が爪に宿り不定形の光の刃を受け止める。

「ふ、ふははは。我が力に敵うものなど…」

ピシリ

勝利を確信したリゾルドの守りの要である爪にヒビが入りリゾルドが驚愕した。

「馬鹿な、なぜこんなにも脆く…」

「足りないんだよ。リゾルドを完全に取り戻すにはピースが1つだけ。」

「!…サキュ、バス。」

「そうだ。佐川も一馬も舘野も、会長に国枝に、そして芝中だって誰一人無駄死にじゃない。この瞬間お前を倒すために力を貸してくれたんだ!」

だが光凰裂破の光も徐々に減ってきていた。

リゾルドは巨大な口の端を釣り上げて笑う。

「ここまでのようだな。やはり我の…!?」

そのリゾルドの足にそっと触れた手、それを自覚したときリゾルドは生まれて2度目の恐怖を感じた。

リゾルドは目を向けることができない。

「私のことをお忘れのようですね。」

一番油断してはならない相手、それをリゾルドは俺という存在に気を取られて忘れていた。

物理的な破壊の渦と精神的な恐怖に震えながらリゾルドは問う。

「また我を道連れにするつもりか?」

ファリアはフフとおかしそうに笑った。

「いえ。私もあなたと同じように同じ轍は踏まない狡猾な女ですから。生きたままあなたを連れていくと面倒ですからね。ここで倒させてもらいます。」

「だが貴様の力では…」

ピシピシ

「!」

その答えは爪の悲鳴で理解できてしまったらしい。

俺の光凰裂破はまだ衰えてはいないのだ。

ファリアはリゾルドの鱗に触れて笑みを浮かべた。

「あなたの鎧、剥がさせていただきます。ヴァニッシュ!」

リゾルドの体を無色の光が走り体を覆う硬い鱗を消滅させた。

パキン

同時に爪が砕け剥き出しの地肌に

「食らいやがれ!」

「滅びなさい!」

光凰裂破とヴァニッシュの同時攻撃を受けたリゾルドは

「馬鹿な!我が、負ける?」

信じられないものを見たように崩れ落ち、ドラゴンカインドの姿で地面に倒れた。

南前高校を覆っていた黒雲は光凰裂破によって切り裂かれ、雲間からは朝日が差し込んできていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ