第39話 取り戻した記憶
俺は夢を見ていた。
だけど夢の中の夢に入れない。
俺は流されるように別のもっとずっと奥の夢に飛び込んだ。
そこは…俺の生まれた世界。
人類の進歩が袋小路に入り緩やかに破滅を始めた世界。
新天地を求めて外宇宙を目指して旅立つ人類。
そんな中で俺は地球に残り、別の解決策を講じるチームに属していた。
俺を始めチームのほとんどが十数歳の子供だった。
俺たちはこの世界を救うために産み出された存在だった。
俺たちは普通ではない。
ある目的のために一から作られた存在だった。
その目的とは、異世界のエネルギー資源を探索すること。
そのために俺たちは用意されたのだ。
俺たちは転送ポートにいた。
この世界においてもいまだ異世界の存在は実証されておらず、この実験は危険視されていた。
それでも俺たちは躊躇うことなくポートに入っていく。
それが俺たちの存在意義だから。
俺の番が来て転送ポートが作動する。
俺たち、『レイダース』は帰れる保証もない片道切符を手に世界を跳んだ。
俺がたどり着いたのは科学技術とは程遠い世界だった。
怪物が生態系に存在する世界にたどり着いたとき、俺は転送のショックにより記憶を失っていた。
ユウという言葉しか思い出せずこの世界の自警団に拾われて徐々に言葉や習慣を理解していった。
そして、ある日記憶を取り戻した。
だが帰る方法は不鮮明なままだったので留まることにし、そしてファリアと出会った。
(これが俺の記憶…)
記憶は飛ぶように流れていく。
自警団で活躍したこと、
ファリアと打ち解けていったこと、
リゾルド討伐軍にファリアと共に志願したこと、
そしてラスティアでの最後の記憶。
命の光を集めることで力となす技巧、それを剣に宿すことで俺は幾多の戦いを乗り越えてきた。
光凰裂破という名前は元の世界で偶然目にした漫画の必殺剣の名前だった。
「光凰裂破!」
「グガアアアア!」
討伐軍の攻撃の合間に光の刃を叩き込むとリゾルドは苦しげにうめいて俺を狙ってくる。
そこを討伐軍がまた攻撃して俺の姿を隠し、力を溜める時間を稼ぐ。
だが相手は山のように大きな敵。
山の木々を何本斬り倒そうと山自体には大きなダメージは与えられないようにリゾルドに致命的な傷を与えるには至らなかった。
人員も武器も火薬もすべてが減っていく。
見た目は子供だが一通りの学業を習得した俺は作戦立案にも参加して信用を得ていた。
だからこそ、
(このままじゃ、負ける。)
敗北に向けて突き進んでいることを痛感した。
リゾルドは元の世界の大量殲滅兵器でも使わなければ倒せないほどの怪物中の怪物だった。
「…もういいですよ、ユウ。みんなを下がらせてください。」
ファリアが後ろに立っていることに気づかず、それ以上にファリアがここにいる意味に驚いてしまった。
周りの誰もがファリアに気づかない。
ファリアはヴァニッシュの力を静かに強く引き出して溜め込んでいた。
「嫌だ!だってファリアは…」
それを使ったら無事ではすまない、その言葉はファリアの指に遮られた。
悲しげな瞳で微笑まれては反論など出来るわけがない。
確かに勝つためにはファリアのヴァニッシュ以外にはもう手立ては残されていなかった。
俺は歯を食いしばって振り返り、恨みをこめて魔竜を睨み付けた。
「作戦を練り直す、全員一時退却!」
伝令が伝わり戦士たちが次々にキャンプへと撤退していく中を俺たちは立ち止まっていた。
「ありがとう、ユウ。」
誰の目にもつかず、引き上げていく仲間たちに逆らうようにファリアはゆっくりと前に歩み出していく。
誰にも見えないはずのファリアだったがリゾルドだけは危険な存在を察知したのか脅えたような雄叫びをあげた。
ファリアを見送る俺のもとに同い年くらいのミランダ、今の芝中が駆け寄ってきた。
「ちょっと、ユウ、どういうこと?ファリア・ローテシアが…」
「…。」
俺は何も答えられない。
ファリアの力のことは俺たちだけの秘密だったから。
俺はなおも食い下がるミランダを抱えて戦場を離れた。
最後に振り返ってみたのは
最期まで優しく微笑む、最愛の人の笑顔だった。
天に無色の光が立ち上り大気を震わせるほどの轟音が戦場に響き渡った。
主を失った怪物たちはリゾルドと比べるまでもないため討伐軍の一斉攻撃で駆逐された。
最大の敵の消滅を知らぬまま、討伐軍は勝利を手にしたのだ。
「うおっしゃー!宴だー、今晩は勝利の宴だー!」
「うおおお!」
軍団長の叫びに多くの仲間たちが雄叫びを上げた。
皆が皆、武勇を讃え合い勝利に酔いしれる。
誰1人、本当に優しい勇者のことなど知らずに。
ミランダが何か言っていたが俺は何も聞こえず、仲間に連れられていったあと、俺は仲間たちとは違う道を歩き出した。
「ファリア、俺は…」
もう俺の愛するファリアを知る者のいない世界で生きていくことなどできるわけがなかった。
向かった先は戦場。そこかしこに武器と血が落ちた鉄の臭いの立ち込める場所。
「ファリア。」
俺はファリアの存命を信じてここまでやって来た。
小高い丘の向こう、その場所こそ魔竜を打倒した決戦の地。
しかし、
「なんだ、これは?」
そこは異形の世界と化していた。
円形に切り取られた空間には闇が広がっていた。
底も見えず恐怖すら感じさせる闇。
「これがファリアの、ヴァニッシュの力。」
だが俺には見覚えがあった。
それは世界を越えるゲートと同じだったのだ。
おそらくこれはファリアがヴァニッシュの力でリゾルドと共に消滅した残滓なのだろう。
やがて世界は歪みを正すためにこの場所を修復し、本来あったものをなかったものとして認識させる。
ファリアからヴァニッシュの力のことを聞いたときに尋ねたことがある。
「消えたものは何処に行くのか?」
ファリアは何処でもないどこかと言っていた。
ここではないどこかに消えてしまったファリア。
「う、うう。」
堪えていた涙が零れてきた。
彼女は、消えてしまったのだ。
直に世界から完全に歪みは正され、いつか俺の記憶からも忘れ去られてこの世界からファリアという存在は完全に消え去ってしまう。
「そんなの、嫌だ。」
俺は地面に手をついて激情に身を委ねる。
決戦の前にファリアと話したことを思い出す。
「私がやるしかないんです。私の力は、きっとこの時のために神様が下さったものですから。」
(わかってるよ。やっとその力を人のために役立てるときが来て喜んでいたことも。)
「ここではないどこかに、また人の住むような世界はあるのでしょうか?」
(消えてしまう不安に耐えていたことも。俺はこの問いに答えてあげられなかったけど。)
「あなたに会えて、私は幸せでした。」
そう言って初めてキスをした。
(本当に幸せそうに涙を流していたことも。)
みんな…消えてしまう。
ファリアとの繋がり、ファリアへの想い、ファリアの顔、声、仕草、その何もかもが消えてしまう。
「…そうか。」
顔を上げればそこには収縮を始めた暗い闇がある。
ファリアはここで消えたんだ。
「なら、俺もここに入ればファリアのところに行ける。」
偶発的に生まれたゲートでは限りなく低い可能性でしかなかったが関係ない。
俺の心の底から沸き出した感情が体を突き動かす。
気がつけば闇はだいぶ小さくなっていた。
背後からミランダの声がしたような気がしたがもう足は止まらない。
「ファリア、もし違う世界でまた出会えたら、今度こそ君を幸せにするよ。」
誓いの言葉を残し、俺はラスティアから消滅した。
やはりゲートは不完全で俺は世界の海に放り出され、
すべての記憶を失ってこの世界、元の世界の遥か過去へとやって来て「葛木勇」となった。
目が覚めると俺はベッドに眠っていた。
外は異様なほど静かで命の息吹を感じない。
ぼんやりとする頭で窓の外を見つめる。
夢を見ていた気がする。
「俺は…」